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「なんでレモンが無えんだよ! 殺すぞ?」

 席を蹴倒して青年は叫んだ。

 青年の顔には幼さが残っており、まだ十分に若いことが見受けられた。いまは憤怒に駆られた顔だが、笑っていれば愛嬌を感じそうではある。

 広間には大きな長方形のテーブル――長方形というには長い方の辺が長過ぎるかもしれない――が用意されており、所狭しと料理が並べられている。短い方の辺――上座の真ん中に国王夫妻、その両隣に王女姉妹の席が設けられ、長い辺の方に上座側から身分が高い順でと席が続く。

 そして青年の席は最も上座側にあった。

 和やかになされていた会話も止まり、広間はしんと静まり返っている。大勢の賓客は固唾を呑んで、硬直したまま事の成り行きをうかがっていた。誰一人として食事を続けてはいない。

「……一応、酢を添えておいただろ。それで我慢しろよ」

 青年の真正面の席に座った男が、呆れた声で宥めた。

 その男も青年と同じ様な年頃だが、顔つきから愛嬌など感じない。けっして顔が悪いわけではないのだが……生活に疲れた中年のような雰囲気が良くなかった。

「俺はな! 鳥の唐揚げにはレモンって決めてんだよ! ……レタリー!」

 宥めの言葉を斬り捨てて、青年は自分の背後の方に向かって呼びかけた。

「ここにございます、コウ様」

 青年の呼びかけに応じ、壁際に控えていた女性――レタリーが青年――コウに近寄った。彼女はひっつめにした髪と鋭い眼差しが神経質そうな印象を与えていた。

「この世界にはレモンは無いのか?」

「『れもん』でございますか?」

 主に問い返すレタリーの言葉のうち、『レモン』という単語が日本語のままに聞こえた。

 彼女は日本語を話していない。コウともう一人の男は日本語で会話しているが、レタリーは別の言語だ。しかし、全員が会話に不自由していない。

「翻訳されねぇのか……。あー……柑橘類だ。スッパーイだとかレモレモの実だとか……とにかく、酸っぱい果物のことだ!」

「『かんきつるい』でございますか……」

 今度も『柑橘類』の部分がそのままに聞こえた。

「柑橘類は無理だと思いますよ。あれは亜熱帯が原産ですから。それより僕はマヨネーズを……」

 コウの隣に座っていた男が日本語で口を挟んだ。

「ああ、あれだ! イサムの『能力』でこの世界のレモンの名前か代用品の名前を……」

「無理です。そういう風には使えないのが『不文律』なんです」

 コウの隣に座っていた男――イサムは答えた。

 イサムもコウと同じくらいの年頃に見える。しかし、特筆するべきは……イサムの容貌だろう。声からして間違いなく男なのに、イサムは少女のように綺麗な顔立ちをしていた。

「また『不文律』なのだ。全知(笑)(かっこわらい)

 イサムの真正面に座った男が煽るように口を挟む。日本語ではない方の言語なのだが、一部の単語は完璧な日本語のイントネーションだった。

「だったらリーンの『全魔』で何とかすれば良いじゃないですか!」

 イサムも煽り返す。

 イサムを煽った男――リーンも同じくらいの年頃ではあったが……この不可思議な場であっても服装が少し変だった。着ている服が全て黒一色で統一されていたのだ。上から下まで黒一色の服装で悪そうな顔つきは……彼の内面を心配したくなる印象すら与えていた。

「おお! やってやるのだ! 後で吠え面かくなよー?」

 そういうとリーンは立ち上がり彼の右手を闇――いつの間にか彼の右側には闇が広がっていた――の中へ突っ込み、愛用の杖をとりだした。

 その杖は頭の部分に頭蓋骨……それも山羊のような角の生えた頭蓋骨で飾られており……一層、心配が深まるデザインだ。

「おやめください! 王の……王の御前でございますよ、坊ちゃま!」

 リーンの背後の壁際に控えていた女性が慌ててリーンにしがみつく。

「止めるなヴィヴィア! 今日という今日はこの男女に……」

 リーンを止める女性――ヴィヴィアは……驚くべきことにエルフだった。

 この場にヴィヴィアの他に亜人種は一人もいない。

「勇者殿たち! いかような手落ちがあったか解かりかねるが……ここはひとつ、わしに免じて!」

 血の気の失せた顔で王が立ち上がり、コウたちを諌めた。

「そ、そうですわ! 今日はめでたき祝宴……魔王討伐を記念した祝宴ではございませぬか!」

 王妃が夫を助けようと加勢した。

「お、お母様の言う通りです! 皆のもの杯を!」

 第二王女も加勢に加わった。

 第二王女の言葉に貴族達も一斉に杯を掲げる。

 全員が解かっていた。ここで勇者達が暴れだしたら誰の命も助からないことを。命どころか王城が跡形も無く砕け散ってもおかしくなかった。

「勇者様万歳!」

 老齢に差し掛かった宰相が叫ぶ。

「勇者様万歳!」

 貴族達が一斉に繰り返し、杯をあおる。

 それをみて気勢がそがれたのかリーンは腰を下ろした。

「さっ……みんな、メシを食おうぜ? この唐揚げだって、この世界で作るのは苦労したんだぜ?」

 リーンの隣にすわる青年――生活に疲れた中年の雰囲気の彼だ――が場をとりなす。

 祝宴の場の雰囲気は再び和やかなものに――

「なんで勝手に唐揚げにレモン……酢をかけるのだ! 殺すぞ?」

 ――ならなかった。

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