第11話 人混みの先に
「行ってみるか」
ここまで騒ぎが大きいと、何が起きているのか分からない方が落ち着かなかった。
二人は人の流れに乗って、大通りの方へ向かった。
王都の中央通りは、すでに人で埋まっていた。
道の両脇に市民がぎっしり並んでいる。
兵士たちが列を作り、通りの中央を空けていた。
「すご……」
リオは思わず呟いた。
地方の祭りどころではない。
王都全体が何かを迎えているような空気だった。
前の方では子どもが肩車され、
露店の店主まで手を止めて通りを見ている。
「何が来るんだ?」
「王族かな」
エリナが言う。
そのときだった。
遠くからラッパの音が響いた。
人波がどっと揺れる。
「来たぞ!」
「勇者様だ!」
「勇者様が来た!」
リオはぴたりと動きを止めた。
「……は?」
エリナが隣で目を瞬かせる。
「勇者」
前方から、白いマントを翻した一団が見えてきた。
先頭にいるのは、よく見覚えのある金髪の青年。
軽い鎧に剣。
いかにも勇者らしい見た目。
アルトだった。
その後ろには、戦士ガルド、魔法使いセシリア、神官リーナの姿も見える。
「うわ」
リオは反射的に身を引いた。
「なんでいるんだよ……」
「王都だから」
「そりゃそうだよな、なにも考えず逃げてた……」
「会いたくない?」
「できれば一生」
エリナは少し考えた。
「無理そう」
二人は人混みの後ろへ、さりげなく下がった。
だが、前方の様子はよく見えた。
勇者一行のさらに先。
通りの終点、王城へ続く大階段の前に、王族たちが立っている。
国王。
女王。
そして、若い王女。
白を基調とした豪奢な衣装。
宝石は多いのに、下品ではない。
背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見ている。
その立ち姿だけで分かった。
「あれ、第一王女か」
リオは小さく呟いた。
国王と女王のすぐ横。
しかも、ただ控えている感じではない。
視線の置き方も、
兵士たちの緊張感も、
周囲の貴族たちの空気も、
まるで彼女がこの場の中心であるかのようだった。
「やっぱり、中枢はあの人なんだな……」
エリナが聞く。
「偉いの?」
「かなりな」
リオは目を細めた。
「出迎え、国王直々って相当だな」
「勇者ってそんなにすごいんだ」
「まあ、世界の希望みたいなもんだからな」
そして勇者一行は、王族の前で足を止めた。
アルトが静かに片膝をつく。
ガルドたちもそれに続く。
周囲がしんと静まった。
さっきまであれほど騒がしかった通りが、嘘みたいに静かになる。
国王が一歩前に出た。
年齢はそれなりだが、声には張りがあった。
「勇者アルトよ」
その声が、広場全体に響く。
「よくぞルクス王国へ来てくれた」
アルトは顔を上げずに答えた。
「お迎えいただき、光栄です」
国王は大きく頷いた。
「そなたの旅路はすでに聞き及んでいる」
「各地で魔の気配が強まり、民は不安に揺れている」
「その中で、勇者の来訪は大きな希望だ」
周囲の民衆がざわめいた。
誇らしげな声。
安堵したような吐息。
勇者という存在そのものが、もう安心材料になっている。
だが次の瞬間、国王の声音がわずかに低くなった。
「……そして、今日そなたに伝えねばならぬことがある」
空気が変わる。
アルトも顔を上げた。
国王は、通りのすべての民に聞かせるように言った。
「魔王軍が、本格的に動き出した」
ざわっ、と群衆が揺れた。
「え……?」
不安のざわめきが一気に広がる。
店先の女が口元を押さえ、
子どもを抱いた男が表情を強ばらせる。
リオも思わず眉をひそめた。
(まあ、知ってる)
森でバルグを見た。
しかも四天王本人だ。
本格的に動き出した、どころの話ではない。
もうだいぶ動いている。
けれど、そんなことを言えるはずもない。
国王は続けた。
「各地で魔族の活動が確認されている」
「進軍はまだ局地的ではあるが、その速度はこれまでにない」
「ゆえに我らは、勇者に正式に助力を願いたい」
再びざわめき。
不安と期待が混ざった空気だった。
けれどそこで。
アルトが立ち上がった。
一瞬だけ驚くほど自然に、
人々の視線が彼に集まる。
勇者は前へ出て、静かに言った。
「大丈夫です」
大きな声ではなかった。
けれど、妙によく通った。
「魔王軍が動き出したとしても、必ず止めます」
群衆が息を呑む。
アルトはまっすぐ前を見たまま続けた。
「皆さんが不安になるのは当然です」
「ですが、僕はそのために旅をしています」
「魔王を倒し、この世界を守る」
「それが勇者の役目です」
沈黙。
そして次の瞬間。
「おおおっ!」
歓声が上がった。
「勇者様!」
「頼んだぞ!」
「勇者様がいるなら大丈夫だ!」
さっきまでの不安が、目に見えて熱に変わっていく。
単純だった。
けれど、強かった。
誰か一人が「大丈夫だ」と言うだけで、
民衆はそれを信じたがっていた。
リオはその光景を見ながら、小さく呟く。
「……すげえな」
エリナが聞く。
「勇者?」
「そう。その空気を変える力」
あれは魔法じゃない。
下手な魔法よりよほど強い。
場にいた誰もが、
今この瞬間だけは「本当に大丈夫かもしれない」と思っている。
そのとき。
リオはふと、王族の方を見た。
国王は満足そうに頷いている。
女王も静かに微笑んでいる。
第一王女は堂々と勇者の横に立っていた。
絵に描いたような王族の姿だった。
美しく、威厳がある。
王家同士の政略結婚。
国同士の均衡を保つための、外交の駒。
だからこそ、この場では彼女が前に立つ。
勇者の隣に立つのも、
国王の横にいるのも、
すべてが「正しい絵」だった。
けれど。
リオはもう一人の姿に気づいた。
王族の列の、少し後ろ。
豪華なドレスでもなく、
目立つ位置でもない。
ひっそりと立っている少女。
年はリオと同じくらいか、少し下。
目立たない場所なのに、
その目だけが妙に鋭かった。
歓声ではなく、
群衆の動きを見ている。
兵士の配置。
貴族の反応。
民衆のざわめき。
まるで、この場を観察しているみたいだった。
リオは少し眉をひそめる。
「……なんだ、あれ」
エリナも同じ方を見ていた。
「きれい」
「そっち?」
「うん」
「わたしは第一王女よりもずっと好き」
リオは少しだけ目を細めた。
「変わった趣味だな」
エリナは首をかしげる。
「そう?」
リオはもう一度、その少女を見る。
王族の列の、少し後ろ。
その視線だけが、場の誰よりも冷静だった。
勇者を見ていない。
群衆を見ている。
歓声の大きさ。
兵士の動き。
貴族たちの反応。
まるで、この場を測っているみたいだった。




