第14話 王女の懸念
「それは出来ません」
アルトは、はっきりと言った。
部屋の空気が、わずかに張る。
「一国の王女を旅に連れて行くなど、許されることではありません」
フィリアは勇者をまっすぐ見て言う。
「しかし、この国を守るためなら」
静かな声だった。
けれど迷いはなかった。
「城の中で報告を待つだけでは、もう遅いのです」
アルトは首を振る。
そして、はっきりと言い切った。
「リスクが大きすぎます。私たちに任せてください」
ガルドが腕を組んだ。
「まあ、アルトの言う通りだ。堪忍してくれ」
リーナも少し困った顔をしている。
「王女様が旅に出るのは……」
セシリアは黙ったまま、二人を見ていた。
フィリアは引かなかった。
「でも、もうすぐ側まで魔王軍は来ています」
アルトはそれでも首を振る。
「だとしても、あなたを危険な旅に巻き込むわけにはいきません」
フィリアは即座に言った。
「巻き込まれるつもりはありません」
「自分の意思で行くのです」
アルトは静かに言う。
「それでもです」
「あなたは王女だ」
「この国に必要な人でしょう」
フィリアは少しだけ目を細める。
「必要だからこそです」
「守られる側にいるだけでは、間に合わない」
ガルドが腕を組む。
「王女さんよ」
「旅ってのはそんな甘いもんじゃねえぞ」
リーナも言う。
「危ないこと、たくさんあります」
フィリアは短く答えた。
「承知しています」
アルトは小さく息を吐いた。
そして言った。
「信じてください」
「私には女神の加護があります」
部屋が静まる。
勇者の言葉だった。
「必ず魔王を倒します」
「だから、あなたが危険を冒す必要はありません」
フィリアは、その言葉を聞いても頷かなかった。
「……勇者様」
小さく言う。
「それでは、間に合わないのです」
その瞬間だった。
「フィリア様」
扉が開く。
一人の男が入ってきた。
王女の従者だった。
「フィリア様、このようなことをなさっては」
男は勇者一行へ向き直る。
「申し訳ありません、勇者様」
深く頭を下げた。
「フィリア様は、少し焦っておられるのです」
ガルドが小さく呟く。
「まあ、そんな感じだったな」
従者はフィリアを見る。
「こちらへ」
静かな声だったが、はっきりとした制止だった。
フィリアは少しだけ目を細める。
「……まだ話は終わっていません」
「なりません」
従者は言い切った。
「勇者様の旅に、王家が口を出すべきではありません」
フィリアは数秒だけ黙る。
そして、小さく息を吐いた。
「……分かりました」
従者は一礼する。
フィリアは勇者の方を見る。
「先ほどの無礼、お詫びします」
アルトは首を振る。
「気にしないでください」
フィリアは軽く頭を下げた。
そして、そのまま部屋を出る。
扉が閉まる。
部屋には、わずかな沈黙が落ちた。
ガルドが言う。
「……なかなかの王女だったな」
リーナが頷く。
「本気でしたね」
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廊下。
フィリアは黙って歩いていた。
従者が横につく。
「フィリア様」
男は小さく言った。
「無茶が過ぎます」
フィリアは歩みを止めない。
「無茶ではありません」
「必要な判断です」
従者は小さくため息をつく。
「勇者様に頼るのは当然です」
「フィリア様ご自身が旅に出るなど――」
その言葉を聞きながら、フィリアの意識は、数日前の出来事へと戻っていた。
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数日前。
王城の書庫。
机の上には報告書が山のように積まれていた。
各地の領主からの報告。
街道警備隊の記録。
商人組合からの情報。
フィリアはそれを一枚ずつ読んでいた。
最初は違和感だった。
魔物の出現。
それ自体は珍しくない。
魔王軍が動けば増える。
だが。
「……おかしい」
フィリアは報告書を並べ替える。
街道。
都市。
山岳。
港。
「早すぎる」
普通なら。
魔王軍はまず辺境を押さえる。
補給線を作る。
拠点を整える。
そのあとで大軍が動く。
だが今回の報告は違った。
小規模な部隊が、同時に現れている。
「進軍のペースが早い。焦っている?」
フィリアは椅子にもたれた。
そして次の紙を見る。
リンドベル近郊の森にて、大規模な爆発。
これが焦っている原因?
勇者様の力?
それにしては、勇者様がリンドベルを訪れた日付と合わない。
原因が何であったとしても。
「……間に合わない」
勇者は旅をする。
装備を整える。
仲間を集める。
力を蓄える。
それが正しい。
だが。
(魔王軍は、その時間を待つつもりがない)
フィリアは目を開いた。
だからこそ。
私自身が行かなければならない。
一国の王女である私なら、顔が利く。
旅もスムーズだ。
なにより。
私自身の目で見たい。
この世界で何が起きているのか。
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勇者様への同行。
それが叶わないなら、一人心当たりがある。




