第2話 勇者の功績らしい
昨夜。
俺は店の前に立っていた。
森の方角から、まだ煙が上がっている。
右腕を見る。
赤い龍の紋章。
さっきまで確かに炎の龍がここにいた。
森の奥では、まだ火がくすぶっている。
(……やべえ)
しばらく呆然と立っていたが、さすがに目立つ。
俺は慌てて店の中に戻った。
机の上には、賢者の魔導書。
布に包まれた古い本。
俺はそれを見つめた。
さっきまで、この本を読んでいた。
ほんの一節。
古代ドラゴニス語。
それを読んだだけで――
森が消えた。
(……いや)
(考えるのやめよう)
俺は魔導書を閉じた。
布で包み直し、棚の奥へ戻す。
椅子に座る。
「……」
心臓がまだ早い。
(とんでもないことやった気がする)
でも。
今さらどうしようもない。
俺は頭を抱えたまま――
そのまま眠ってしまった。
――――。
朝。
リンドベルは妙に騒がしかった。
「見たか!?」
「森が消し飛んでるぞ!」
「魔物が全部消えてる!」
俺は店の扉の前に立ち、遠くの森を見ていた。
黒い煙が空に伸びている。
昨日まで確かに森だった場所が、真っ黒な焼け野原になっていた。
右腕を見る。
龍の紋章。
まだ、うっすら赤く光っている。
(完全に俺だ)
額から嫌な汗が流れた。
「リオ!」
振り向くと、街の兵士が走ってきた。
「森見たか!?」
「ええ、まあ……」
「魔物が全部消えてるんだ!」
兵士は興奮していた。
「すげえ魔法だったらしい!」
俺は必死に平静を装う。
心臓がうるさい。
「勇者様かもしれん!」
……勇者?
「勇者様が来てくれたのかもしれない!」
周りの人たちも集まってきた。
「勇者様万歳!」
「街を守ってくれたんだ!」
(いや違う)
違う。
勇者じゃない。
俺だ。
(……でも)
勇者の功績になってるなら。
それでいいのでは?
俺はそっと胸を撫で下ろした。
ところが。
「でも勇者様、まだ来てないよな?」
誰かが言った。
空気が止まる。
「……あれ?」
「確かに」
「まだ見てないぞ」
兵士が腕を組む。
「誰がやったんだ?」
(知らん)
俺も知りたい。
いや、知ってる。
けど言えない。
その時だった。
街道の方が騒がしくなる。
「勇者様だ!」
「勇者様が来た!」
(タイミング最悪!!)
俺は心の中で叫んだ。
――――。
街道。
勇者アルトは立ち止まっていた。
目の前の森は、完全に焼け野原だった。
戦士ガルドが口を開く。
「……おい」
「魔物どこだ?」
魔法使いセシリアが地面を調べている。
「高位魔法の痕跡です」
「かなり大規模な」
神官リーナが呟く。
「勇者様の出番が……」
戦士ガルドが笑う。
「終わったな」
勇者アルトは困惑していた。
「まだ何もしてません」
魔法使いセシリアが言う。
「これ、相当な魔法使いです」
戦士ガルドが腕を組む。
「勇者より強くないか?」
「言わないでください」
勇者アルトは焼け野原を見つめた。
「……とりあえず街へ行きましょう」
「状況を聞いた方がいい」
四人は街道を進む。
しばらく歩くと、リンドベルの門が見えてきた。
門の前には、すでに街人が集まっている。
勇者アルトたちの姿を見た瞬間――
歓声が上がった。
「勇者様だ!」
「勇者様が来た!」
「ありがとうございます!」
四人は困惑したまま門をくぐる。
――――。
街では歓声が上がっていた。
「勇者様!」
「森の魔物倒してくれたんですね!」
勇者アルトは固まった。
「え?」
戦士ガルドが肩を叩く。
「お前すげえな」
「やってない」
「謙虚だな」
「やってない」
その時。
俺は人混みをかき分けて前に出た。
「勇者様」
勇者アルトがこちらを見る。
「あの森って遠いですよね」
「え?」
「勇者様なら遠距離魔法くらい撃てるんじゃないですか?」
一瞬、沈黙。
戦士ガルドが笑った。
「なるほどな」
「遠隔魔法か」
魔法使いセシリアも頷く。
「勇者様なら不可能ではありません」
勇者アルトは困った顔をしていた。
「いや、あの……」
周りの街人が騒ぎ出す。
「やっぱり勇者様だ!」
「遠くから魔物倒したんだ!」
「すげえ!」
勇者アルトは小声で言った。
「……違います」
戦士ガルドが肩を叩く。
「まあいいじゃねえか」
魔法使いセシリアが小声で言う。
「街の空気的に」
勇者アルトはしばらく黙り、
そして小さく頷いた。
「……街を守れて良かったです」
歓声が爆発した。
――――。
その様子を、俺は少し離れて見ていた。
勇者が困っている。
街は歓喜。
俺は犯人。
(どうすんだこれ)
右腕を見る。
龍の紋章。
まだ消えていない。
店の奥には魔導書。
一つだけ確かなことがある。
俺は、とんでもないことをした。
周りを見回す。
街。
兵士。
勇者。
そして森。
(……トンズラするか)
俺は小さく呟いた。
「……逃げようかな」




