一話 ニコニコ信用金庫出張所
机上に乗せられた一枚の書類。
俺は驚いてその内容を吟味する。うろ覚えではあったけど確かに自分が書いたものに違いない。
『伊丹蓮児』
俺の名前だ。その隣には母印がある。あの時のはこれだったのかと、おもわず溜息を吐きそうになってしまう。
「何でこうなったんだろうな?」
「そりゃ、ご利用は計画的にって事だろ」
半ば強引に押しかけてきた二人組みの男の痩せた方が皮肉っぽく言ってくる。スーツでサングラスなその姿はどう見ても、やくざにしか見えない。
「まさかこっちにきてからも借金なんて言葉に会えるとは思わなかった」
「また一つ勉強になったじゃないか」
笑いながら肩を叩いてきたのは、一見優しそうな雰囲気の貫禄のあるおっさんだ。昔だったら「お前らに学ぶことなんてあるわけないだろ」ぐらいの毒舌は言ったかもしれないがさすがに、現状はおとなしくしていた方がいいだろうか。
「伊丹蓮児。これからお前には選択肢をやろう。何、俺だって鬼じゃない」
言葉とは裏腹に選べる候補は少なそうな気がした。
「鬼じゃなくて、生まれ変わりを希望している一般市民でしょ」
驚いた顔を表に出さず、冷静さを貫いているのは素直に賞賛したくなった。鋭い刃物のように冷徹な思考を持つ合理主義者。さすがはやくざなのかな?
「生まれ変わりを希望するのは当然だろう。誰だってな。それで選択肢だが、一つ目はお前さんの権限とやらで俺たちを転生させること。二つ目は当たり前のことだが書類の内容どおり返してくれればいい」
グラサンが話している間に、俺はバンクシステムにアクセスしていた。知識の集積地である、バンクにはあらゆる情報が入ってくる。二人はここに着てからすぐ転生希望を役所に提出し、さらに転生期間の短縮をするために様々な仕事に手を出しているようだ。まだ不慣れなこともあって分かったことは微々たる物だ。
「つまり借りた金は耳を揃えて返しましょうってことだ」
僕が借りている借金は膨大らしい。
不意に今まで静観していたおっさんが雰囲気を変えて切り出した。
「バンクから何か分かったか?」
指摘されるとはまったく思っていなかった。そもそも俺はここに着てからの日数が浅い。何もかもが分からない状態なのだ。
「残念ながら金持ちになる方法は載ってないらしい」
二人が同時に笑った。ただし片方は警戒しながらだったけど。
本当にいい役者である。
「もし金を返すなら、長期間にわたって地道に返すのもあるが、どうだ、もっと手早く返す方法もあるんだが訊きたいか?」
嫌な予感しかしない。そもそも俺がした借金ではないのだから、返すのは俺ではないだろう。だがあの俺のサインが入った書類を取り返さない限り難しいだろう。
俺の沈黙を肯定と受け取ったらしいグラサンは上機嫌に続ける。
「お前さんは若いからな死ぬ気で労働してくれれば、あっという間だ」
笑って言うことじゃないよな。一体何をさせられるのか、ありえそうで怖い。
二人はしばらく居続けるかと思っていたが、とりあえず今日は顔見せだったらしく帰るそうだ。俺がこのまま雲隠れするのはどうだろう、と思っていた矢先におっさんが釘を刺してきた。
「言わなくも大丈夫だとは思うが、借金取りってのは広大なネットワークがある。どこに行っても手に取るように分かる」
すこしばかり脅かすような口調。グラサンもそれに乗っかる。
「前に一度逃げた奴がいたが、あっけなく捕まえちまったよ。あまりにも張り合いが無くて驚いちまった」
どこまで本当なのか調べた方がよさそうだな。
入り口付近まで移動したおっさんは最後に付け加えた。
「俺らのところは金利が他に比べ圧倒的に良心的だ。時間がかかっても返してさえくれれば俺らはいつまでも待つぞ。では今後もご贔屓に」
扉を開け立ち去ろうとした二人は目の前に現れた少女に蹴られて倒れてしまった。
……え?
余りの事態に正直ついていけない。誰だ? 新たな借金取りだったら絶望するかもしれない。
少女は伏している二人に目もくれず、こちらに歩いてくる。室内の温度が二、三度下がったような気がする。
「お前が新たに管理局の担当だな」
「そうだが、お前は誰だ?」
なんとか目を合わせて答えることができたと思う。
どことなく高慢で威圧的に思える少女は、立ち振る舞い、歩き方が俺から見ても明らかなほど綺麗だった。だが何よりも視線が外せないほど心惹かれるのはその鋭いまでの力強い瞳だ。吸い込まれると錯覚するほど透き通った瞳は、何人たりとも穢すことのできない真っ直ぐなものだった。
「バンクで調べろ、と言いたいが今回は許す。私の名は駿河。お前の部下だ」
部下なのにとんでもなく高飛車な少女だった。
「いきなり人に蹴り入れといて無視するとはいい度胸じゃねーか」
復活した二人が立ち上がり、駿河に声を掛ける。グラサンが外れた姿は思いのほか若かった。
「おい、伊丹蓮児。こいつらは誰だ?」
知らないのに蹴ったようだ。通るのが邪魔だったとかそんな理由で蹴ったのかもしれない。もはや蹴ったことさえ憶えていないかもしれない。
「ここの前の神様がしていた借金取りの方々。縁あって僕が返すことになった」
「そうか。では貴様らに告ぐ。貴様らに返す金などびた一文存在しない。塵芥になりたくなければさっさと帰るがいい」
暴言にもほどがある。俺も性格は良くないと自負しているがこいつには負ける。
さすがにこれほど言われては二人も黙っていないと思っていたが、やはり侮れない方のおっさんは何も言わずに帰っていった。その後ろをグラサンが慌ててついていく。
きっとまた来るとは思うが、俺としては平和的解決を望みたい。
「いい気味だったな」
前言撤回。戦争が起きる。
これが、とんでもなく美人のくせに性格が極悪な少女、駿河との出会いだった。
若干反チートものを意識していたりいなかったり。
まだぼかしてますので分かりにくい箇所があるかと思いますが、ご了承ください。
私のほかの作品を見れば分かりますが、ふざけているか、真面目かの二択ばかり。
今回は割りと真面目の部類ですよ。ええ。