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雨降る村の俺と猫  作者: なかのひと
第二章 兆候
11/13

境との出会い

「どういうこと?」


俺が言いたかったその一言を最初に発したのは、保奈美だった。

その声には、非難とも取れる色が含まれていた。


「こっちが聞きたい!?なんだ、さっきの態度は?」

「態度も何も……ケンちゃん、あの娘が誰か知らないの!?」

「知らないよ、ついさっき名前を聞いたばかりじゃないか!?」


保奈美がそう言うのであれば、彼女は有名人ということになるが……。


「ケン……」


横のキツネが、真剣な表情で、俺の肩に手を置いた。


「悪いことは言わない。

あの亜美とかいう女とは関わらない方が良い」

「キツネまでそんなことを言うのか?

なんだ?あの娘が何かしたのか?」


数日前の赤木先生とのやり取りが思い出される。

あの時の赤木先生の目も、『関わるな』と告げていた。

キツネは一瞬、迷うかのように保奈美に視線をやってから、意を決したように語りだした。


「あの女は唯乃境の古くからある神社、境神社の娘だ。

いや、娘……ということになっている」

「?

それがどうかしたか?」


そういえば、大きな神社があったっけな。


「境神社の神主はお前も知っているだろう?学校行事とかでもよく顔を出すあの爺さんだ」


もちろん知っている。

よぼよぼだが、人当たりも良く、生徒からは親しみをこめて“お(じい)”と呼ばれている。


「その“お爺”だが、二十年ほど前に交通事故で息子夫婦を失ってな。

以来、ずっと独りであの神社を切り盛りしていたわけだ」


ほお?そんな過去があったのか。

あの爺さんも大変だな……うん?


「二十年……前?」


キツネは頷き、


「そういうこと。あの女はどう見ても二十歳以上には見えないよな?」

「ああ。親戚の子ってことか?」

「“お爺”の家族は他にいないよ。

いたら、神社の手伝いぐらいするだろうさ」

「そうかな?折り合いが悪くて一緒に暮らしていないだけかもしれない」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」


キツネの言っていることは、なかなか要領を得ない。


「すまん、キツネ。お前の言いたいことがよく分からん。

つまり、どういうことだ?」


キツネは困ったように保奈美を見る。

保奈美はしょうがないと言わんばかりに身を起こし、


「ケンちゃん、境神社って何の神社か知ってる?」


もちろんだ。

雨神様を祀る唯乃境唯一の神社だ。

俺が頷くのを確認すると、その後をキツネが引継ぐ。


「つまり……だ。

あの女は、正当な継承者でないにも関わらず、境神社の後釜としての地位を持っているということだ」


……はい?


「たしかに、唯乃境の市長は猫柳だが、実質町の支配権は境神社そのものにある。

もし“お爺”が“黒”と言えば、それがどんなに“白”いものでも“黒”となる。

そういう絶対的な立場・権利を、あの女はいずれ手にするんだよ。

何の資格もなしに……ね」


………………………………。

え……と……。


「これが許せると思うか?」


「許せない」


「雨神様の恩恵は、等しく皆にあるべきもの」


「だけどあの女はそれを独り占めできる」


「ただの女だ」


「境の者ではない」


「資格が無い」


「資格が無い」


な……んだ……これは……?


いや、“誰”だ?

次々と、キツネのような“誰か”と、保奈美のような“誰か”の口から言葉がこぼれる。

数日前の光景が思い浮かぶ。


『いいか……。

しらばっくれようとしても無駄だ』


赤木先生は続けてこう言った。


『どんな手を使ったのかは知らんが、俺はお前が“境の者”とは決して認めはしない。

それだけは覚えとけ!

俺だけじゃない。

この町すべての者は……』


「ど、どうしたんだ、お前ら?

なんか……怖ぇよ」

「ケンちゃん、分からないの?」

「ケン、分からないのか?」

「分かんねぇよ!

