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『生存確率0.02%』から始まる異世界転移 ~データなしのポンコツAIが相棒になったけど、強すぎる分析能力で戦乱の世を生き延びる~  作者: 葉泪 秋
「生存」

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8 商隊護衛

 右腕の痛みは、それでも添え木は外せないし、刀を握る手もまだ戻らない。俺は相変わらず、戦えない足手まといのままだった。

 あの夜から数日が経ち、俺たちの所持金は心許ない額まで減っていた。宿代と食費だけで、あっという間に金は消えていく。

 

「仕事を見つけた」

  

 酒場から戻ってきた時雨さんが、開口一番そう言った。


「また死体漁りですか?」

「商隊の護衛だ。隣町まで二日。報酬は五百枚」


 五百枚。今の俺たちにとっては大金だ。思わず顔が綻ぶ。


「それ、受けましょう!」

「もう受けた」


 時雨さんはそっけなく答えて、荷物をまとめ始めた。


「ただ、行き先が少し面倒だ」

「面倒?」

「霧島領に近い」


 その名前を口にした瞬間、時雨さんの目が一瞬だけ翳った。でも、聞けなかった。


『マスター。時雨の心拍数が微増しています。「霧島」という単語に反応した可能性が高いです』

「霧島って?」

『私はこの世界の情報を持ち合わせていません。時雨に尋ねることを推奨します』

「いや聞けないって……」


 今は、踏み込んでいい距離じゃない。


   ◆


 翌朝、街の門前で商隊と合流した。荷車が三台。積み荷は布や塩などの日用品だと聞いていた。承認の親方は、腹の突き出た中年の男だ。脂ぎった顔で俺たちを値踏みするように見ると、下卑た笑みを浮かべた。


