第10話 王都での一週間
王都ルクスに来てから、一週間が経った。
リオは図書館にいた。
王都中央区にある巨大な石造りの建物。
高い天井と、壁一面の本棚。
王都でも有名な大図書館だ。
その三階の閲覧室。
リオは机に向かい、山のように積まれた本に埋もれていた。
古代言語辞典。
勇者伝承集。
王国史。
魔導理論書。
その横にはメモ用紙が何枚も散らばっている。
「……なるほど」
リオは小さく呟いた。
「この文字、同じ形でも意味が二つあるのか」
ペンを走らせる。
「文脈依存型……?」
ページをめくる。
「じゃあ、あの魔導書のあの部分は――」
完全に没頭していた。
周囲の音はもう聞こえていない。
世界から切り離されたみたいに、本の中へ潜っている。
その向かいの席に、エリナが座っていた。
「リオ」
返事はない。
「リオー」
返事はない。
「リオくん」
返事はない。
エリナは机に頬杖をついた。
「……」
しばらく待つ。
反応なし。
机の上の羽ペンをつつく。
コツ。
反応なし。
手を振る。
反応なし。
本を少し押す。
反応なし。
エリナはため息をついた。
「……ひま」
返事はない。
リオは本の世界に完全に潜っている。
エリナは立ち上がった。
机を回る。
リオの横へ来る。
顔をのぞき込む。
「リオ」
反応なし。
目は完全に本に固定されている。
エリナは腕を組んだ。
少し考える。
そして――
がぶっ。
「いっっっってぇぇ!?」
リオが椅子から飛び上がった。
閲覧室が一瞬静まり返る。
周囲の視線が集まる。
リオは腕を押さえた。
「何すんだお前!?」
エリナは真顔だった。
「噛んだ」
「見れば分かる!」
「話しかけても気付かない」
「だからって噛むな!」
「やっと気がついた」
腕を見る。
くっきり歯形がついている。
「お前な……」
エリナは言う。
「一週間」
「ん?」
「ずっとこれ」
「これ?」
「図書館」
リオは机の本を見る。
確かに。
王都に来てから一週間。
朝から夕方まで、ここにいた。
「……調べ物だからな」
「私はひま」
「街行けばいいだろ」
「一人で?」
リオは少し黙った。
エリナはじっと見ている。
「出かけたい」
「何しに」
「服」
「服?」
「買いたい」
リオは少し考える。
「……今?」
「今」
「本の途中なんだけど」
エリナがもう一度腕に口を近づける。
「待て待て待て!」
リオは慌てて手を上げた。
「行く!」
「ほんと?」
「行くから噛むな!」
エリナは満足そうに頷いた。
「じゃあ行こ」
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図書館を出ると、王都の昼はにぎやかだった。
石畳の通り。
露店の呼び声。
焼きたてパンの匂い。
地方の町とは規模が違う。
「で」
リオが聞く。
「どこ行くんだ」
エリナは迷わず答えた。
「あっちに可愛いお店があるの」
商店街を歩く。
布の店。
靴屋。
装飾品の店。
そして一軒の店の前でエリナが止まった。
「ここ」
「高そう」
「入る」
エリナはもう中に入っていた。
リオは仕方なくついていく。
店内には色とりどりの服が並んでいた。
ワンピース。
スカート。
上着。
王都らしい、上品な服ばかりだ。
店員が笑顔で近づいてくる。
「いらっしゃいませ」
エリナはすでに服を見ていた。
一着手に取る。
「これ」
淡いクリーム色のワンピース。
「試す」
エリナは試着室に入った。
リオは店の隅で待つ。
しばらくしてカーテンが開いた。
「どう?」
リオは顔を上げた。
思わず少し目を見開く。
銀色の髪に、柔らかなクリーム色のワンピース。
光の当たり方で、髪がきらりと輝く。
思っていた以上に似合っていた。
「……いいんじゃないか」
エリナがくるっと回る。
裾がふわりと揺れる。
「ほんと?」
「うん」
「次」
また試着室へ。
二着目。
淡い青のワンピース。
三着目。
白いブラウスと緑のスカート。
四着目。
紺のワンピース。
そのたびにエリナは聞く。
「どう?」
リオは答える。
「似合う」
「それもいい」
「こっちは大人っぽいな」
「それ動きやすそう」
気付けば完全に試着会だった。
店員も楽しそうに見ている。
「お連れ様、どれもよくお似合いですね」
そして最後。
カーテンが開いた。
白いブラウス。
青いスカート。
シンプルな服。
でも。
一番似合っていた。
「どう?」
リオは少し間を置いた。
「……それ」
「うん」
「いいな」
エリナが嬉しそうに笑う。
「じゃあこれ買う」
「お金は?」
「一週間暇だった」
エリナがじっと見る。
リオはため息をついた。
「……払います」
店員がにこやかに言う。
「ありがとうございます」
会計を済ませ、店を出る。
袋を受け取りながらリオが言った。
「三万G……王都の服高すぎだろ……」
エリナは満足そうに袋を抱えている。
「楽しかった」
そんなやり取りをしながら歩いていると。
遠くの通りが、妙に騒がしかった。
歓声。
ざわめき。
兵士の声。
「なんかすごい人だな」
リオが言う。
エリナがそちらを見る。
通りの向こうに人だかり。
何かが来ているらしい。
「祭り?」
「さあ」
「王族とか?」
「かもな」
リオは肩をすくめた。
「王都だし」
「そういうのもあるだろ」
エリナは少し興味ありそうに眺める。
「行ってみる?」




