26 偽薬
町に着いて二日目のことだった。
市場を歩いていると、人だかりができていた。
「何だありゃ」
楓が首を伸ばす。
「見てくる」
「おい、勝手に──」
時雨さんの静止も聞かず、楓は人混みに潜り込んでいった。
「……あいつ、言うこと聞かねぇな」
「とりあえず待とう」
巌さんが宥める。
しばらくして、楓が戻ってきた。
「薬売りだってさ。万病に効く薬とか言ってる」
「万病に効く?」
「胡散くせぇよな。でも結構売れてるらしい」
俺は人だかりの中心を見た。
派手な格好の商人が、小瓶を振りかざしている。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この薬はどんな病も治す奇跡の霊薬! 頭痛、腹痛、熱病、なんでもござれ!」
周りの人々が、我先にと銭を差し出している。
「レイ様」
巴さんが俺の袖を引いた。
「どうしました?」
「あの薬、おかしいです」
「おかしい?」
「万病に効く薬なんて、存在するはずがありません。薬草にはそれぞれ効能があって、何にでも効くものはないんです」
巴さんの目は真剣だった。
「詐欺、ってことですか」
「分かりません。でも、あの売り方は……」
その時、人だかりの端で悲鳴が上がった。
「誰か! 誰か来てくれ!」
駆けつけると、中年の女性が倒れていた。
顔色が真っ青で、額に脂汗が浮いている。苦しそうに胸を押さえていた。
「何があったんですか」
「分からない……さっきあの薬を飲んだら、急に……」
傍らの男性が、震える声で言った。
「巴さん」
「はい」
巴さんがすぐに女性の傍にしゃがんだ。脈を取り、瞼を開いて目を見る。
「先生、分析できる?」
『症状を確認中。顔面蒼白、発汗、瞳孔散大、心拍数の上昇。これは薬の副作用ではありません』
「副作用ではない?」
『毒物摂取の症状です。アルカロイド系の毒素に類似したパターンが見られます』
毒。
俺は巴さんに小声で伝えた。
「毒の症状らしいです」
巴さんの目が見開かれた。
「……見せてください。その薬を」
男性が、小瓶を差し出した。
巴さんが蓋を開けて、中身を確認する。匂いを嗅ぎ、指先で少量を取って舌に乗せた。
「巴さん!?」
「大丈夫です。この量なら」
すぐに吐き出して、水で口を濯ぐ。
そして、はっきりと言った。
「これは偽物です」
「偽物?」
「本物の薬草に似せていますが、違います。これは鶏毒草です。少量でも内蔵を傷つける毒草です」
巴さんの声には、普段の遠慮がちな響きがなかった。
「すぐに処置が必要です。このままでは危険です」
「できますか」
「やります」
巴さんが自分の薬草袋を開いた。
「甘草と生姜があれば解毒できます。……ありました」
手際よく薬を調合していく。その動きに迷いはなかった。
「これは飲ませてください。苦いですが、我慢して」
男性が女性の薬を飲ませる。
しばらくして、女性の呼吸が落ち着いてきた。顔色も少しずつ戻っていく。
「……ああ、よかった」
巴さんがほっと息を吐いた。
「まだ安静が必要です。今日は動かさないでください」
「ありがとうございます、本当に……」
男性が何度も頭を下げた。
◆
騒ぎを聞きつけて、人が集まってきた。
「おい、どうしたんだ」
「あの薬を飲んだ人が倒れたらしい」
「毒だってよ、あの薬」
ざわめきが広がる。
薬売りの商人が、こっそり逃げ出そうとしていた。
「時雨さん」
「分かってる」
時雨さんが商人の前に立ちはだかった。厳さんも反対側から回り込む。
「どこに行く気だ」
「い、いや、俺は……」
「逃げるってことは、やましいことがあるんだな」
商人の顔から血の気が引いた。
「楓」
「おう」
楓が進み出た。