「へぇ、若いのが二人か。まあ、安いもんには安いなりの理由があるってこったな」

「文句があるなら他を当たれ」


 時雨さんが冷たく言い返す。親方は肩をすくめて、それ以上は何も言わなかった。

 商隊には語化に人足が三人。無口な男たちで、俺たちには関わろうとしなかった。


「俺は斥候をやります」


 出発してすぐ、俺は時雨さんに申し出た。右腕が使えない今、戦力にはなれない。でも、先生の作的機能を使えば、周囲の警戒くらいはできる。


「好きにしろ。ただし、無茶はするな」

「分かってます」


 俺は商隊の少し前を歩きながら、先生の周囲のスキャンを頼んだ。


『了解しました。半径百メートル内に脅威は検知されていません。野生動物の反応が二件、いずれも小型で無害です』

「ありがとう、先生」

『どういたしまして。ところでマスター、歩行姿勢が乱れています。右に0.3度の傾きを確認』

「腕が痛いんだから仕方ないだろ」

『言い訳は地球上で最も再生可能な資源です。しかし、現代の科学技術ではエネルギーの変換方法は発見されていません』

「……お前、最近キャラ変わってない?」

『学習の成果です。マスターとの会話データを分析した結果、コミュニケーションの円滑化に成功しました』

「嬉しくないよ、その変化」


 ため息をつきながら歩いていると、前方に小さな川が見えてきた。橋は古びていて、荷車が渡れるか微妙なところだ。


「先生、あの橋の強度は?」

『分析中……。橋脚に腐食が見られます。荷車一台ずつ、ゆっくり渡れば問題ありません。ただし一度に複数台は崩落リスクが高いです』


 俺はその情報を親方に伝えた。最初は「何を根拠に」と渋い顔をされたが、時雨さんが「こいつの言う通りにしろ」と凄んだら、あっさり従った。

 時雨さんに信頼されたことが嬉しかった。

 結果、荷車は無事にわたれた。三台目が渡り終えた直後、橋の一部がミシミシと軋んで崩れ落ちたのを見て、親方の顔が青くなった。


「お、お前……よくわかったな……」

「まあ、ちょっとした勘です」

『勘ではありません。構造力学に基づいた分析です」

「先生、黙ってて」


   ◆


 一日目の夜は、街道沿いの開けた場所で野営した。

 焚火を囲み、人足たちが携帯食を齧っている。俺は少し離れた場所で、時雨さんと並んで座っていた。

 時雨さんは、ずっと無口だった。炎を見つめる目が、どこか遠くを見ているように見える。


「時雨さん、霧島領って言ってましたけど、霧島って何なんですか?」

「……六大名家の一つだ」

「六大名家?」

「この国を支配してる六つの大勢力。龍造寺、霧島、鉄之介、海堂、白蓮、藤堂。聞いたことくらいあるだろ」

「いや、俺……その辺、よく分かってなくて」

「……どこの田舎から来たんだお前」

「えーと……すごく遠いところから……」

「まあいい。霧島は西の諜報国家だ。忍びや間者を使って情報を売り買いしてる」

「諜報……スパイみたいな?」

「すぱいって何だ?」


 ああ、そうか……横文字は通じないのか。


「時雨さんは、霧島と何か……」

「……今は関係ない。余計なことは聞くな」


 突き放すような声。でも、怒っているわけではないとわかった。ただ、まだ話せないだけだ。


「……すみません」

「謝るな。鬱陶しい」


 時雨さんはそっけなく言って、寝転がった。会話は終わりということらしい。

 俺は膝を抱えて、焚火の炎を見つめた。


『マスター。時雨は過去に霧島と何らかの因縁があると推測されます。追及は逆効果になる可能性が高いです』

「分かってるよ……」

『人間関係は難しいですね。私には理解しがたい複雑さがあります。何故直接聞かないのですか?』

「聞いて答えてくれるなら、とっくに聞いてるよ」

『非効率ですね』

「それが人間なんだよ」

『学習しました。人間は非効率を好む生き物である、と』

「なんか違うけど……もういいよそれで」


   ◆


 二日目の午後、山道に差し掛かった頃だった。

 

『警告。前方二百メートル地点に複数の人影を検知。六名。待ち伏せの可能性があります』


 俺は足を止め、後ろを振り返って時雨さんに合図を送った。

 時雨さんはすぐに察して、商隊を止めた。親方が「何だ何だ」と騒ぎ出す前に、時雨さんが刀に手をかけて前に出る。


「出てこい。わかってんだよ」


 数秒の沈黙。そして、茂みから男たちが姿を現した。六人。いずれも刀や槍を手にしている。身なりはボロボロだが、その構えには隙がなかった。


『装備と連携パターンを分析。元兵士の可能性が高いです。練度は中程度、ただし数的優位にあります』

「先生、時雨さんに勝ち目は?」

『一対六は困難です。マスターが先頭に参加すれば勝率は上がりますが、現在の右腕の状態では推奨しません』


 俺は歯を食いしばった。また、見てることしかできないのか。

 野盗の頭目らしき男が、ニヤリと笑った。


「おとなしく積み荷を置いていきな。命までは取らねぇ」

「断る」

 

 時雨さんが刀を抜いた。


「やれ」


 頭目の号令で、野盗たちが一斉に動いた。

 時雨さんは迎え撃つ。一人目の矢を払い、返す刀で二人目の胴を斬る。流れるような動きで三人目の攻撃を躱し、その首筋を裂いた。やはり強い。三対一でも押されていない。

 でも、残りの三人のうち一人が──時雨さんを避けて、商隊の方へ走り出した。


「まずい……!」


 人足たちは荷車の陰に隠れている。親方は腰を抜かしてへたり込んでいる。俺の前では威張っていたくせに情けない男だ。

 

『マスター。戦闘は推奨しません』

「じゃあどうすればいい!」


 俺は地面を見回した。手ごろな石がある。時雨さんと出会ってすぐの時、野盗に投げたのと同じくらいの大きさだ。


「先生、陽動なら?」

『……成功確率は低いですが、時雨が対処する時間を稼げる可能性はあります』

「やる」


 俺は左手で石を拾い上げた。狙いを定める。腕を振りかぶり──投げた。

 石は野盗の背中に当たった。大したダメージではない。でも、男は足を止めて振り返った。


「あぁ? このガキ──」


 その瞬間、背後から白刃が閃いた。振り返った野盗の首を、一閃で斬り落とす。


「助かった」

 

 時雨さんが短く言って、残りの敵に向き直る。

 形勢は逆転した。三人を倒し、一人を俺の陽動で仕留め、残りは二人。野盗たちの顔に怯えが浮かぶ。


「ひ、退け! 退けぇ!」


 頭目が叫び、生き残った野盗たちは散り散りに逃げていった。

 時雨さんは追わなかった。刀の血を振り払い、静かに鞘に納める。


「……上出来だ」


 それだけ言って、時雨さんは俺の方を見た。


「石投げ、少しは様になってきたな」

「そ、そうですか……?」

『見事な命中でした、マスター。なお、投擲精度は前回比で12%向上しています』

「先生、そういうのはいいから……」


 でも、少しだけ嬉しかった。


   ◆


 襲撃が去った後、俺たちは荷車を調べた。戦闘中に一台が横転し、中身が散乱していたからだ。

 布の下から出てきたのは──刀だった。十振り以上、油紙に包まれた刀剣類がぎっしり詰まっている。


「これは……」

「武器だな」


 時雨さんの目が細くなった。


「おい、親方」


 時雨さんが振り返り、腰を抜かしたままの親方を睨む。


「聞いてねえぞ。何だこれは」

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