25 拾い物
三日目の夜、野営の火を囲みながら、俺は時雨さんに小声で話しかけた。
巌は少し離れた場所で槍の手入れをしている。巴さんは水を汲みに行っていた。
「時雨さん」
「何だ」
「巌さんのこと、どう思います?」
「腕は立つ。それは間違いない」
「俺が仲間に誘った時、何か言ってましたよね」
時雨さんの眉がぴくりと動いた。
「……食費」
やっぱりか。
「あの体を見ろ。俺たちの倍は食う」
「そんなこと言ったら、俺だって大した戦力もならない穀潰しですよ」
「お前は頭を使う。あいつは体を使う。体を使うってことは、飯が要るってことだ」
「でも、強いじゃないですか」
「強くても、食えなきゃ意味がない」
時雨さんの言うことは正論だった。でも、俺は引き下がりたくなかった。
「巌さん、いい人ですよ」
「いい人かどうかと、仲間にするかは別の話だ」
「時雨さんだって、最初は俺のこと足手まといだと思ってたでしょ」
「今も思ってるが」
「ひどい」
「事実だ」
俺は少し考えて、別の角度から攻めることにした。
「じゃあ、こう考えてください。厳さんがいれば、時雨さんの負担が減ります」
「……」
「それに、巌さん料理できるかもしれないですよ。自炊してたって言ってましたし」
「それは巴の担当だろ」
「巴さん一人じゃ大変じゃないですか。四人分とか」
「四人? もう決まったみたいに言うな」
「今の三人に、厳さん加えて四人」
時雨さんがじっと俺を見た。
「……お前、そうやって俺を丸め込むつもりか」
「丸め込んでないです。説得です」
「同じだろ」
「違いますよ」
沈黙が落ちた。
焚き火がぱちぱちと爆ぜる。
「……巌さん、一人は寂しそうでした」
「感情論か」
「感情論です。悪いですか」
「悪くはないが、合理的ではない」
「でも、時雨さんだって最初は一人だったんでしょ」
時雨さんが黙った。
「一人でいた時と、俺がいる時。どっちの方が楽しいですか」
「……」
「俺は、時雨さんに会えて良かったと思ってます。だから、厳さんにも同じことをしたいんです」
時雨さんがため息をついた。長い、長いため息だった。
「……そういうことを言うのは卑怯だ」
「卑怯じゃないです。本音ですよ」
「本音だから、卑怯なんだ」
時雨さんが頭を掻いた。
「……分かった。好きにしろ」
「いいんですか」
「ただし、食費が足りなくなったらお前の飯を減らす」
「お前が連れてくるんだから当然だろ」
「……分かりました」
俺は内心でガッツポーズをした。
「ありがとうございます」
「礼を言うな。後悔するのは目に見えてる」
時雨さんは不機嫌そうに言ったが、その表情はどこか柔らかかった。
◆
四日目は特に問題は起きなかった。
山賊の一件で商隊の警戒が強まったのもあるし、時雨さんと厳さんの存在が抑止力になっているのもあるだろう。
五日目の昼過ぎ、無事に目的地に着いた。
「世話になった」
商隊の頭が報酬を渡してきた。銀貨三十枚。約束通りだ。
「また何かあれば頼むよ」
「ありがとうございます」
商人たちが散っていく。護衛の仕事はこれで終わりだ。
「巌さん」
「ん?」
「考えてくれました?」
巌が少し困ったような顔をした。
「……まだ迷っている」
「急かすつもりはないですけど、俺たち明日には発ちますよ」
「ああ。分かっている」
巌が頭を掻いた。
「今夜、答えを出す」
「はい。待ってます」
その夜、俺たちは宿を取った。
久しぶりの布団だ。野営続きだったから、体が楽になる。
「……どうする」
時雨さんが天井を見上げながら言った。
「巌さんのことですか」
「ああ。来ると思うか?」
「五分五分ですかね」
「だろうな」
時雨さんが寝返りを打った。
「あいつ、一人に慣れすぎている。誰かと一緒にいることに抵抗があるんだろう」
「時雨さんもそうでした?」
「……まあな」
少しの沈黙。
「でも、お前らといるのは悪くない。今はそう思ってる」
「ありがとうございます」
「……気持ち悪いな」
「ひどくないですか?」
「急に礼を言うのが気持ち悪いんだよ」
時雨さんが背を向けた。
ははーん。さては照れ隠しだな。
◆
翌朝。
宿の前に、巌が立っていた。
「……決めたぞ」
「はい」
「一緒に行く。よろしく頼む」
巌が頭を下げた。大きな体が折れ曲がる。
「よろしくお願いします」
「ああ」
巴さんが嬉しそうに笑った。時雨さんは「本当に来るのかよ……」と呟いていたが、表情は悪くなかった。
これで、四人だ。
行くあてもなく町を歩いていると、路地裏から声が聞こえた。
「おい、金出せよ」
「持ってねえって言ってんだろ!」
揉め事だ。関わらないほうが良い。普通なら、そう判断する。
でも、声の片方が妙に若かった。子供の声だ。
「時雨さん」
「……見るだけ見てみるか」
路地裏を覗いた。
三人の男が、一人の子供を囲んでいた。
子供の方は十五、六だろうか。小柄で、ボロボロの服を着ている。目つきが悪い。
「てめえ、俺の財布盗んだだろ」
「知らねえよ! 人違いだ!」
「嘘つけ! お前だってのは分かってんだ!」
男が子供の胸ぐらを掴んだ。
「さっさと返せ。さもないと──」
「よせ」
時雨さんが声をかけた。
男たちが振り返る。時雨さんと巌を見て、顔色が変わった。
