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乱世に異世界転移したけど、相棒の脳内AIのおかげでなんとかなりそうです  作者: 葉泪 秋
「生存」

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22/43

22 本性

 時雨さんが動いた。

 一瞬だった。

 先頭の男が何か言おうとした時には、もう時雨さんは間合いを詰めていた。


「は──」


 男の声が途切れる。刀が一閃、男の腕を斬り裂いた。


「ぎゃあああっ!!」


 悲鳴が森に響く。男が腕を押さえてうずくまった。


「て、てめえ……!」


 残りの四人が武器を構える。だが腰が引けているのが見て取れた。


「次」


 時雨さんが言った。それだけだった。

 男たちがじりじりと後退し始める。


「お、おい、聞いてねえぞ……! こんな強え奴がいるなんて……!」

「う、うるせえ! 四人いりゃあ──」

「やれるもんならやってみろ」


 時雨さんが一歩踏み出した。

 それだけで、男たちの顔から血の気が引いた。


「……っ、撤退だ!」

 

 先頭の男が叫んだ。腕を押さえたまま、森の中に逃げていく。残りの四人も、我先にと走っていく。 

 あっという間だった。


「……終わりか」


 時雨さんが刀を納めた。


「怪我は」

「ありません」

「巴さん」

「わたしも大丈夫です」


 時雨さんが振り返った。


「そっちのガキは」


 庄吉は、その場に座り込んでいた。

 顔が真っ青だ。体が小刻みに震えている。


「庄吉さん、大丈夫ですか」

「──っ」


 声が出ないらしい。口をぱくぱくさせている。

 巴さんが近づいて、背中をさすった。


「大丈夫です。もう終わりましたよ」

「……っ、あ……」


 庄吉の目から、涙がこぼれた。


「こわ……怖かった……」


 嗚咽が漏れる。さっきまでの生意気な態度は、どこにもなかった。

 ただの、十五歳の子供だった。


   ◆

 

 少し離れた場所で休憩を取った。

 庄吉はまだ震えていたが、水を飲んで少し落ち着いたようだった。


「……」


 黙り込んでいる。目が赤い。


「庄吉さん」

「……何だよ」

「怖かったのは、普通のことです」


 俺は隣に座った。


「俺もこの前、似たようなことがありました。何もできなくて、殴られて、情けなくて」

「……」

「でも、今こうやって生きてる。それでいいと思います」


 庄吉が俺を見た。


「……お前、変な奴だな」

「よく言われます」

「俺、あんなに偉そうにしてたのに。何で普通に話すんだよ」

「仕事ですから」

「それ、さっきも聞いた」


 庄吉が鼻をすすった。


「……悪かった」

「え?」

「態度、悪かった。お前らのこと馬鹿にして。──若いからって、時雨さんのことも」


 時雨さんは少し離れた場所で周囲を警戒していた。聞こえているかは分からない。


「……あの人、強いんだな。すげえ強い」

「言ったじゃないですか、強いって」

「俺、何もできなかった座り込んで、泣いて。──情けねえ」


 庄吉が膝を抱えた。


「親父の言う通りだ。俺は甘ったれてる。何もできねえガキだ」

「そんなことないと思いますけど」

「あるよ。お前だって思ってんだろ。使えねえ跡取りだって」


 俺は少し考えた。


「正直、面倒くさいとは思いました」

「だろ」

「でも、使えないとは思わなかったです」


 庄吉が顔を上げた。


「さっき、商売の話してくれたじゃないですか。値段とか数量とか納期とか。俺、ああいうの全然分からないんで。ちょっとすごいなって」

「……は?」

「本当に。商売の知識がないんです。両替で稼いだことはありますけど、それだけで」

「両替で稼いだ?」

「ええ。町ごとの相場の差を利用して」


 庄吉が目を丸くした。


「それ、お前が考えたのか」

「まあ、はい」


 嘘である。


「……すげえな。俺、そういうの思いつかねえわ」

「庄吉さんは商談ができる。俺にはできない。時雨さんは戦える。俺たちにはできない。それぞれ得意なことが違うだけですよ」


 庄吉が黙った。

 しばらくして、小さく呟いた。


「……お前、本当に変だな」

「だから、よく言われますって」

「二回目だそれ」


 庄吉が少しだけ微笑んだ。

 意外と無邪気に笑うじゃないか。俺はその笑顔を見て、少し安心した。


   ◆


 日が暮れる前に、宿場町に着いた。

 今日はここで一泊し、明日、目的地に向かう予定だ。

 本当はもっと早く到着する予定だったが……仕方ない。


「部屋を取ってくる」

 

