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女性たちも刺身を食べはじめていた。
流石におっかなびっくりではあったが……一種類ずつ試すように食べ、それなりに気に入ったものを見つけたようだった。
「四人じゃ余すと思ったが……そうでもないようだな」
満足げにコウは言った。
「まだまだ用意してありますし……ここで満腹になられても困るんですけどね」
釘を刺すようにイサムは言った。
「大丈夫なのだ! オレ様はまだまだ食べられるぞ? ああ、ヴィヴィアは気にせず好きなのを食べるのだ」
リーンの話す相手が途中からヴィヴィアに変わったのは、発言のわりに食べるのをやめた彼を窺うように見てきたからだろう。
「そろそろ次の準備だな」
そう言って厨房に向かうクロー。
それを受け、イサムも席を立ってリーンに言った。
「リーン、二人に一尾として五尾……いえ、給仕の人の分も用意してあげたいので、十尾お願いします」
「んあ? 何をして欲しいのだ?」
びっくりした顔でリーンは訊き返した。
「鯖です! これから焼く鯖を召喚してください」
「……いくら鯖が足が早いったって……少しがんばりすぎじゃねえか?」
呆れた顔でコウは言った。
「なに言ってるんですか! これは究極の贅沢ですよ? 数秒前まで海で泳いでいた魚をその場でしめて焼く。これは鯖を食べるのに二番目に美味しいはずです」
本気の顔でイサムは言った。
ちなみに一番美味しいのは生の鯖の刺身とされている。しかし、鮮度という点での条件は満たせているが、素人による鯖の刺身は危険なので避けたのだろう。
「わ、解ったのだ……『鯖一号』からだな?」
気おされたリーンはそう言って厨房に向かった。
名簿片手のイサムの指揮の元、次々に鯖がリーンによって召喚された。
生きた魚を初めて見る女性もいたし、魔法による食材の召喚という奇天烈な出来事にも驚いている。ちょっとしたパフォーマンスのような感じとなった。
しかし、懸念されていた通り、鯖の召喚成功率は高いものではなかった。残念なことに何尾もの鯖が食べられてしまっていたからだ。
それでも『鯖二十号』になる頃には必要なだけ用意された。
その鯖は手際よくクローに下ろされ、次々に厨房の裏口から運び出されていく。
「……どこ持っていくんだ?」
怪訝な顔でコウが訊いた。
「厨房の中で焼いたら凄いことになりそうですから。外に用意をしてあります」
そう言いながらイサムは窓――この時代の平均的な窓であるから、ガラス製ではなく木製だった――を開けた。
外には野外用の調理器具が用意されていて、それで鯖が焼かれはじめた。
見物して面白いものとも思えなかったが、クローとクジーンが鯖を焼くのを何とはなしに眺めながら彼らは待った。
しばらくすると盛大に鯖を焼く煙が立ち上り、美味しそうな匂いが厨房の中にまで漂ってきた。時折、鯖の油かなにかがはぜる音もして、コウたちの食欲をそそる。
程なく出来上がり、皿にのせた鯖が次々に運び込まれた。
「三枚に下ろした鯖を何もしないで焼きました。塩を振ったほうが良いはずですが……今回の主役は醤油ですからね。半身丸々と腹と尾で半分にしたものを用意してあります。お腹具合と相談して決めてください。添えてあるのは大根おろしです。……わずかに違いますが、まあ及第点なので良いでしょう」
そう言ってイサムは自分用に一番大きな半身丸々の皿を取ってしまった。
「オレ様は……尾っぽの方にするのだ」
リーンはそう言いながら選ぼうとした。
「良いのか? 腹のほうが美味いって言うぜ?」
クローはそう言いながら、自分たち二人用に腹と尾を一皿ずつ選んだ。
「坊ちゃま? 骨がご面倒でしたら――」
ヴィヴィアは何かを察し、何かを言いかけたが――
「いや、今日は尾っぽの方を食べたい気分なのだ! だから大丈夫だ!」
と、なぜかリーンが早口でまくし立てた。
それでヴィヴィアは何も言わず、自分用に腹の皿を選んだ。
突然、興奮した様子でイサムが叫んだ。
「これですね! やはりこれですよ!」
珍しいイサムの奇行に思わず全員が注目する。
「ただ焼いただけの生魚に醤油をさっとかける! できたら秋刀魚が良かったんですが……生鯖も負けていないでしょう! そして………………これ! シンプルな焼き魚の味に醤油の味だけが加わって――あっ」
そこでようやくイサムは注目の的だったことに気がついたようだった。
イサムは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。少しの間だけ顔を背けてとぼけようとしていたらしいが……意を決したように鯖に向き直って食べるのを再開した。
まだ顔を真っ赤にしたままだが、満足そうに、美味しそうに鯖を味わっている。
「……いいと思うぜ? よし! 俺たちも食おう!」
コウの言葉で他の者も鯖に集中することにした。
今回は女性たちにも理解しやすい料理だ。
流石に王都で魚――それも生の魚を使った料理は非常に珍しいものだが、ただ焼いただけなら十分に理解できる。
トングとかいう道具も便利なものだった。熱々の料理を素手で食べるのは大変なことなのだが、これなら火傷の心配をしなくて済むし、手も汚さずに食べることができる。
それに料理そのものも素晴らしかった。問答無用、説明不要に口の中に美味が広がる。なんの工夫も無い素朴な……それでいて海の幸を余すことなく味わうための方法と彼女たちにも理解できたのだ。
「さて……そろそろ畳み込ませてもらいますか」
不敵な顔をしながらイサムは宣言した。
しかし、彼の顔はまだ少し赤かったし……失点を取り返そうとしているのが見えみえだった。
「……無理しなくも良いと思うぞ?」
心配そうなリーンの言葉で再び顔が赤くなるイサム。それを無理に振り切るようにイサムは言い放った。
「次をお願いします!」




