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AIが教える、最も効率的な地獄の歩き方  作者: 葉泪 秋
「胎動」

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29/49

29 過去

 翌夜。昨日は誰も眠れなかった。

 巴さんは眠い目をこすりながら時雨さんの傷を手当てしている。浅い切り傷がいくつか。命に別状はない。

 でも、時雨さんの目は暗いままだった。


「時雨さん」


 俺は時雨さんの前に座った。


「昨日の話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか」

「……何を聞きたい」

「弥助のこと」


 時雨さんの肩が、わずかに揺れた。


「あの時、時雨さんを追ってきた男ですよね。俺たちが最初に会った頃に」

「……ああ」


 時雨さんが目を伏せた。


「弥助は、同期だった」

「同期?」

「霧島で一緒に育った。俺とあいつは、正反対だった。俺は命令に疑問を持つ。あいつは忠実に従う。俺は迷う。あいつは迷わない。でも、仲は悪くなかった。むしろ、あいつはいつも俺の一番近くにいた」


 時雨さんが拳を握った。


「村の件で、俺が処刑された時。逃がしてくれたのは弥助だった」

「どうして弥助が?」

「見張りの目を盗んで、俺を逃がした。『お前は生きろ』と言って」


 俺は息を呑んだ。


「でも……弥助は、時雨さんを追ってきましたよね」

「ああ」


 時雨さんの声が掠れた。


「弥助を殺す前に、あいつは懸賞金を目当てとか言ってたが、あれは俺に罪悪感を抱かせないための嘘だ。本当は俺を逃がした罰で、あいつは最前線に送られた。死地だ。生き残る見込みなんてない場所に。それでもあいつは生き延びた。そして、影清様から言われたんだ。『時雨を殺せば、許してやる』と」


 沈黙が落ちた。


「あいつは、俺を殺しに来た。任務として。……でも、あいつの目は、昔のままだった」


 時雨さんが顔を歪めた。


「……まだ仲間だと、思ってたってことですか」

「そうだ。俺を恨んでなんかいなかった。ただ、生きるために来ただけだった」

「……」

「俺が、殺した」


 時雨さんの声が震えていた。


「俺を逃がしてくれた仲間を、俺が殺したんだ」


 部屋の空気が重くなった。

 巴さんが息を呑む音が聞こえた。楓も巌さんも黙っている。


「……全部、俺のせいだ」


 時雨さんが呟いた。


「村の連中も、仲間も、弥助も。俺の一つの過ちで、全員死んだ」

「時雨さん」

「影清様は……俺を拾ってくれた人だ。親も、名前も、何も持ってなかった俺を」


 時雨さんが頭を抱えた。


「育ててくれた。剣を教えてくれた。生きる術を与えてくれた。だからこそ、裏切りが許せないんだろう。俺は、あの人の期待を全て踏みにじった」


 長い沈黙が流れた。俺は何を言えばいいかわからなかった。

 時雨さんの過去はあまりに重すぎて、軽い言葉では届かない気がした。ここで俺が発する薄っぺらい励ましなんて、骨まで届く深い傷に、絆創膏を貼るようなものだ。


「……時雨」


 その沈黙を破ったのは巌さんだった。


「俺も似たようなもんだ」

「……何?」

「濡れ衣を着せられて、龍造寺を追われた。弁解しても、誰も信じてはくれなかった」


 巌さんが静かに言った。


「全部捨てて逃げた。仲間も、誇りも、居場所も、何もかも」

「……」

「でも、今はここにいる」


 巌さんが時雨さんを見た。


「過去は変えられん。でも、これからは選べる。……そう教えてくれたのは、零だ」


 俺は驚いて巌さんを見た。巌さんは少しだけ笑う。


「お前に言われたんだ。『一緒に来ませんか』と。それだけで、俺は救われた」


 時雨さんが黙っている。


「だから、お前も一人で抱え込むな。俺たちがいる。零が命の恩人である時雨を見捨てないのと同じように俺も恩人であるお前たちを見捨てはしない。霧島の追手が時雨の首を狙うのなら、命を賭けて守るまでだ」


 しばらくして、時雨さんが顔を上げた。


「……すまない」

「謝らなくていいですよ」

「いや」


 時雨さんが俺を見た。


「お前たちを巻き込んだ。それは事実だ」

「巻き込まれたんじゃないです。俺たちが選んだんですよ」


 楓が口を挟んだ。


「そうだぜ。俺は自分で決めてここにいんだ。巻き込まれたなんて思ってねえよ」

「……」

「つーか、おっさんが一人で暴走するほうが迷惑なんだよ。いきなりいなくなられたら、こっちが困る」


 時雨さんが少し目を見開いた。


「……おっさんは余計だ」

「事実だろ」

「俺は十八だ。殴るぞ」

「やれるもんならやってみろよ」

 