 時雨さんが宿に入っていった。

 庄吉が俺の隣に立った。


「なあ」

「はい」

「さっき言ってたこと。自分で決めたわけじゃないのに、ここにいるって」

「ああ、それ」

「どういう意味なんだ」


 俺は少し迷った。

 でも、まあいいか。曖昧にしておこう。


「俺、遠くから来たんです。帰りたいけど、帰り方が分からない」

「遠くって、どこだよ」

「すごく遠いところです」

「……何だそれ」


 庄吉が首を傾げた。


「お前、訳ありなんだな」

「まあ、そうですね」

「ふうん」


 庄吉がそっぽを向いた。


「俺も、訳ありだ」

「跡取りのこと?」

「……親父と、うまくいってねえ」


 庄吉が足元を見た。


「母親が死んでから、ずっと。親父は俺を見ると、母親を思い出すんだと。顔が似てるから」

「……」

「だから、俺のことを見たくねえんだ。跡取りとしては必要だけど、息子しては要らない。──そういうこと」


 重い話だった。俺には何も言えなかった。


「だから、商談の見習いも、俺を追い出すためだと思ってる。しばらく顔を見なくて済むから」

「……そうですか」

「そうだよ」


 庄吉が俺を見た。


「でも、行くしかねえんだ。逃げたって、どうにもならねえから」


 その目は、さっきうまでの生意気な少年ではなかった。 

 自分の現実を、受け入れようとしている目だった。


「庄吉さん」

「何だよ」

「俺も似たようなもんです。逃げられないなら、やるしかない」

「……だな」

 

 庄吉が、ふっと笑った。


「お前、名前なんだっけ」

「零です。時坂零」

「零か。覚えとく」


 庄吉が手を差し出した。


「よろしく。──今更だけど」

「よろしくお願いします」


 俺はその手を握った。


   ◆


 翌日、目的地に着いた。

 大きな問屋だった。庄吉を引き渡し、依頼は完了。

 

「世話になった」

 

 庄吉が頭を下げた。昨日までとは別人みたいだ。


「お気をつけて」

「ああ。──お前らも」


 庄吉が俺を見た。


「……また会えるか?」

「どうでしょう。縁があれば」

「そうか」


 庄吉が背を向けた。問屋の中に入っていく。

 途中で振り返って、手を振った。

 俺も振り返した。


「いい子じゃないですか」


 巴さんが微笑んだ。


「最初は大変でしたけど」

「ああいうのを更生させるのが得意なのか、お前は」


 時雨さんが呆れたように言った。


「そんなつもりはないんですけど」

「結果的にそうなってる。才能だな」


 褒められているのか、からかわれているのか分からない。


 帰り道、小春と合流した。

 

「お疲れ様です。どうでした?」

「大変でしたよ……」

「でしょうね。庄吉くん、評判悪いんですよ」


 知ってたのか。


「言ってくださいよ、先に」

「言ったら受けなかったでしょ?」

「……」

 

 否定できなかった。


「でも、うまくやったみたいですね。向こうの番頭から連絡ありました。『礼儀正しい子だった』って」

「それ、俺たちの手柄じゃないです」

「そうですか? まあいいですけど」


 小春が報酬の銭袋を渡してきた。


「何ですか」

「特別報酬です。山城屋の旦那から。『息子がまともになって帰ってきたら、礼をしたい』って」

「……まだ帰ってないですよね」

「前払いだそうです。期待されてますよ」


 小春がにやりと笑った。


「やっぱり面白いですね、お宅ら」


   ◆


 宿に戻った。

 報酬を数える。今回の稼ぎは、銀貨十五枚。かなりの額だった。


「これで、しばらくは食っていけるな」


 時雨さんが言った。


「ですね。次の仕事まで余裕ができます」

「……おい」

「はい?」

「お前、あのガキに何を言ったんだ」

「別に、大したことは。ただ話しただけです」

「それだけであんなに変わるかよ」

「さあ……」


 俺にも分からなかった。ただ、思ったことを言っただけだ。


「レイ様は、人の心に寄り添うのがお上手なんです」


 巴さんが言った。


「わたしも、レイ様に救われましたから」

「大げさですよ」

「大げさではありません」


 巴さんが微笑んだ。

 時雨さんがため息をついた。


「……まあいい。結果が良ければ、どんな形でもな」

「ですね」


 何が待っているか分からない。でも、この三人でなら、なんとかなる気がした。

 ──そう思っていた頃が、一番平和だったのかもしれない。

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