表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIが教える、最も効率的な地獄の歩き方  作者: 葉泪 秋
「胎動」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/48

28 裏切り者

 月が雲から顔を出した。

 時雨さんが動き出す。速い。一瞬で間合いを詰め、刀を振り下ろす。

 だが、刺客も速かった。時雨さんの殺害を命じられる時点で、精鋭なのは間違いない。

 金属音が響く。二人がかりで時雨さんの刀を受け止めていた。


「腕は落ちてないな」

「当たり前だ」


 時雨さんが刀を引き、横薙ぎに斬りかかる。一人が後ろに跳び、もう一人が懐に潜り込んできた。

 短刀が閃く。時雨さんが身を捻って避けた。

 反撃。刀が短刀使いの腕を掠める。


「ちっ」


 男が距離を取った。腕から地が滴っている。 

 でも、致命傷じゃない。浅い。


『マスター』


 先生の声。深刻な声色だった。


『時雨の動きに乱れが見られます』

「乱れ?」

『本来の実力が出ていません。精神的な動揺が原因と推測されます』


 俺は時雨さんを見た。

 確かに、いつもと違う気がする。動きが硬い。どこか、迷いがあるような──


「どうした、時雨」


 刺客の一人が嗤った。


「俺たちが怖えのか?」

「……黙れ」

「そうだよな。怖いよな。普段は馬鹿みてえに強くても、お前は昔から肝心なところで甘い」


 刺客が間合いを詰めた。時雨さんが受ける。鍔迫り合い。


「あの村のこと、覚えてるか」


 時雨さんの体が一瞬硬直した。


「影清様の命令だった。『村を焼け。一人も逃すな』と」

「……」

「でもお前は逃がした。子供と女を逃がした。命令に背いてな」


 刺客が力を込める。時雨さんが押されていた。


「その結果、どうなった?」

「やめろ」

「お前の代わりに、誰が罰を受けた?」

「やめろ……!」


 時雨さんの声が震えていた。初めて聞く声だった。


「仲間が三人死んだんだ。お前の甘さのせいで」


 刺客が時雨さんを蹴り飛ばした。

 時雨さんが地面を転がる。すぐに立ち上がったが、体勢が崩れていた。


「……っ」

「お前は裏切り者だ、時雨。霧島を裏切り、仲間を裏切り、命令を裏切った」


 もう一人の刺客が背後に回り込む。挟み撃ち。


「お前が守ろうとした村人も、結局は皆殺しにされた。お前が逃げた後にな」


 時雨さんの動きが止まった。


「……」

「無駄だったんだよ、全部。お前の甘さは、誰も救わなかった」

『マスター。危険です』


 先生の声が切迫していた。


『時雨の心拍数が異常値を示しています。戦闘続行は困難と判断します』

「どうすれば──」

『介入した場合の生存確率──算出不能。相手の戦闘力データが不足しています』

「それでも!」

『推奨行動は撤退です。しかし──』


 先生が珍しく言い淀んだ。


『このまま放置すれば、時雨は死亡します』


 俺は拳を握りしめた。

 考えている暇はない。


「楓、巌さん」

「分かってる」

「ああ」


 俺たちは物陰から飛び出した。


「時雨さん!」


 俺の声に、時雨さんが顔を上げた。


「零……? なぜ──」

「話は後です!」


 巌さんが槍を構えて、刺客の一人と対峙した。


「……何だ、お前らは」

「通りすがりだ」


 巌さんの声は静かだったが、有無を言わせない迫力があった。

 楓が時雨さんに駆け寄る。


「立てるか」

「……何で来た。来るなと言っただろう」

「うるせえ。言うこと聞くようなお利口さんじゃねぇんだよ」


 楓が時雨さんの腕を引っ張って立たせた。


「ほう」


 刺客が俺たちを見回した。


「仲間か。時雨、いつの間にそんなものを作った」

「……」

「まあいい。どうせ全員殺す。手間が増えただけだ」

 

 刺客が短刀を構え直した。


『マスター。撤退を推奨します』

「分かってる」

『現状、正面からの戦闘は不可能です。時雨も消耗しています』

「どうやって逃げる」

『北東の路地に入れば、市街地に出られます。人目があれば、追撃は困難になるかと』

「……それしかない」


 俺は声を張り上げた。


「巌さん、楓、時雨さん! 逃げます!」

「逃げる?」

「今は勝てない。逃げて態勢を立て直します!」

 

