21 跡取り
護衛の依頼は、想像と違った内容だった。
「商家の息子?」
「ええ。海堂系列の呉服屋の跡取りです」
小春が地図を広げながら言った。
「隣の領まで送り届けてほしいんですよ。向こうで商談の見習いをさせるとかで」
「護衛って、そういう……」
「そういうのも護衛ですよ。むしろ多いくらい」
俺は時雨さんを見た。時雨さんは腕を組んで黙っている。
「で、その跡取りってのは?」
「十五歳。名前は庄吉。まあ、ちょっとクセはありますけど」
クセ。嫌な予感がした。
「どういう意味ですか?」
「会えば分かりますよ」
小春が笑った。全然答えになっていない。
◆
翌朝、指定された呉服屋の前に行った。
立派な店構えだ。暖簾には「山城屋」と書かれている。海堂系列というだけあって、かなりの規模らしい。
「お待ちしておりました」
番頭らしき男が出てきて、頭を下げた。
「若旦那をよろしくお願いします。道中、くれぐれもご無事で」
「はい。お任せください」
「それと──」
番頭が声を潜めた。
「若旦那は少々……その、気難しいところがございまして」
「気難しい……?」
「申し訳ございません。何かあれば、遠慮なく叱ってやってください」
番頭の目が、なんとも言えない色をしていた。同情、のような。
嫌な予感が強まる。
「庄吉様、お客様がお見えです」
番頭が奥に向かって声をかけた。
しばらく待った。
かなり待った。
「……遅いな」
時雨さんが呟いた。
さらに待った。
ようやく、奥から足音が聞こえてきた。
「はあ、だるい」
現れたのは、三白眼の小柄な少年だった。十五歳だから、俺より少し歳下だ。
「お前らが護衛?」
「はい。時逆零と申します。こちらが時雨さんと──」
「ふうん」
庄吉は俺の自己紹介を遮って、時雨さんをじろじろ見た。
「大人いねえのかよ。大丈夫なのか? 女もいるし」
空気が凍った。
時雨さんの目が、すっと細くなる。
「……何が問題だ」
「いや、護衛って大人の男がやるもんだろ。二人とも俺と大して歳離れてなさそうだし、そいつに関しては女だし」
俺は咄嗟に時雨さんの前に出た。
「時雨さんは腕が立ちます。ご心配なく」
「お前が言うなよ。ひょろいな、お前。本当に護衛か?」
巴さんをちらりと見る。
「そっちは? まさか護衛じゃないよな」
「わたしは治療を担当しています」
「へえ。まあ、怪我したら頼むわ」
庄吉が欠伸をした。
「で、いつ出発すんの。早くしてくれよ、だるいんだから」
時雨さんが俺に耳打ちした。
「殴っていいか?」
「駄目です」
「分かってる。聞いてみただけだ」
先が思いやられる。
出発して、半刻も経たないうちに問題が起きた。
「休憩」
庄吉が足を止めた。
「まだ町を出たばかりですが」
「足が痛い。休む」
「……分かりました」
道端に座り込む庄吉。俺たちは仕方なく待った。
「水」
「は?」
「だから、水くれって。喉乾いた」
巴さんが水筒を差し出した。庄吉はひったくるように受け取り、がぶがぶ飲んだ。
「ぬるい」
文句を言いながら、半分以上飲み干した。
「……あの」
「何だよ」
「それ、皆で分ける分なんですけど」
「は? 言えよ先に」
俺は深呼吸した。ダメだ、怒るな。仕事だ。
「次の村まで行けば井戸があります。それまで我慢してください」
「何でお前に指図されなきゃいけないんだよ」
「護衛ですから」
「護衛は俺を守るのが仕事だろ。偉そうにすんなよ」
クソガキが……。
時雨さんの気配が剣呑になった。
「時雨さん」
「分かってる」
時雨さんが踵を返して、少し離れた場所に行った。苛立ちを抑えているのが分かる。
「何だよあいつ。態度悪いな」
「……行きましょうか」
俺は庄吉を促した。このままだと本当に斬られる。
昼過ぎ、ようやく最初の村についた。
本来なら倍の距離を進めていたはずだ。庄吉が何度も休憩を要求したせいで、予定が大幅に遅れている。
「腹減った。飯」
「この先にある茶屋で食べましょう」
「なんでそこなんだよ。ここで食えばいいだろ」
「ここには茶屋がありません」
「じゃあ買えよ。何か」
「……売ってるものがないんです」
本当に手が出そうになった。
小さな村で、焦点らしきものは見当たらない。
「使えねえな、お前ら」
庄吉が舌打ちした。
「こんなことなら、うちの手代と来ればよかった」
