第12話 勇者の尋ね人
王族の列の、少し後ろ。
歓声でもなく、
勇者でもなく、
群衆の動きを静かに見ている少女がいた。
民衆は前にいる勇者と国王に夢中だ。
誰もその少女に注意を払っていない。
けれど。
リオは、その姿を見てなんとなく察した。
あの位置。
あの落ち着き。
そして、周囲を観察するような視線。
ただの王族ではない。
むしろ、
この場の空気そのものを読んでいるような目だった。
「……たぶん、第三王女だな」
リオは小さく呟いた。
そのとき。
国王が再び一歩前に出た。
ざわめいていた通りが、ゆっくりと静まり返る。
兵士たちも背筋を伸ばし、
民衆も自然と口を閉じた。
先ほどまでの歓声が嘘のようだった。
「勇者アルトよ」
重く、よく通る声が広場に響く。
「そなたの決意、確かに聞いた」
国王はゆっくりと勇者を見下ろした。
王の目だった。
「ルクス王国としても、できる限りの助力を約束しよう」
その言葉が落ちた瞬間。
民衆の間から安堵のざわめきが広がった。
「おお……」
「王様が認めたぞ」
「勇者様だ……!」
誰かが小さく拍手をする。
それが広がり、
歓声と拍手が混ざり合って通りに広がった。
勇者がいて、
国王が認める。
それだけで、
世界がなんとかなるような空気になる。
本当に、そういう空気だった。
やっぱりすごいな、とリオは思った。
勇者という存在は、
ただ強いだけじゃない。
いるだけで、
人を安心させる何かがある。
アルトはその場で頭を下げたまま、静かに言った。
「ありがとうございます」
その声は落ち着いていた。
歓声に浮かれる様子もない。
むしろ、
少しだけ申し訳なさそうにさえ聞こえた。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
国王が眉を上げる。
「ほう?」
周囲の貴族たちも顔を上げた。
勇者の言葉に、
場の空気が少しだけ変わる。
歓声の余韻が静まり、
人々が次の言葉を待つ。
アルトは顔を上げ、まっすぐ言った。
「賢者の魔法を使える人物を知りませんか」
リオの背中に冷たいものが走った。
心臓が一瞬だけ嫌な跳ね方をする。
アルトは続ける。
「僕たちは旅の途中で、非常に強力な魔法の痕跡を見ました」
「通常の魔法使いでは扱えないほどの力です」
民衆がざわめく。
「そんな魔法が……?」
「勇者様が言うなら本当だろう」
「賢者の魔法だって?」
ざわざわと声が広がっていく。
アルトの声は真剣だった。
「もしその力を持つ人物がいるなら」
「魔王軍に対抗する大きな助けになるはずです」
国王は少しだけ表情を引き締めた。
その話の重さを理解している顔だった。
「そのような人物は、少なくとも王家では把握しておらぬ」
アルトはさらに言った。
「では――」
ほんのわずかに、間を置く。
そして。
「リオ・カインズという青年をご存じありませんか」
リオは固まった。
思考が一瞬止まる。
頭の中が、真っ白になった。
「……は?」
声が漏れそうになり、
慌てて口を押さえた。
エリナが横を見る。
群衆の間にざわめきが広がった。
「リオ?」
「誰だ?」
「聞いたことないな」
人々が顔を見合わせる。
当然だった。
王都の民衆が、
地方の小さな町の道具屋を知っているはずがない。
国王も眉をひそめる。
「リオ・カインズ……」
少し考え、首を振った。
「いや、聞いたことはないな」
アルトは真剣な顔のまま続けた。
「リンドベルという、小さな町で道具屋を営んでいた青年です」
「ですが、彼の周辺には不自然な魔力の痕跡がありました」
「賢者の魔導書に関わっている可能性があります」
ざわめきがさらに大きくなる。
「道具屋?」
「そんなやつが?」
リオの背中に嫌な汗が流れた。
(やべえ、バレてるのかよ)
アルトはなおも国王に向かって言う。
「もし国内にいるなら、ぜひ会いたいんです」
その声は、
追い詰めるようなものではなかった。
ただ、探している。
本気で。
リオは一歩後ろに下がる。
人混みの中で、
できるだけ目立たないように。
国王はゆっくり首を振った。
「残念だが、その名に覚えはない」
「民の中に知る者がいるかもしれぬが……」
国王が通りを見渡す。
「誰か、知る者はおるか?」
一瞬、しんと静まった。
大勢の人間が顔を見合わせる。
ざわざわとした空気が流れる。
けれど――
誰も答えない。
当然だった。
「知らんなあ」
「聞いたこともない」
そんな声ばかりが飛ぶ。
リオは小さく息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけ抜ける。
助かった。
少なくとも、
ここで名前が広まることはない。
「リオ」
エリナが小さく袖を引いた。
「帰る?」
「ああ」
二人は人混みの後ろへ、
できるだけ自然に下がり始めた。
歓声の余韻とざわめきの中なら、
少し動いても目立たない。
今ならまだ、紛れられる。
じりじりと下がりながら、リオはふと、王族の列の方を見た。
気のせいかもしれないが、
目があった気がした。
第三王女。
さっきまで群衆を見ていたその視線が、
今だけは別の方向を向いていた。
――こちら。
正確には。
人混みの後ろへ下がろうとしているリオを。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
目が合った気がした。