 刺客が嗤った。


「逃がすと思うか」

「逃げるんじゃないですよ」


 俺は刺客を睨んだ。


「また来いって言ってるんですよ。今日は帰れ」


 刺客の目が細くなった。


「……面白い口を利くじゃねぇか」

「お前らは二人、俺たちは四人。時雨さん一人なら勝てたかもしれないけど、四人相手に無傷でいられる自信あるんですか」


 ハッタリだった。実際には勝ち目なんてない。

 でも、刺客も損害は避けたいはずだ。

 しばらくの沈黙。


「……いいだろう」


 刺客が短刀を納めた。


「今日は見逃してやる。だが、次はない」

「次があるかどうか、決めるのは俺たちです」

「ほう。言うじゃないか」


 刺客が背を向けた。

 

「時雨。お前の仲間、全員殺してやる。お前が見捨てた村人と同じようにな」


 時雨さんの体が震えた。


「……」

「楽しみにしてろ」


 刺客たちは、闇の中に消えていった。


   ◆


 宿に戻った。

 時雨さんは、一言も喋らなかった。

 部屋に入っても、壁に背を預けて座り込んだまま動かない。


「時雨様」


 巴さんが近づいた。


「お怪我は──」

「触るな」


 冷たい声。巴さんが怯んで手を引いた。


「す、すみません……」

「……いや」


 時雨さんが顔を伏せた。


「すまない。お前に言ったんじゃない」


 重い沈黙が落ちた。

 俺は時雨さんの前にしゃがんだ。


「時雨さん」

「……」

「さっき、何を言われたんですか」


 時雨さんは答えなかった。


「教えてもらえませんか。何があったのか」

「……知ってどうする」


 時雨さんが顔を上げた。

 その目は、見たことがないほど暗かった。


「……昔の話だ」


 ぽつりと、言葉がこぼれた。


「俺は霧島で、暗殺を生業にしていた。影清様の命令で、何人も殺した」

「……」

「ある時、命令が来た。国境の村を焼けと。反乱の芽を摘むために、一人も逃すなと」


 時雨さんの拳が震えていた。


「行ってみたら、普通の村だった。農民と、女と、子供。反乱なんて、するはずがない連中だ」

「……」

「俺は、殺せなかった」


 時雨さんが顔を歪めた。


「子供と女だけ逃がした。山に逃げろと言って。……それが、間違いだった」

「間違い?」

「俺が命令に背いたせいで、仲間が三人殺された。見せしめだ。俺の代わりに」


 時雨さんの声が掠れていた。


「逃がした村人も、結局殺された。俺が逃げた後、別の部隊が来て……全員」


 沈黙が落ちた。

 誰も何も言えなかった。


「……全部、俺のせいだ」


 時雨さんの声は、今にも消えそうだった。


「仲間も、村人も、俺が殺したようなもんだ。俺の甘さが、全部を壊した」

「時雨さん……」

「お前たちも、俺といたら殺される。あいつらは本気だ。俺の周りにいるやつを、全員殺す」


 時雨さんが立ち上がった。


「俺は出ていく。お前たちを巻き込むわけにはいかない」

「待ってください」

「零、お前のためだ。俺から離れろ」

「嫌です。俺のことを思ってくれてるなら、離れないでください」


 俺は時雨さんの前に立ちはだかった。


「巻き込まれるとか、そんなの関係ない」

「関係ある。お前らが死んだら──」

「死にません。俺たちは死にません」


 時雨さんが俺を見た。


「……何を根拠に」

「根拠なんてないですよ」

 

 俺は真っ直ぐ時雨さんを見返した。


「でも、一人で背負わなくていいって、それだけは分かります」


 時雨さんは何も言わなかった。


「時雨さんが昔何をしたか、俺は知りません。でも、今の時雨さんは俺の命の恩人で、俺の仲間です。それ以上……理屈は必要ありません」

「……」

「一人で行かせない。それだけは、絶対に」


 長い沈黙が流れた。

 時雨さんが、長く息を吐いた。


「……馬鹿だな、お前は」

「よく言われます」

「嘘だろ」

「嘘ですよ」


 俺は笑ってみせた。

 時雨さんの肩から、少しだけ力が抜けた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