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第1話 勇者に渡すはずだった魔導書

朝のリンドベルは静かだった。


俺は店の扉を開け、外に看板を出す。


道具屋カインズ。


それがこの店の名前だ。


窓ガラスに自分の姿が映った。


黒髪に寝癖が残った青年。


年齢は二十一。


細身で、剣を振るうより本を読んでいる方が似合う――と、街の人にはよく言われる。


リオ・カインズ。


それが俺の名前だ。


「……また寝癖か」


髪を手ぐしで整えながら店に戻る。


店は小さい。


棚には薬草、包帯、松明。


冒険者が使う道具が少しずつ並んでいる。


ただ、この店には他の道具屋と違うところがある。


本だ。


壁の半分は本棚になっている。


薬草学、魔物図鑑、古代文明、旅人の日記。


全部、俺が集めたものだ。


「兄ちゃん、包帯三つ」


カウンターに立った冒険者が言った。


「はいよ」


包帯を三つ、棚から取る。


ついでに回復薬を一本。


「回復薬も持っていけ」


「助かる」


銅貨がカウンターに転がる。


冒険者は店を見回して笑った。


「相変わらず本ばっかだな」


「売り物だよ」


「半分は違うだろ」


図星だった。


俺は昔から本が好きだ。


知らないことを知るのが楽しい。


親父にはよく言われた。


『お前は道具屋より学者向きだ』


けれど親父が亡くなって、店は俺が継いだ。


まあ、本が読めるなら悪くない仕事だ。


「じゃあな」


冒険者が店を出ていく。


扉のベルが鳴る。


店は静かになった。


「……暇だな」


俺は椅子に腰掛ける。


そして、いつものように本を開いた。


これが朝の日課だ。


ページをめくる。


古代文明の本だった。


失われた王国の話。


古い言語。


賢者が使った魔法。


こういう本が好きだった。


知らない世界がそこにある。


そして。


店の奥の棚。


そこに、一冊の本がある。


布に包まれた本。


それを見た瞬間、なぜか思う。


これは勇者に渡すものだ。


勇者がこの街に来た時。


俺が、この本を渡す。


理由は分からない。


誰かに言われたわけでもない。


けれど、それは当たり前のことのように思える。


「……」


俺は立ち上がった。


棚から本を取る。


布を外す。


古い本だった。


表紙は擦り切れている。


けれど、ただの本じゃない。


そんな雰囲気がある。


表紙には、かすれた文字が刻まれている。


『賢者の魔導書』


……そう読める気がする。


いや、正確には、街の冒険者たちがそう呼んでいた。


「ちょっと見るくらいなら……いいよな」


誰に言うでもなく呟く。


椅子に座り、本を開いた。


中は文字だらけだった。


見たことのない文字。


古い言語だ。


「やっぱり読めないか」


苦笑する。


俺みたいな道具屋が読めるわけがない。


ページをめくる。


まためくる。


その時だった。


「……ん?」


手が止まる。


そこに書かれていた文字。


どこか見覚えがある。


顔を近づける。


記憶を探る。


昔読んだ本。


古代言語の解説書だった。


「これ……」


指でなぞる。


「古代ドラゴニス語?」


竜と契約した賢者が使ったと言われる言語。


普通は解読できない。


けれど。


ほんの一節だけ。


意味が分かる。


「……試しに」


小さく、読み上げた。


その瞬間だった。


右腕が熱くなる。


「え?」


炎が噴き出した。


その炎が形を変える。


蛇のようにうねり、


翼のように広がり、


――龍の姿になる。


赤い炎の龍が俺の腕に巻き付いた。


「うわっ!?」


椅子から転げ落ちる。


腕が燃えている。


いや、燃えているのに熱くない。


炎の龍がぐるりと腕を回る。


「なんだこれ!?」


慌てて店の外へ飛び出す。


右腕が勝手に動く。


空へ向かって振り上がる。


次の瞬間。


炎が空を裂いた。


龍の形をした炎が、街の外へ飛んでいく。


森の方へ。


――――。


リンドベルの外の森。


そこには魔物が集まっていた。


ゴブリン。


オーク。


そしてそれを率いる魔族。


「勇者が来る」


魔族が言った。


「この街を通る」


ゴブリンが笑う。


「勇者殺す」


「ここで迎え撃つ」


その瞬間。


空が赤く染まった。


魔族が顔を上げる。


「……何だ?」


炎。


いや。


龍。


巨大な火の龍が森へ突っ込んできた。


次の瞬間。


世界が爆発した。


――――。


同じ頃。


街道。


四人の影が歩いていた。


勇者アルト。


魔法使いセシリア。


戦士ガルド。


神官リーナ。


「次はリンドベルですね」


セシリアが言う。


アルトが頷く。


「この先の森に魔物の群れがいるそうです」


ガルドが笑う。


「勇者の初陣ってわけだ」


アルトは剣を握る。


「この街を守りましょう」


その時だった。


遠くの森が赤く光った。


そして。


ドォォォォォン。


巨大な爆発。


四人は立ち止まる。


「……何だ?」


ガルドが言う。


煙が上がる。


森から。


――――。


翌朝。


街は騒ぎになっていた。


「森の魔物が全部消えてる!」


「焦土になってるぞ!」


「ありえねえ!」


冒険者たちが騒ぐ。


兵士も慌てている。


俺は店の前に立ち、森を見る。


黒い煙。


遠くに焦げた森。


あの森には魔物の群れがいる。


最近、街でも噂になっていた。


「いずれ勇者が来て退治するだろう」


そんな話を、冒険者たちがしていた場所だ。


俺は右腕を見る。


龍の紋章。


まだ赤く光っている。


そして思わず呟いた。


「……え?」


面白いと思っていただけたら、

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