32 先読み
商隊護衛の依頼は、三日間の道中だった。
依頼主は恰幅のいい商人で、名を源蔵といった。
「君たちが噂の『先読みの零』か。依頼を受けてくれるとはな」
出発前、源蔵は俺をじろじろと見た。
「思ったより若いな。本当に大丈夫なのか?」
「ご期待に添えるよう努力します」
「ふむ。まあ、噂を信じて依頼したんだ。期待しているぞ」
源蔵は俺たちを値踏みするような目で見た。
信用されていない。当然だ。まだ何も見せていないのだから。
◆
一日目は何事もなく過ぎた。
平坦な道が続き、天気も良い。商隊の荷車がゆっくりと進んでいく。
「暇だな」
楓が欠伸をした。
「暇なのはいいことだよ」
「分かってるけど、暇なもんは暇だろ」
「見張りは続けてね」
「分かってるって」
楓が周囲を見回した。
俺も先生に確認する。
「先生、周囲の状況は?」
『現時点で以上は検知されていません。人の気配もありません』
「そっか」
平和な一日だった。
ただ、二日目の昼過ぎ、状況が変わった。
『マスター。前方に複数の人の気配を検知しました』
先生の声に、俺は足を止めた。
「何人?」
『およそ十人。道の両側に分散して潜んでいます。待ち伏せの可能性が高いです』
「距離は」
『現在地から約百歩ほど先です』
俺は時雨さんに近づいて、小声で伝えた。
「前方に待ち伏せがいるみたいです。十人くらい」
「……どうやって分かった」
「勘です」
「またか」
時雨さんが呆れたように言ったが、俺の言葉を疑ってはいないようだった。
「楓」
俺は楓を呼んだ。
「偵察に行ける?」
「任せろ」
楓が音もなく茂みに消えていった。
しばらくして、戻って来る。
「いたぜ。山賊っぽいのが十二人。道の両側に隠れてやがる」
「武器は?」
「刀と槍。弓は見当たらなかった」
詳細な報告だ。クソガキだが、楓の偵察能力は本物のようだ。
『マスターへ提案があります』
「何?」
『敵は待ち伏せ状態で、こちらが気づいていないと思っている。ならば、逆にこちらから先制攻撃を仕掛けることで、混乱を誘えます』
「先制攻撃か」
俺は時雨さんと厳さんに作戦を伝えた。
「俺たちから仕掛ける。楓が右側の頭を狙って混乱させる。その隙に時雨さんと巌さんで右側を叩く。左側は巴さんと一緒に商隊を守りながら対応します」
「いけるか?」
時雨さんが楓に聞いた。
「余裕」
楓がにやりと笑った。
◆
楓が茂みから飛び出し、頭領らしき男を蹴り倒した。
「な、なんだ!?」
山賊たちが混乱する。
その隙に、時雨さんと巌さんが斬り込んだ。
「くそ、バレてんじゃねぇか!」
「撤退だ! 逃げろ!」
山賊たちは一目散に逃げていった。
戦闘は一瞬で終わった。こちらに怪我人は出ていない。
「……終わったか」
時雨さんが刀を納めた。
源蔵が呆然と立っていた。
「何が起きたんだ……?」
「山賊の待ち伏せがありました。事前に察知して、先手を打ちました」
「事前に察知……? どうやって」
「勘です」
源蔵が俺を見た。
「勘、だと?」
「ええ。何となく、嫌な予感がしたので」
源蔵は信じられないという顔をしていた。
「……噂は本当だったんだな」
「噂?」
「『先読みの零』。未来が見えるかのように危険を察知する、と」
源蔵が深く頭を下げた。
「疑って悪かった。君たちのおかげで、商品も命も無事だ。感謝する」
「仕事ですから」
俺は淡々と答えた。
でも、少しだけ誇らしかった。
三日目、無事に目的地に着いた。
源蔵は約束通り銀貨五十枚を払い、さらに追加で十枚を渡してきた。
「危険手当だ。受け取ってくれ」
「いいんですか?」
「君たちがいなければ、全部失っていたかもしれない。安いものだ」
源蔵が俺の手を握った。
「また何かあれば頼む。君たちの噂、俺からも広めておくよ」
「……ありがとうございます」
噂の拡散に関してはありがた迷惑だが、厚意を無碍にすることはできなかった。
こうして、依頼は成功に終わった。
◆
宿に戻ると、小春さんが待っていた。いつもこの宿にいるけど、暇なのだろうか。
しかし、今日は少しいつもと雰囲気が違った。笑顔ではなく、険しい表情をしている。
「小春さん? どうしたんですか」
「……少し、話があります」
小春さんの声が硬い。
「何があったんですか」
「海堂のことです」
小春さんが拳を握りしめていた。
「……今回の件ばっかりは、私も黙ってられません」




