普段と違う1日 彼は迷う、行くべきか行かざるべきか
翌朝。
「……今日は、ちと雲行きが怪しいな」
畑を見に来たラザファムは、空を見上げて呟いた。確かに灰色の雲が広がっている。が、それだけではない雰囲気があった。
「さっすが農家、朝早いな」
起き出してきたアロイスが話しかけてきた。
「でなきゃいい作物はできないからな。……雨降らなきゃいいが。こないだ降ったばかりだし」
「もしかしたら、魔物が現れる前触れかもな」
「不吉な事言うなよ……。言霊って知ってるか?」
などと言いつつ畑を見回り、異常が無いことを確認し、帰った。
「さて、今日は、昨日の収穫をじっくり確認だな」
「あ、それオレも行っていい?」
出かけようとするラザファム父子に、アロイスが訊く。
「別にいいが……期待しない方がいいな」
「そうだぞ。休める内に休まぬか。運良く晴れたとは言えな」
ようやく起き出してきたドースンも引き止めたが、
「いいじゃん、思わぬ掘り出し物があるかもよ?」
結局ついて来た。
早朝の曇り空が嘘のように晴れ渡った空の下で、村の集会所とも言える場所に向かう最中、歌が聞こえてきた。柔らかな感じの、少なくともラザファムには全く聞き覚えのないものだ。
「この歌は?」
「ああ、これは……いたいた、おーい!」
アロイスが向いた方向を見れば、村の子供達に囲まれた、朱色の髪の見慣れぬ女性がいた。
彼女は歌いながらもこちらを見、手を振った。
「あの人は……」
「ファニだよ。昨日は頭巾被ってたから分からなかっただろうけど、あんな赤毛なんだ」
「そうなのか。それにしてもいい歌だな。……父さん、ちょっと聴いてていいか?」
控えめにラザファムが訊いてみると、快諾された。
「おお、行ってこい。お前も少しは都会のことを知った方が良いしな」
「なんだそりゃ……」
「んじゃ、オレは物色してるから」
あくまでアロイスは探すつもりのようだ。
そうしてラザファムはファニの所へ向けて歩き出した。
到着したのは、丁度歌が終わった頃だった。どうやら子供達は感動しているようで、おとなしくしている。そこで敢えて拍手をして近づく。
「いい歌だな。王都の流行りか?」
と、そこで気付いた子供達が振り返る。
「ラズにーちゃん!」
「あ、ラズ兄だ!」
「ファニおねーちゃんのお歌ききにきたのー?」
次々とかけられる言葉に一つ一つ対応しながら歩を進め、ファニの隣に座る。
遠目では分からなかったが、服も簡素なものだった。昨夜寝る時に着替えて、そのままなのだろう。
「おはようございます、ラザファムさん。今のは流行り歌ではなくて、教会で習ったんです」
「ああ、教会か。それもそうか、修道女さんだしな……流行りとか、そういう俗世間とは関わらないんだっけか」
「い、いえ、そこまでではないんですが……」
少々戸惑いながらやんわりと否定するファニ。
「そうか……すまないな、イメージとか聞きかじった話だけで判断してしまった」
「あ、いえ、大丈夫です」
そこで一度話が途切れる。子供達は、聞いた歌を口ずさむのに夢中なようだ。
「そういえば、ラザファムさん……私、ちゃんと僧侶に見えますか?」
「え?あ、ああ……そりゃ、清楚な感じだし、な」
訊かれ、正直に答える。
「そうですか……良かった。
私、見ての通りの髪なので……あまりイメージが合わない、って言われそうで、気にしてるんです」
「成程、確かに……」
納得するラザファム。再び途切れる会話。
今度はラザファムから話を始めた。
「あいつら、いい子だろ?」
「あ、はい、そうですね」
「右から、ダン、エルマー、フリッツ、グレンダ、ジュディ……これからのこの村を担う子供達だ」
年寄りくさい事を言っているが、ファニにはツッコミを入れることができない。
「ええと……とても慕われているようですね」
代わりに話を逸らした。
「……遊び相手や場所が少ないだけだ。多かったらどうか分からん」
「いいえ、ラザファムさんのお人柄ですよ」
「世辞でもそう言ってもらえると嬉しいな。さて……」
立ち上がって埃を払うラザファム。歩き出すと同時に言った。
「そろそろ収穫確認に加わらないとな。いい歌を聴かせてくれてありがとう」
「あ、はい、ありがとうございます。頑張ってください」
手を挙げて応え、今度は振り返らずに行った。
「悪い、遅れた。あとどれくらい……」
「ラザファムぅぅぅぅ」
「うわ、どうした勇者アロイス?」
恨み言でも言い出しそうな様子のアロイスに驚きつつも皮肉を込めて言ってみたようだ。
「ダメだった……全部欠けてたりヒビ入ってたり……」
「だから言ったろうに……」
呆れて通り過ぎるラザファム。父の隣に立ち、改めて訊いてみた。
「で、仕分けは?」
「それがな……勇者殿があらかた終わらせてしまった」
「何ぃ!?」
見てみれば、『青銅』『鉄』『鋼』『その他』と分けてあった。
「マジか……そんなに欲しかったのか……」
驚きと共に呆れを感じたラザファムだった。
ふと、ラザファムはその他のものが気になって見てみた。
そこには、革製のものがほとんどだったが、様々な小物類も置いてあった。
御守りであったり、ピアスであったり、指輪であったり……。
「それを王都まで持っていく必要もあるな」
ラザファムの父が聞こえよがしに言う。
「…………」
その息子は、自分はどうするべきか思い詰めているようだった。