「聞いてきたぜ。こいつ、三日前にこの町に来たんだと。その前にいた町でも同じことやって、逃げたらしい」
「で、出鱈目だ! そんなの……」
「嘘じゃねぇよ。前の町から来た行商人に聞いた。お前の顔、覚えられてたぞ」
商人が青ざめた。
俺は商人の前に立った。
「その薬、本物の薬草じゃないですよね」
「な、何を……」
「中身は鶏毒草。似てるけど、全然違う植物です。安く手に入るから、それで偽物を作って売ってた」
商人が口をぱくぱくさせた。
「巴さん」
「はい」
巴さんが前に進み出た。
「あなたの薬を確認しました。本物の薬草とは、葉脈の形も匂いも違います。白蓮で薬草学を学んだ者なら、誰でも見分けられます」
「そ、そんなの素人の言いがかりだ……!」
「誰が素人ですって?」
巴さんの声には明確に怒りが込められていた。
「わたしは五年間、薬草の調合を学びました。目の前で人が苦しんでいるのに、嘘は言いません」
商人が黙った。
「家族が苦しんでいて、大切な人が苦しんでいて、藁にも縋る思いで人々はあなたから薬を買ってるんですよ。そんな人の気持ちを自分の金儲けのために踏みにじり、ましてや毒物を売りつける。そんな人に、商売をする資格なんてありません」
俺の父は、悪徳な民間療法に騙されて、そのまま治ることなく癌で命を落とした。
もっと早く病院に行けば、治っていたかもしれないのに。
俺と同じ思いをする人を、この世界で量産しては絶対にいけない。
「てめえ、俺の婆ちゃんにも薬売りやがったな……!」
「金返せ!」
「詐欺師が!」
町の人々が商人を取り囲んだ。
俺たちは、それを見届けてその場を離れた。
宿に戻る道すがら、巴さんが俺に話しかけてきた。
「レイ様」
「はい」
「さっきの……毒だと、どうして分かったんですか」
「……勘ですかね」
「そればっかりですね、ほんと」
巴さんが微笑んだ。いつもの柔らかい表情に戻っている。
「聞きません。でも、レイ様のおかげで助けられました。ありがとうございます」
「俺は何もしてないですよ。治療したのは巴さんです」
「でも、最初に気づいてくれたのはレイ様です」
いや、先生だ。
「わたし、こういうことでしか役に立てませんから。戦えないし、お金を稼ぐ知恵もない。でも、薬草のことなら少しは分かります」
「少しじゃないでしょ。さっきの手際、すごかったですよ」
「……ありがとうございます」
巴さんが少し照れたように笑った。
「お前、いっつもこんな風にお世辞合戦してんのか?」
楓が鼻をかきながら言った。
「お前……!」
すぐに逃げ出す楓を、俺は追っかけ回した。
◆
その夜、宿で飯を食いながら、楓が言った。
「なあ、さっきの騒ぎ、結構広まってるぞ」
「悪い噂ですか?」
「いや。『若い奴らが詐欺師を見抜いた』って、特にお前の話がでかくなってる」
「俺?」
「なんか、『一目で毒だと見抜いた』とか、尾ひれついてるけどな」
時雨さんが鼻で笑った。
「お前の妙な勘、また噂になるぞ」
「勘じゃないんですけどね……」
「どっちでもいい。勘ってことにしないと、余計まずいんだろ?」
「まあそうですけど……」
でも、悪い気はしなかった。
人を助けられた。巴さんの知識が役に立った。先生の分析が活きた。
それだけで、十分だった。
「ま、いいんじゃねえの。お前ら、いいことしたんだからさ」
楓がぼそっと言った。
「……何、急に素直になってんの」
「うるせえ。別に褒めてねえし」
「褒めてるように聞こえたけど」
「褒めてねえよ! 耳悪いんじゃねえの!」
巌さんが「まあまあ」と言った。
巴さんがくすくす笑っている。時雨さんはため息をついていた。
五人での生活が、少しずつ形になり始めていた。




