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乱世に異世界転移したけど、相棒の脳内AIのおかげでなんとかなりそうです  作者: 葉泪 秋
「生存」

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20/41

20 希望

 依頼の内容は単純だった。

 木箱を三つ、隣町の商家に届ける。それだけ。


「中身は?」

「陶器です。割れ物なんで丁寧にお願いしますね」


 小春はそう言って、荷車を指さした。


「道中の護衛は?」

「いりません。この辺は治安いいんで。まあ、何かあったら時雨さんがいるでしょうし」


 時雨さんが無言で頷いた。


「じゃ、よろしくお願いします。届け先はこの地図の通りで」

 

 小春が紙を渡してきた。


「報酬は届けた後、届け先の旦那さんから受け取ってください。私はちょっと別件があるんで」

「分かりました」


「期待してますよ、零さん」


 小春がひらひらと手を振って去っていった。


   ◆


 荷車を引いて歩く。

 陶器が割れないよう、できるだけ平坦な道を選んだ。先生が地図と周囲の地形を照らし合わせて、最適なルートを教えてくれる。


『マスター。この先に石畳の道があります。そちらを通れば振動が減ります」

「了解」

「なにか言ったか?」

「いえ、独り言です」


 時雨さんが怪訝な顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。

 巴さんが荷車の横を歩きながら言った。


「穏やかですね、今日は」

「そうですね」


 空は晴れていた。風が気持ちいい。

 こんな日もあるのだと、少し不思議な気分だった。この世界に来てから、ずっと必死だった。逃げて、戦って、殴られて、這いずり回って。

 でも今日は、ただ荷物を届けるだけ。それだけのことが、やけに平和に感じられた。


「レイ様」

「はい」

「少し、顔色が良くなりましたね」

「そうですか?」

「はい。最初にお会いしたときは、死にそうな顔をしてましたから」


 巴さんがくすりと笑った。


「今は、ちゃんと生きてる顔をしています」

「……ありがとうございます」


 生きてる顔、か。

 自分では分からないが、そうなのかもしれない。

  

   ◆


 隣町の着いたのは、昼過ぎだった。

 届け先の商家はすぐに見つかった。立派な構えの店だ。


「海堂商会の依頼で参りました。陶器をお届けに」


 番頭らしき男が出てきて、荷を確認した。


「ああ、聞いてる。──ちょっと待ってくれ」

 

 木箱を開けて、中身を一つ一つ確認していく。


「……よし、割れはないな。丁寧に運んでくれたみたいだ」

「ありがとうございます」

「これ、報酬な。銀貨五枚だ」


 銭袋を受け取った。前払いと合わせて銀貨十枚。悪くない稼ぎ……いや、仕事内容に対して多すぎるほどだ。


「また頼むかもしれん。小春から連絡がいくと思う。またその時は頼む」

「はい! よろしくお願いします」


 商家を後にした帰り道、時雨さんが口を開いた。


「拍子抜けだな」

「ですね」

「何も起きなかった。襲われるかと思っていたが」

「俺もです」


 正直、警戒していた。勘助の件があったから、海堂商会を完全には信用できなかった。

 でも、今回は何も起きなかった。ただ荷物を届けて、報酬をもらって、それだけ。


「小春って女をどう思う?」


 時雨さんが聞いてきた。


「打算的な人だと思います。俺たちを利用しようとしてる」

「だろうな」

「でも、嘘はついてないと思います。少なくとも今のところは」

「甘いな」

「かもしれません」


 俺は空を見上げた。


「でも、今は仕事を運んできてくれる相手がいるだけマシかなって。選べる立場じゃないですし」

「……まあ、そうか」


 時雨さんが小さく息を吐いた。


「お前、少し変わったな」

「そうですか?」

「最初に合った時は、ただ怯えてるだけのガキだった」


 否定できない。あの頃の俺は、本当に何もできなかった。


「まぁ、まだ貧弱だが──考えて動こうとしてる」

「……」

「……悪くない変化だ」


 それだけ言って、時雨さんは黙った。

 褒められた……のだろうか。この人の場合、判断が難しい。


「時雨様」


 巴さんが声をかけた。


「何だ」

「今のは、褒めてらっしゃるんですか?」

「知らん」

 

