勇者と僧侶のハプニング、そして空気を読む村人 ~ ラザファム、本領発揮!
結局、ラザファムは行くかどうか決められぬまま、夜が明けた。
「オレ達は、昼にでも発とうと思う」
「そうか……ゆっくりできたか?」
「そりゃあもう!」
屈託なく答えるアロイス。そのままの勢いで、ファニを起こしに行く。
「おーい、ファニー、支度できたかー?」
「あ、もう少し待ってください」
どうやらまだ着替え中のようだ。
と、そこに村の子供達が走ってきた。
「いくぞー、ラズ兄!とりゃー!」
突然の跳び蹴り、しかしラザファムは難なく避ける。が……
「……あっ」
「どわぁー!?」
隣にはアロイスがいて、彼を蹴っ飛ばしてしまう。そう、家の中に。
長く感じられる沈黙の後。
「……きゃああああああっ!!」
「ち、違っ、これはげぶぅッ!?」
どすっ、どすっ、ごんっ、ばきっ、ぐしゃ。
絹を裂くような長い悲鳴と、それ以上に長く続く、何か硬いもので肉を叩くような鈍い音。時折、閉まりきっていない扉の隙間から、赤い液体が飛び散ってもいる。
「勇者アロイス、ここに散る……か」
ラザファム、合掌しつつ黙祷。
「……死ぬかと思った……ってお前ら何やってる……」
「おお、奇跡的に生き残ったか」
ラザファムと子供達がやっていたのは、いわゆる禁じられた遊び。つまりは葬式ごっこに墓作りごっこ。
まぁ、あんなことになっては、ごっこなのは半分くらいだが。
「覚えているのは、何か青と白の線が見えて、その直後に鉄の塊が……そこまでだ……。それからは、ただ恐怖しか感じなかったような……」
「そんなことは訊いてない」
志半ばどころか最初あたりで勇者が潰えようとしたこともあり、出発は夕方になった。
「じゃあ、オレ達はそろそろ行くよ」
「お世話になりました、ありがとうございます。……最後にお恥ずかしいところをお見せしてしまい、すみませんでした……」
(『お恥ずかしい』じゃなくて『恐ろしい』の間違いだろ……)
ファニの言葉に、何名かの者は心の中でツッコミを入れた。
アロイス達は、戦死者の遺品を届けるべく、一度王都に戻るらしい。
「じゃあ、またなー!」
振り返って最後の挨拶をする彼らの背後で、草むらが動いた。
「……危ないッ!!」
咄嗟に飛び出し、ファニを手で押し、アロイスを蹴るラザファム。
一瞬の後、彼らの間を何かが猛烈なスピードで通り抜けていった。
「うわっ、何だ!?」
尻餅をついたアロイスだったが、剣を抜きつつ立ち上がる。
それは木に衝突してから止まり、振り返る。
「凶暴化した大猪だ……!出がけに厄介なのと出くわしたな!」
さすがは地元の魔物、よく知るラザファムが答える。
「アロイス、まともにやり合うでないぞ。あの速度、そなたの剣では逆に折れてしまうであろう」
昼まで寝ていたドースンが指摘する。確かに並の武器ではどうにもならなさそうだ。
「じゃあどうすれば!?」
「私の術ならば太刀打ちできようが……いかんせん捉えきれぬ。下手をすると村を焼きかねん」
「使えねー城付き魔法使いだな!……っとぉ!?」
言い合いをしても、魔物が空気を読むはずもない。間一髪で避ける二人。
万事休すかと思われたその時。
「まったく、勇者とやらがどれだけ強いか見てみようと思ったが、あんなのも対処できないのか」
呆れたようにラザファムがやってきた。焦った様子も困った様子もない。
「……そなたなら対処法を心得ていると?」
「なんでもいい、なんとかしてくれ!」
「仕方ないな……」
口では渋々だが、態度はやる気だ。
「そら、こっちだ!」
小石を投げつけ、注意を引く。走った先で、一旦止まった。
「さあ、来い……!」
またも突進してくる猪に対し、ラザファムは近くのものを手にとって突き出した。
グォォォッ!
凄まじい悲鳴をあげる猪の鼻っ柱には、農具のフォークが突き立っていた。
「……ラザファムは!?」
誰ともなしにそう言うと、彼が猪の背中に乗るように落ちてきた。どうやら、フォークで突くとほぼ同時に跳び上がったようだ。
痛みに暴れ狂う猪に、必死にしがみつくラザファム。だが、表情は不敵なものだ。
「おとなしくッ、食料に、なれッ!」
肘で猪の眉間に一撃を加えて一瞬動きを止め、素早く腰の後ろのナイフを抜き、狙い定めて猪の脇腹あたりに突き刺す!
そして少し掻き回すようにしてから引き抜くと、猪はピタリと止まった。そしてその背から飛び降りたラザファムは、着地し、ナイフの血糊を振り払い、鞘に収めた。
その瞬間、猪が倒れる。
「……ざっとこんなもんだ」
結局、猪鍋ができることもあり、アロイス達はもう一泊することになった。
「けどすげーなぁ、一撃だったろ、あれ!」
「そりゃそうだ。心臓を突き刺され、さらに掻き回されたら、そりゃ即死だろう」
事も無げに言うラザファム。どうやら、あのタイプは狩り慣れているらしい。
「オレ達の仲間だったら、かなりいい戦力になりそうだけどなー。ドースン、ホントにラザファムは違うのか?」
「違う……?」
何の話か分からないラザファムだが、それは置いていかれて話が進む。
「ああ、彼は正真正銘ただの村人だな。お前やファニのような宿命は持たぬ」
やや残念そうな雰囲気だが、
「……宿命が無ければ戦ってはいけないか?」
ラザファムはそれを無視して問いかける。
「あんな魔物も、魔王とやらが原因なんだろう?」
「……その通りだが、これは宿命を持つ者の役割だ。そうでない者まで巻き込むわけには……」
「いいじゃんか、本人がやりたいって言ってるんだしさ」
「アロイス……!」
ドースンが咎めようとしたが、すぐに諦めたような感じになる。
「……仕方あるまい。だが、生きるも死ぬもそなたの責任だ。それは忘れるでないぞ」
「ああ、元からそのつもりだ。村のみんなを、これ以上危険な目には遭わせられない」
それを聞き、アロイスはかなりはしゃいだという。
この日が、一介の村人ラザファムの、人生の転機となるのだった。