第7話 魔王軍、動く
バルグの城は、山の奥深くに建っている。
黒い石で作られた巨大な城は、遠くから見ても異様だった。
城壁は鋭く尖り、塔は空に突き刺さるように伸びている。
子どもを脅す時によくこう言う。
――悪いことをすると、あの城に連れていかれるぞ。
だいたいの子どもは、それで泣く。
もっとも。
実際に城の中を見た人間はほとんどいない。
なぜなら。
1度入れば最後。
大抵、帰ってこないからだ。
その城の最上階。
玉座の間の隣にある会議室では、魔王軍の会議が開かれていた。
長い石の机。
両側には、魔族たちが並んで座っている。
しかし会議室の空気は妙に重かった。
理由は簡単だった。
机の先に座る男。
それが怖いからだ。
身長は二メートルを軽く超える。
肩幅は人間の倍近くある。
腕は丸太のように太く、椅子に座って腕を組んでいるだけで木製の肘掛けがミシミシと鳴っていた。
魔王軍四天王。
破壊将軍バルグ。
魔王軍の中でも特に単純な男だ。
そして強い。
バルグはしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。
「……森が消えた?」
声は低いが、部屋全体に響いた。
報告役の魔族が慌てて立ち上がる。
細身の魔族で、書類を両手で抱えている。
「は、はい!」
「リンドベル近郊の森に配置していた部隊が――」
「一瞬で壊滅しました!」
会議室がざわつく。
「一瞬?」
「どういうことだ?」
「勇者か?」
報告役は慌てて続けた。
「はい!」
「ちょうどそのタイミングで勇者一行がリンドベルに到着しており!」
「街では勇者の功績として扱われています!」
バルグは腕を組んだまま、ゆっくり目を細めた。
「勇者か」
ぽつりと呟く。
その声は、どこか楽しそうだった。
「我が小隊を一撃とはな」
魔族たちは顔を見合わせる。
勇者。
その名前は魔王軍でもよく知られている。
世界を救う存在。
つまり、魔王軍から見れば――
最優先で潰すべき敵だ。
バルグはゆっくり立ち上がった。
椅子が軋む。
「俺が潰す」
静かな声だったが、部屋にいる全員に聞こえた。
会議室が一瞬ざわつく。
しかし、そこで一人の魔族が手を挙げた。
会議の書記をしている魔族だった。
眼鏡をかけ、やたら真面目そうな顔をしている。
「えーと……」
「一つよろしいでしょうか」
バルグがちらりと見る。
「なんだ」
書記官は資料をめくりながら言った。
「バルグ様って」
「中盤のボスじゃないですか」
沈黙。
会議室の空気が止まる。
バルグがゆっくり首を傾げた。
「……何の話だ?」
書記官は普通に続けた。
「いやその」
「勇者がまだ旅の序盤なんですよ」
「レベルもたぶん十前後ですし」
書記官は紙を指で叩く。
「それに対してバルグ様」
「レベル三十ですよね」
誇張ではない。
バルグは実際そのくらいの強さだった。
人間の騎士団を一人で壊滅させたこともある。
普通なら、勇者が旅の序盤で当たる相手ではない。
書記官は言った。
「物語の構造的に」
「ここで四天王が出ていくのは」
「ちょっと早いかなーと」
別の側近も頷く。
「確かに」
バルグは黙る。
数秒。
そして言った。
「……レベル?」
書記官が説明する。
「はい」
「勇者パーティの現在レベルが十前後」
「バルグ様が三十」
「つまりバランスが――」
バルグは机を叩いた。
ドン。
石の机が鈍い音を立てた。
会議室が一瞬で静まり返る。
バルグは言った。
「知らん」
短い一言だった。
「強い奴と戦う」
拳を鳴らす。
ゴキン。
「それだけだ」
書記官が慌てて立ち上がる。
「いやいや!」
「だから早いですって!」
「まだ勇者編序盤なんで!」
バルグは歩き出す。
大股で。
迷いなく。
「勇者」
小隊、そして森を一撃で消し飛ばす魔法。
その力。
「どれほどのものか、試してやる」
書記官が叫ぶ。
「聞いてくださいよ!」
バルグは止まらない。
「知らん」
会議室の扉を開く。
重い鉄の扉がゆっくりと開いた。
「面白そうだから行く」
その日。
魔王軍四天王。
破壊将軍バルグは城を出た。
勇者と戦うために。
そして。
魔王軍の誰も知らなかった。
森を吹き飛ばしたのが、
勇者でも
英雄でも
伝説の魔法使いでもなく。
ただの道具屋だったことを。