「な、なんだお前ら」
「何があった」
「こいつが俺の財布を盗みやがったんだ!」
「盗んでねえ! こいつらが勝手に因縁つけてきたんだ!」
子供が叫んだ。
「嘘つくなこのガキ!」
男が子供を殴ろうとした。その手を、厳さんが掴んだ。
「落ち着け」
「な……離せ!」
「話を聞かせろ。殴るのはその後でもできる」
巌さんの手は、男の腕をがっちりと掴んでいた。振りほどけるはずもない。
「零」
時雨さんが俺を見た。任せる、という目だ。
子供の相手は毎回俺に丸投げですか……。
俺は子供の前に立った。
「本当に盗んでないのか?」
「盗んでねえよ!」
「じゃあ、懐を見せろ」
「は?」
「疑いを晴らすなら、それが一番手っ取り早いだろ?」
子供が俺を睨んだ。
「……チッ」
舌打ちして、懐を開いた。何も入っていない。
「見ろよ、何もねえだろ」
男が喚いた。
「どっかに隠したんだろ!」
「どこにだよ! 裸にでもなれってのか!」
俺はため息をついた。このままじゃ埒が明かない。
「先生、どう思う?」
『周囲を確認しました。路地の入り口付近に、財布らしいものが落ちています』
俺は路地の入り口に行って、地面を見た。
確かに、財布が落ちていた。
「これですか?」
拾って男たちに見せた。
「あ──それだ!」
「路地の入り口に落ちてました。落としたんじゃないですか?」
男が財布を受け取った。中身を確認して、ほっとした顔をした。
「……ああ、全部ある」
「なら、こいつの疑いは晴れたな」
時雨さんが言った。
男たちは気まずそうに顔を見合わせる。
「……悪かったな、ガキ」
それだけ言って、男たちは去っていった。
残されたのは、俺たちと子供。
子供は俺を睨んでいた。
「……何だよ」
「何だよ、じゃなくない? 助けてあげたんだけど」
「頼んでねえし」
「いや、頼んでなくても普通お礼言わない?」
「うるせえ」
子供……いや、ガキが立ち上がった。服の埃を払う。
「あいつら、本当に人違いだったのか?」
時雨さんが聞いた。
ガキは少し黙って、ふんっと鼻を鳴らした。
「財布は盗んでねえよ。中身だけ抜いた」
「おい」
「だから落としたんだよ、逃げる時に。中身は俺の靴の中だ」
悪びれる様子もない。
「スリ?」
「元だよ。今はやってねえ」
「今やってたよね」
時雨さんがため息をついた。
「……クソガキだな」
「うるせえ、おっさん」
時雨さんの目が細くなる。これはまずいことになった。
「おっさん?」
「おっさんじゃねえなら何だよ。じじい?」
「死にたいならそう言え」
巌さんが「まあまあ」と時雨さんを止めた。
「……で、何者?」
俺が聞いた。
「楓」
「いや、名前じゃなくて」
「名前聞いただろ。楓だって言ってんの」
「聞いてるのは、何してる奴かってことなんだけど」
「あ? 日本語通じねえのかよ」
「通じてるから聞き直してるんだけど」
楓が肩をすくめた。
「孤児だよ。親はいねえ。仲間も。一人で生きてる」
「……」
「何だよその目。同情か? いらねえよそんなの」
「してないよ。面倒な奴だなって思っただけ」
楓が俺を睨んだ。
「……ムカつく奴だな」
「よく言われる。君もよく言われるでしょ?」
「……マジでムカつく」
睨み合い。
巌さんが「まあまあ」とまた言った。
「飯、食ったか」
巌さんが聞いた。
「昨日から食ってねえよ」
「なら、食え」
巌さんが干し飯を差し出した。楓は一瞬躊躇して、それからひったくるように受け取った。
「別に、礼は言わねえからな」
「言わなくていい」
楓がもしゃもしゃと干し飯を食べ始めた。
俺は時雨さんを見た。時雨さんは深いため息をついた。
「……また拾うのか」
「まだ何も言ってないですよ」
「目を見りゃ分かる。庄吉の時と同じ目をしてる」
否定できなかった。
「巌は戦力になるから入れた。こいつは?」
「……斥候とか、できそうじゃないですか?」
「希望的観測だな」
「まあまあ」
巌さんがまた言った。本当にこの人は潤滑油だ。
楓が干し飯を食べ終わって、俺を見る。
「なんだよ」
「いや、別に」
「何か言いたげな顔してるけど」
「うるせえ」
楓が立ち上がった。
「じゃあな。世話になった」
「どこ行くんだ」
「知らねえよ。どっか」
「あてはあるのか」
「ねえよ。だから『どっか』って言ってんだろ」
俺はため息をついた。
「……ついてくるか?」
「行くあてがないなら、一緒に来いよ。飯くらいは食わせてやるから」
時雨さんが「おい」と言った。
楓は俺を睨む。
「何企んでんだ」
「別に。使えそうだと思っただけ」
「使えそう?」
「スリができるなら、斥候もできるだろ。足速そうだし」
楓が黙った。
しばらくして、小さく舌打ちした。
「……別に、ついていくわけじゃねぇからな」
「はいはい」
「ただ、飯が食えるなら、しばらくいてやってもいいってだけだ」
「うん、分かった分かった」
「何だよその態度! うぜぇな!」
「素直じゃないなって思っただけ」
「どこがだよ!」
「全部」
「……うぜぇ」
また睨み合い。
巌さんが「まあまあ」と言った。
巴さんがくすくす笑っている。時雨さんは相変わらず頭を抱えていた。
今はただのクソガキでしかないが、俺の心の成長のためにも、楓とは話してみたいと思ったのだ。