 巌さんが「まあまあ」と割って入った。

 少しだけ、空気が緩んだ。


「時雨さん」


 俺は改めて言った。


「一人で背負うなって、みんなが言ってるんです。だから──」

「ああ」


 時雨さんが頷いた。


「分かっている」


 少しの沈黙。


「……力を貸してくれ」


 時雨さんが言った。初めて聞く言葉だった。


「あいつらを、俺一人では倒せない。お前たちの力が必要だ」

「もちろんです」


 俺は頷いた。


「最初からそのつもりですよ」

   

   ◆


 作戦会議を始めた。


「楓、あいつらの居場所は分かるか」

「ああ。町外れの廃屋に潜んでる。昼間に見てきた」


 楓が得意げに言った。

 

「二人とも、夜に活発になる。昼間は休んでるみてぇだ」

「見張りは?」

「一人が寝て、一人が見張り。交代制っぽい」


 なるほど。霧島の暗殺者らしい慎重さだ。


「先生、分析できる?」

『昨夜の戦闘パターンから、二人の連携パターンを分析しました』


 先生の声が響いた。


『一人が前衛で圧力をかけ、もう一人が死角から仕留める。典型的な暗殺戦術です』

「弱点は?」

『前衛が崩れると、後衛の動きが読みやすくなります。後衛は前衛の動きに合わせて位置取りをしているため、前衛が機能しなくなると、単独での対応を強いられます』

「つまり、最初に前衛を潰せば勝てる」

『勝機は生まれます。ただし、前衛も相当の手練れです。容易ではありません』

 

 俺が先生の分析を語ると、巌さんは腕を組んだ。


「俺と時雨で前衛を抑える。二人がかりなら、なんとかなる」

「その間に、後衛を誰かが叩く。後衛は短刀使いだ。間合いに入らせなければ怖くない。ただ……」


 時雨さんが俺たちの顔を見回した。


「あ、今俺たちだと頼りないって思いました?」

「当たり前だ」

「ひどいですね、俺が──」

「お前は下がってろ」


 時雨さんが俺を見た。


「お前が前に出ても、足手まといになるだけだ」

「……分かってます」


 否定できなかった。


「俺は後方で全体を見ます。指示を出す役に徹しますね」

「それでいい」


 巴さんが言った。


「わたしは治療の準備をしておきます。怪我人が出たら、すぐに対応できるように」

「頼む」


 楓が手を挙げた。


「俺は?」

「お前は遊撃だ。状況を見て動け。お前の足なら、どこにでも対応できる。判断は任せた」

「……お、おう」


 楓が少し照れたように鼻を掻いた。


「問題は、どこで戦うかだ」

「廃屋に乗り込むのは危険です。相手の巣で戦うことになる」


 俺は言った。


「だな。おびき出すか」

「それか、移動中を狙う」


 先生に聞いた。


「先生、最適な戦場を探してくれ。俺たちに有利な場所」

『了解しました。いくつか候補を挙げます』


 先生が分析を始めた。


『第一候補。町の北にある広場。視界が開けていて、奇襲を受けにくい。ただし、相手も動きやすい』

「他は?」 

『第二候補。東の林道。木々が遮蔽物になり、こちらの人数を活かせます。ただし、逃げられる可能性も高い』

「逃がしたくないな。また来られると面倒だし」

『第三候補。南の川沿い。背水の陣になりますが、相手の退路も断てます。決着をつけるなら、ここが最適です』


 俺がすべての候補を語ると、時雨さんは頷いた。


「川沿いだ。どうせやるなら、決着をつける」

「良いんですか? 退路がないないってことは、俺たちも逃げられないってことですよ」

「逃げるつもりはない」


 時雨さんの目が、覚悟を決めていた。


「あいつらとは、ここで終わりにする」


   ◆ 


 翌朝、俺たちは動いた。

 まず、楓があいつらの廃屋に近づいて挑発した。


「おーい、霧島のおっさんたち! 時雨がお前らと話したいってよ! 逃げんなら今のうちだぜ!」


 そして全力で逃げる。

 案の定、刺客たちは追ってきた。

 楓が川沿いまで誘導する。俺たちは先回りして、待ち構えていた。


「来たぞ」


 時雨さんが刀を抜き、厳さんが槍を構える。

 俺は後方で、全体を見渡せる位置についた。

 刺客たちが姿を現した。昨夜と同じ、黒い装束の二人組。


「……待ち伏せか」

「そうだ」


 時雨さんが言った。


「今日で終わりにする」

「ほう。前は逃げたくせに、随分と強気だな」

「逃げたんじゃない。仕切り直しただけだ」


 時雨さんが構えた。


「今夜は、一人じゃない」


 刺客が嗤った。


「仲間か。……まあいい。全員まとめて殺してやる」

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