第13話 第三王女
謁見が終わったあと。
勇者一行は、城内の控えの間へ通されていた。
豪華な部屋だった。
壁には織物。
床には赤い絨毯。
窓の外には、王都ルクスの白い街並みが見える。
けれど、ガルドは落ち着かなそうに腕を組んでいた。
「……なんか慣れねえな」
「城って息苦しい」
セシリアが淡々と言う。
「あなたはどこでも落ち着きがないでしょう」
「森の方がマシだ」
「漢すぎます」
リーナは窓の外を見ながら、ほわっと微笑んでいた。
「きれいな街ですね」
「平和そうです」
アルトはそれを聞いて、小さく息を吐いた。
本当に、平和そうに見えた。
通りを行き交う人々。
市場の賑わい。
遠くに見える大聖堂の尖塔。
けれど国王は言っていた。
魔王軍が本格的に動き出した、と。
その事実だけが、この穏やかな景色に薄い影を落としていた。
扉がノックされる。
入ってきたのは、王城の侍従だった。
「勇者様」
「国王陛下よりお言葉を預かっております」
アルトが振り向く。
「はい」
侍従は丁寧に頭を下げた。
「勇者様方が次の大陸へ向かわれるのであれば、ルクス王国として船を一隻ご用意いたします」
ガルドが目を丸くする。
「おお、船まで出してくれんのか」
リーナが小さく拍手した。
「すごいです」
セシリアが確認するように聞いた。
「出航はいつ頃になりますか」
「港町アルメリアにて準備が整い次第、すぐにでも」
侍従はそう答え、さらに続けた。
「必要であれば、通行証も手配いたします」
アルトは静かに頷いた。
「ありがとうございます」
侍従が去ると、部屋に少しだけ気の緩んだ空気が流れた。
ガルドが笑う。
「思ったより話が早えな」
「船まで出るなら助かるじゃねえか」
セシリアは腕を組んだまま言う。
「ええ。ただ、海路に出る前に準備は必要です」
「消耗品、保存食、武具の点検」
「この先が長旅になるなら、王都で整えておいた方がいいでしょう」
リーナも頷く。
ガルドがアルトを見る。
「ってことで勇者様」
「まずは装備だな」
アルトは少し考えてから言った。
「そうですね」
「港に向かう前に、一通り揃えておきましょう」
そう決まったところで、アルトはふと黙る。
国王との謁見。
魔王軍の話。
そして、リオ・カインズの名を出したときの、あの反応。
王家も知らない。
民衆も知らない。
少なくとも、この王都では誰もその名に心当たりがないようだった。
けれど、それで完全に手がかりが消えたわけではない。
あの道具屋には確かに不自然な痕跡があった。
森の爆発と無関係とは思えない。
「アルト?」
リーナが顔をのぞき込む。
「どうしました?」
アルトは小さく首を振った。
「いえ」
「少し考えごとを」
ガルドがにやりとする。
「まだあの道具屋のこと考えてんのか」
「気になります」
アルトは素直に答えた。
「もし本当に賢者の魔導書に関わっているなら、放っておけません」
セシリアが静かに言う。
「ですが今は、確証が足りません」
「魔王軍が動き出している以上、優先順位をつけるべきです」
アルトは頷いた。
その通りだった。
今は勇者として進まなければならない。
たとえ、引っかかることがあったとしても。
そのとき。
再び扉がノックされた。
侍従かと思い、アルトが「どうぞ」と声をかける。
だが入ってきたのは、先ほどの侍従ではなかった。
一人の少女だった。
年は十八ほどといったところか。
落ち着いた色のドレス。
華美ではないが、仕立ての良さは一目で分かる。
背筋はまっすぐで、目だけが妙に静かだった。
ガルドが小声で言う。
「……誰だ?」
リーナがはっとして姿勢を正した。
「王族の方、ですか……?」
少女は扉の前で一礼した。
「突然失礼いたします」
「ルクス王国第三王女、フィリアと申します」
アルトたちは立ち上がり、頭を下げる。
「お会いできて光栄です」
フィリアは小さく首を振った。
「かしこまらなくて結構です」
「今日は勇者様に、お伝えしたいことがあって参りました」
部屋の空気が変わる。
フィリアは一歩だけ前へ進んだ。
「勇者様」
「魔王軍は、もう近くまで来ています」
部屋が静まった。
ガルドが眉をひそめる。
「近く?」
セシリアの目も細くなる。
フィリアは頷いた。
「王都周辺ではまだ大きな混乱は起きていません」
「ですが、各地から上がってくる小さな報告を繋ぎ合わせると、すでに近くにいるものと思われます」
アルトは真剣な表情になる。
「具体的には?」
フィリアは答える。
「街道沿いの魔族出没」
「地方領主からの救援要請」
「兵の移動記録に対して多すぎる目撃情報」
「一つ一つは小さいのです」
「ですが、全体で見れば、魔王軍はすでに我々の想定より一段深く入り込んでいます」
セシリアが静かに口を開く。
「……なるほど」
「表向きの報告より、実態は進んでいると」
「はい」
フィリアは即答した。
「私はそう見ています」
ガルドが腕を組む。
「でもよ、それなら王様ももっと大騒ぎしてるんじゃねえのか?」
フィリアは少しだけ目を伏せた。
「正式な報告として上がるには、まだ断片的すぎるのです」
「そして、断片的であるがゆえに、危機として扱われにくい」
アルトはフィリアを見つめた。
彼女は不安を煽っているようには見えなかった。
ただ、見えているものをそのまま伝えている。
そういう話し方だった。
「それを、僕たちに伝えに来てくださったんですね」
フィリアは頷く。
「はい」
一瞬だけ言葉を選ぶように視線を落とし、
そして再び顔を上げた。
その瞳には、先ほどよりはっきりとした決意が宿っていた。
「そして――」
フィリアは一歩だけ前へ進む。
部屋の空気がわずかに張りつめた。
アルトは黙って言葉を待つ。
フィリアは勇者を真っ直ぐ見た。
「勇者様」
「お願いがあります」
リーナが小さく息を呑む。
ガルドは腕を組んだまま眉を上げた。
セシリアだけが静かに状況を見ている。
フィリアは言った。
「今この世界で何が起きているのか」
「私は、自分の目で確かめたいのです」
一瞬、部屋が静まり返る。
そして。
はっきりと続けた。
「ですので――」
「私も連れて行ってほしいのです」