その話が、彼女自身に何の関係がある?

彼女という一個の人間の何が分かる?」


何故だか無性に腹が立ってきた。

たしかに俺はあの亜美って娘を良く知らない。


でも……。

だけど……。


俺の脳裏に、悲しそうな表情を浮かべた彼女が思い浮かぶ。

その表情が、“アイツ”……“いづみ”と重なる。

俺はコイツらが良い奴だって知っている。

気持ちの良い奴らだって知っている。

だから、早くいつもの二人に戻って欲しかった。


「あの娘が何かをしたのか?

あの娘がお前たちの目の前で何かをしたのか?

お前たちは“そんな些細なこと”で態度を変えるような奴だったのか?」


パンッ!!!


………………え?


俺は信じられなかった。

それは“同時”で、“同じ力”で、“同じ痛さ”だった。

両の頬を打たれた俺は……


俺は……


………………。




「よ、おはよう!」


いつものように、キツネが手を高く上げて挨拶をする。

いつもの風景。


「おはよん、ケンちゃん!」


保奈美は、ちょっと気まずそうに、小首をかしげながら。


「ああ……おはよう……」


俺は、とりあえず声を絞り出す。

かすかに、声が掠れてはいたが……。


「ははっ、そんなに不貞腐れるなよ、ケン。

昨日は悪かったってば」

「ほらほら~、ケンちゃんのためにハリセンのヴァージョンアップもしといたよ?」

「それは……嬉しくないな」


と、俺は苦笑い。

それはいつもの風景。

そう、いつもの……。


「お、おはようございます!」


急に、辺りの空気が変わったのを、俺は肌で感じていた。

冷たく……張り詰めたような空気。

振り向かなくても分かる。

……亜美だ。

俺は、極力冷静に・平静に・正常に・通常に挨拶を返す。


「ああ、おはよう、亜美」


とりあえず俺は自分の目で、亜美を見る。

噂とか、そういったのはどうでもいい。

いつぞやの猫柳の時とは逆に、俺は噂の方を否定している。

周りの視線が鬱陶しかったので、俺は亜美を連れて以前キツネとの秘密会議に使った屋上へ続く階段へと向かった。

保奈美とキツネには、視線を向けることができなかったが……。


「えと……昨日はすみませんでした!

挨拶もそこそこに帰ってしまいまして……」


そう言って、俺の名前を呼んだ。

俺は苦笑いをし、


「亜美……さん?」

「にゃ、亜美で良いですよ」

「じゃあ、俺もケンで良い」


俺の言葉に、亜美は少し恥ずかしそうに、


「ケン……ちゃん、実は……図々しいとは思うのですが、お願いがあって来ました」


そうだろう。

隣のクラスの亜美が、俺を尋ねてくるのだ。

昨日の事は抜きにしても、何か訳ありだとは思っていた。

それに、さっきの態度からして、亜美は自分の周りの評価を理解している。

その上で、俺のところまできて声をかけるのだ。

何か切羽詰ったことが起きたと思っても不思議ではない。


「お願い……とはまたずいぶん畏まっているけど、何?」

「実は……」




亜美の言うお願いとは、非常に不思議なものだった。

非常に簡単で、不思議なお願いだった。

曰く、『学校帰り、一緒に境神社にお参りして欲しい』だった。

よく分からないお願いだったが、ちょうど良かった。

色々と聞きたいこともあることだし、気分転換がてら付き合うことにした。

キツネたちはあまり良い顔をしなかったが……。

そんなわけで、俺たちは今、境神社の鳥居の前にいた。

実は境神社には初詣を含め、何度か来たことがあるのだが、平日の夕方に来たのはこれが初めてだった。

だから知らなかったのだが、鳥居から上を見上げると参道にはこの時間帯だというのにかなりの数の参拝客がおり、それも比較的若い人たちも多く含まれていた。

その中に見知った顔もあり、俺は亜美の奇妙なお願いの真意を悟った気がした。


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