俺は何も言わなかった。言い返しても無駄だと分かっていた。
巴さんが近づいてきて、小声で言った。
「レイ様、大丈夫ですか」
「大丈夫です。なんとか」
「……あの方、悪い人ではないと思うのですが」
「そうですか?」
「はい。なんとなく……寂しそうな目をしています」
寂しそう?あの生意気な態度のどこが?」
でも、巴さんは人を見る目がある。俺には分からない何かが見えているのかもしれない。
◆
茶屋で飯を食った。
庄吉は文句を言いながらも、出されたものを残さず平らげた。
「不味い」
「そうですか」
「うちの飯の方がうまい」
「そうでしょうね」
「何だよその言い方。馬鹿にしてんのか」
「いいえ」
庄吉が俺を睨んだ。
「お前、俺のこと嫌いだろ」
当たり前だろ。
「……仕事ですから、これは」
「それ答えになってねぇよ」
庄吉が箸を置いた。
「どうせみんなそうなんだ。俺といると嫌な顔をする。番頭も、手代も、職人も、親父だってそうだ」
「……」
「跡取りだから気を遣ってるだけ。本当は誰も俺のことなんか──」
庄吉が言葉を止めた。
しまった、という顔をしている。
「……何でもねえよ。さっさと出発しろ」
庄吉が立ち上がって、外に出ていった。
俺は巴さんを見た。巴さんは小さく頷いた。
なるほど。そういうことか。
午後の道は、少しだけ静かだった。
庄吉は相変わらず文句を言っていたが、さっきほどの勢いはない。自分で余計なことを言ったと気づいているのだろう。
「庄吉さん」
「……何だよ」
「商談の見習いって、どんなことをするんですか」
「は?」
「いえ、俺は商売のことがよく分からなくて。良かったら教えてもらえませんか」
庄吉が怪訝な顔をした。
「……何でだよ」
「興味あるんです」
嘘ではなかった。この世界で生きていくなら、商売の知識は必要だ。
「……別に、大したことじゃねぇよ」
庄吉がぼそぼそと話し始めた。
「向こうの問屋と、取引の条件を詰めるんだ。値段とか、数量とか、納期とか。親父の代わりに俺が行って、話をまとめてくる」
「それを一人で?」
「……一人じゃできねえから見習いなんだろ。向こうの番頭に教わりながらやる」
「大変そうですね」
「大変に決まってんだろ。俺だって好きで行くわけじゃねえよ」
庄吉が足元の石を蹴った。
「親父が決めたんだ。『お前はいつまでも子供じゃいられない』とか言って。勝手に話進めやがった」
「……」
「俺の意見なんか聞きもしねえ。いつもそうだ。跡取りだから、跡取りだからって。俺がどう思ってるかなんて、誰も気にしねえ」
庄吉の声に、苛立ちと寂しさが混じっていた。
巴さんの言った通りだ。
「庄吉さん」
「何だよ」
「俺も似たようなもんです」
「は?」
「自分で決めたわけじゃないのに、ここにいる。帰りたくても帰れない。誰にも相談できない」
庄吉が足を止めた。
「……何言ってんだ、お前」
「いえ、独り言です」
俺は歩き続けた。庄吉が慌てて追いかけてくる。
「待てよ。今の、どういう意味だ」
「さあ。どういう意味でしょうね」
「おい」
「行きますよ。日が暮れます」
庄吉が何か言いたそうにしていたが、俺は無視して歩いた。
日が傾いて来た頃、問題が起きた。
「時雨さん」
「……ああ」
時雨さんの目が、森の方を睨んでいた。
気配がある。一人じゃない。複数。
「野盗ですかね」
「分からん。だが──」
野盗多すぎないか、この世界。
森から男たちが現れた。
五人。全員、武器を持っている。
「よお、旅人か? ちょっと話があるんだけどよ」
先頭の男がにやにや笑った。
「その坊ちゃん。良い着物着てんな。金持ってんだろ?」
庄吉の顔が真っ青になった。
「おい、護衛──」
「黙ってろガキ」
時雨さんが刀に手をかけながら言った。ついに暴言は我慢できなくなったらしい。
俺は庄吉と巴さんを背中に庇った。
「……何人だ?」
『五人。武器は刀が三、槍が一、棍棒が一。練度は低め。素人に毛が生えた程度です』
先生の分析。助かる。
「時雨さん、素人っぽいです」
「見れば分かる」
時雨さんが一歩前に出た。
「一度だけ言う。失せろ」
男たちの顔が引きつった。時雨さんのさっきに当てられたのだろう。
だが、退かなかった。
「若造一人がいきがってんじゃねぇよ。数が見えねぇのか?」
「見えた上で言っている」
時雨さんが刀を抜いた。
「──足りないな」




