現世 蠢く虚像
完全無欠にフィクションです。
『俺の国が天国だって言うなら、ここはさしずめ地獄ってことか』
安全な場所なんてなかった。そこかしこに瓦礫が崩れ落ち、鎮火の間に合わない火の手は逃げ場を無くすように燃え広がるばかりだ。
これは日常なのか、偶発的な事故なのか。徹底的に調べ上げたはずの情報は既にゴミと化して、役に立たない。視野には逃げ惑う民間人と赤い光景。火であり、そして血である。軍が動き出しているのか、遠くからヘリの轟音が耳を押しつぶしてくる。両手でそれぞれの耳を押さえても、さして効果があるようには思えなかった。それどころか叫び声や泣き声が隙間を縫って、脳を刺激してくる。
内乱なのか騒擾なのか。身を潜めていた俺には状況が分からない。だがどうみても戦闘状態だとガキでも分かる爪痕が残っている。原因はおそらく宗教か政治の二択。
まずは蓮児と合流するのが最優先だろう。俺は隠れていた民家の物陰から立ち上がった。すぐ傍に人間だった物が落ちてあるが、眉をひそめることもなくなった。死に鈍感になったのか。感情が欠落し始めたのか。
フラフラと当ても無く歩き出すが、どこ行けばいいかも分からない。携帯電話はどこかで落としたのらしく、彼との連絡手段は他に無い。舗装されていない道路はあちこちに亀裂が入っており、真っ直ぐ歩くことさえ難しい。しばらく炎天下の道を進み続けると、古くはあったが立派に機能している病院が建っていた。
そこで俺は彼女に出会う。
出会った?
周りの風景が滲み、逆に彼女のはかない存在がはっきりと浮かび上がった。周りに何も無く、俺と彼女以外の全てが消えた。
何も見えない。何も聞こえない。
蓮児はどこにいる?
みえなくても彼が近くにいると確証があった。だが相変わらず何も見えない。視点は彼女に固定され、動くことができなかった。
彼女の唇が動く。ぼそりとした呟きだが、不思議と距離がある中、耳まで届いた。
彼女は繰り返し言った。
『どうして』
待ってもそのコトバしか伝わってこない。
気が付けば、彼女は血まみれだった。苦しそうで辛そうな表情を浮かべている。
目が合った。何かを訴えているが俺には分からない。蓮児がいればきっと分かるだろう。だがその蓮児の姿はない。
彼女の元へ動こうとした。だというのに足は地面と一体化したように一歩も前に進めない。その場で重く停滞し続ける。彼女の声が段々と小さくなっていく。
俺は必死に脚を動かそうとして、力を振り絞った。
『さっさと動きやがれー!』
『……どうして』
/
「はあー、はー」
ベッドで上半身を起こし、呼吸をゆっくりと調えていく。
「夢か」
まだ日も昇らない時間帯。寒さの余り、枕元に置いたリモコンで暖房を入れる。
布団に包まりながら、先ほどの悪夢を思い出す。
悪化しているが、それは夢でもなんでもなく現実だった。たしかに俺とアイツは三ヶ月前に地獄を見た。
少女にも出会った。内乱に巻き込まれた彼女は、現地の資材では手の施しようが無く、亡くなってしまった。直接見たわけではないが、助かる可能性はほぼゼロだろう。
あの地獄は鮮明に脳裏に浮かぶ。美化されること無く、ただ事実をありのまま認識できる。きっと一生忘れられないだろう。それくらい失った物が大きかった。
少女。そしてアイツ。伊丹蓮児とは、あの紛争以来会っていない。
会いたくても会えない。最近までは行方不明扱いだったと思うが、もうマスコミに名前が上がる事さえほとんどない。つまりそういうことなんだろう。
世間の誰もが注目して、そして誰の記憶からも忘れられていく。それは、きっと蓮児も文句は言うまい。変な奴だったからな。
だが、変な奴でも唯一の心許せる仲間だった。奇妙な関係だったがそれでも、光り輝いていた気がする。蓮児がいなくなった今。俺は一人ぼっちなのか。
蓮児と出会う前に戻っただけだと言うのに、途方も無いまでのぽっかりと心に穴が開いたような空虚さを感じてしまう。途轍もなく濃縮された時間から開放され、俺に残されたのは、俺自身と、二人のアジトと、アイツとの思い出だけだった。
「どうして、消えたんだ?」
読了ありがとうございます。まだまだ続きます。最後まで見通しが出来ている数少ない(オイッ!)作品ですので、もしかしたらいるかも分からない読者のために、今後も頑張ります。