24 槍使い
商隊護衛の集合場所は、町外れの広場だった。
朝靄の中、既に何人かが集まっている。商人たちが荷車の点検をしている横で、護衛らしき連中がたむろしていた。
「あれが他の護衛か」
「みたいですね」
さっと見て、十人ほど。傭兵崩れのような荒っぽい連中が多い。
その中に、一人だけ異質な男がいた。
大柄だった。百九十近くはありそうだ。筋肉質だが、どこか穏やかな雰囲気がある。手には長い槍を持っていた。
「あれが例の龍造寺の浪人か」
時雨さんが呟いた。
「多分」
男がこちらに気づいた。目が合う。少しビクッとした。
威圧感があるかと思ったが、そうでもなかった。むしろ、どこかぼんやりした目をしている。
「……」
男はなにも言わず、視線を逸らした。
「無口ってのは本当らしいな」
「ですね」
商隊の頭が、護衛たちを集めた。
「今回の道中は五日間だ。途中で山道を通る。山賊が出るかもしれん」
頭が地図を広げた。
「護衛は三組に分ける。先頭、中央、後方だ。何かあったら声を上げろ。勝手な行動は許さん」
組み分けが発表された。俺たちは中央だった。
そして、あの大男も中央に配置されていた。
「よろしく頼む」
男が低い声で言った。巨体が故に重く響く。
「こちらこそ。俺は零です。こっちが時雨さんと巴さん」
「……巌だ」
それだけ言って男は黙った。本当に無口だ。
◆
商隊が動き出した。
荷車が十台、商人が二十人ほど、護衛が十人。かなりの規模だ。
中央を歩きながら、俺は巌をチラチラ見ていた。
槍の扱いに慣れている。歩き方にも隙がない。腕は確かそうだ。
「何か?」
巌が聞いてきた。視線に気づいたらしい。
「いえ、その……龍造寺にいたって聞いたので」
「ああ」
「どうして辞めたんですか?」
デリカシーがないなと、聞いてから思った。でも、巌は気にした様子もなく答えた。
「追放された」
「追放?」
「濡れ衣を着せられた。裏切り者だと」
淡々とした口調だった。怒りも悲しみも感じられない。
「……それは、大変でしたね」
「まあ、昔の話だ」
巌が空を見上げた。
「俺が何を言っても、信じてもらえなかった。だから、黙って出た」
「弁解しなかったんですか」
「しても無駄だった。もう決まっていたんだ、俺を追い出すことは」
派閥争いか何かだろうか。詳しくは聞けなかった。
「今は一人で?」
「ああ。こうして護衛の仕事をしながら、食いつないでる」
巌が俺を見下ろした。
「お前たちは?」
「俺たちも似たようなもんです。仕事しながら、なんとか」
「そうか」
それだけ言って、巌はまた黙った。
でも、さっきより少し距離が縮まった気がした。
イチ日目は何事もなく過ぎた。
夜、野営の準備をしながら、俺は巌の動きを見ていた。
テキパキと焚き火を起こし、寝床を整える。手慣れている。一人で生きてきた時間が長いのだろう。
「巌さん、飯食いました?」
「まだだ」
「よかったら、一緒にどうですか」
巌が少し驚いた顔をした。
「……いいのか」
「いいですよ。巴さんが多めに作ってくれたので」
巴さんが鍋を持ってきた。簡素な雑炊だが、温かい。
「どうぞ」
「……かたじけない」
巌が椀を受け取った。ひとくち食べて、目を丸くした。
「美味い」
「ほんとですか。良かった」
巴さんが嬉しそうに笑った。
「巌さん、普段は何を食べてるんですか」
「干し飯と、その辺で取れるものだ」
「それだけ?」
「金がない時はそうだ」
時雨さんが鼻で笑った。
「似たようなもんだ。俺たちも」
「そうなのか」
「ああ。ついこの前まで、干し肉ばっかり食ってた」
巌が少しだけ笑った。初めて見る表情だった。
「……そうか。似た者同士か」
「かもしれませんね」
焚き火の音だけが聞こえる、静かな夜だった。
二日目は山道に入った。
道が狭くなり、荷車の進みが遅くなる。周囲は木々に囲まれ、見通しが悪い。
「嫌な道だな」
時雨さんが呟いた。
「俺が山賊だったらここで襲いますね」
「……そうだな」
巌も警戒している様子だった。槍を握る手に力が込もっている。
『マスター。周囲に人の気配があります』
先生の声。やはりか。
「何人?」
『現時点で確認できるのは八人。木々の間に潜んでいます』
「時雨さん」
「ああ。来るぞ」
次の瞬間、木々の間から男たちが飛び出してきた。
「止まれ! 金目の物を置いていけ!」
山賊だ。数は十人以上。思ったより多い。
商人たちが悲鳴を上げる。荷車の回りで混乱が起きた。
「護衛、前に出ろ!」
頭の指示で、護衛たちが動いた。
時雨さんが刀を抜く。俺は後ろに下がり、巴さんを庇った。
巌が前に出る。
「……来い」
低い声。穏やかだった彼の目が変わっていた。
山賊の一人が斬りかかる。巌の槍が一閃した。
体躯に見合わず、速い。
男が吹き飛ばされた。一撃で戦闘不能だ。
「な──」
山賊たちが怯んだ。その隙を、時雨さんが突いた。
二人の連携は即興だったが、息が合っていた。前衛を巌が槍で押し、時雨さんが横から斬り込む。
あっという間に五人が倒れた。
「て、撤退だ!」
山賊たちが逃げ出した。追撃はしない。護衛の仕事は商隊を守ることだ。
「……終わったか」
巌が槍を下ろした。息も乱れていない。
「強いですね」
「まあ、これくらいしか取り柄がない」
巌が力なく呟いた。
すると、少し明るい目をした時雨さんが近づいてきた。
「いい動きだった」
「そっちもな。戦いやすかった」
二人が頷き合う。戦う者同士の、無言の了解があるようだった。
その夜、また一緒に飯を食った。
「巌さん、これからどうするんですか」
「どうとは?」
「この仕事が終わったら」
巌が少し考えた。
「また別の仕事を探す。いつもそうだ」
「一人で?」
「ああ」
俺は時雨さんを見た。時雨さんは少し渋い表情で、口パクをしていた。
「え……?」
時雨さんの意図が分からなかった。ふざけている訳ではないと思うが、何を言いたいのか分からない。
『口の動きから推測するに、「食費」と伝えているようです』
先生が教えてくれた。なるほど。巌の巨体を維持するためには、常人以上の食費がかかる。
出費が増えることを憂いているのか……。どこまでも現実的だ。
でも……時雨さん、ごめんなさい。
「良かったら、俺たちと一緒に来ませんか」
巌が目を丸くすると同時に、時雨さんが頭を抱えた。
「……何?」
「仲間は多いほうがいい。巌さんが来てくれたら、心強いです」
「俺は……追放された人間だぞ」
「そんなの関係ないですよ」
時雨さんは「ある」とまた口パクしていた。
巌はしばらくして、ぽつりと言った。
「……俺で良いのか」
「いいですよ」
「足手まといになるかもしれん」
「ならないでしょ。今日の戦い見てたら分かります。足手まといは俺の担当ですし」
巌が俺を見た。それから、時雨さんを見た。巴さんを見た。
「……考えさせてくれ」
「はい。急ぎません」
焚き火が爆ぜた。
巌の表情は、少しだけ柔らかくなっていた。相変わらず、時雨さんは頭を抱えていた。
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