 時雨さんが足を速めた。逃げたな、と思った。

 巴さんと顔を見合わせて、小さく笑った。


   ◆


 町に戻ると、小春が待っていた。


「おかえりなさい。どうでした?」

「問題なく届けました」

「でしょうね。あの程度の仕事でしくじるようなら、見込み違いってことで」


 小春が肩をすくめた。


「まあ、合格ですよ。また仕事回します」

「ありがとうございます」

「お礼はいいですよ。私にも利があるんで」


 小春が懐から紙を取り出した。


「次の依頼、もう決まってます。来週、少し大きめの護衛仕事があるんですけど……」

「護衛……」


 俺の声が少し硬くなった。

 護衛。前回、ひどい目に遭った仕事だ。


「ああ、勘助の件、気にしてます?」


 小春が俺の顔を見て言った。


「大丈夫ですよ。今度のは私が直接見てる案件なんで。変なことにはなりません」

「……」

「信用できない?」

「正直、まだ分からないです」

「あはは、正直でいいですね」


 小春が笑った。


「まあ、無理にとは言いません。やるかどうかは任せます。──でも」


 小春の目が、少し真剣になった。


「お宅ら、このまま両替稼ぎだけで食っていく気です?」

「……いえ」

「でしょうね。あれ、そのうち限界きますよ。相場は変わるし、真似するやつも出てくる」


 分かっていた。両替の差額なんて、いつまでも続くものじゃない。


「だったら、今のうちに実績作っといた方がいい。小さい仕事こなして、信用を積んで、もっと大きい仕事を取れるようになる。──商売の基本ですよ」

「……」

「考えといてください。返事は三日後でいいんで」


 小春が手を振って去っていった。


   ◆


 宿に戻った。

 夕飯を食べながら、時雨さんに聞いた。


「護衛の仕事、どう思いますか?」

「受けてもいいと思うが」


 意外だった。時雨さんは慎重な人だ。


「前回みたいなことに──」

「ならないとは言い切れん。だが、いつまでも避けてても仕方がない」


 時雨さんが茶を啜った。


「お前も分かってるだろ。両替だけじゃ先がない」

「……はい」

「なら、やるしかない。今度は俺もちゃんと目を光らせる」


 時雨さんが俺を見た。


「──お前を一人にはさせん」


 その言葉に、胸が詰まった。


「……ありがとうございます」

「礼はいらん。同行人が死んだら寝覚めが悪い」


 ぶっきらぼうな言い方。でも、この人なりの優しさなのだと、今は分かる。


「わたしも」


 巴さんが口を開いた。


「わたしも、一緒に行きます。治療くらいしかできませんが……お役に立ちたいです」

「巴さん……」

「レイ様に助けていただいた恩を、返したいんです」


 巴さんの目は真剣だった。

 俺は二人を見た。

 出会ってから、まだ一月も経っていない。でも、この二人がいなかったら俺はとっくに死んでいた。


「……よろしくお願いします」


 頭を下げた。


「二人がいてくれて、本当に──」

「やめろ、気持ち悪い」


 時雨さんが顔をそむけた。


「そういうのは全部終わってから言え」

「……はい」


 巴さんが小さく笑った。時雨さんは何も言わず、刀の手入れに戻った。


 夜。

 一人で窓の外を眺めていた。

 月が出ている。この世界に来て、何度この月を見ただろう。


『マスター」

「ん?」

『本日の活動報告。依頼完了、報酬獲得。次の仕事の目処が立ちました。順調です』

「そうだな」

『……マスターは、何を考えていますか?』

「母さんのこと」


 言葉にすると、急に胸が苦しくなった。

 今頃、母さんはどうしているだろう。息子が修学旅行から帰ってこない。警察に届けを出しただろうか。泣いているだろうか。


「帰りたいな」

『……』

「でも、方法がわからない。この世界に来た理由も、帰る方法も、何も」


 先生は何も言わなかった。言えることがないのだろう。


「だから──今は頑張ってここで生きるよ」

 

 俺は月を見上げた。


「いつか帰る方法を見つけるまで、死なないように生き延びる」

『了解しました。そのために、私も全力でサポートします』

「頼りにしてるよ」

『……光栄です』


 先生の声が、少しだけ柔らかくなった。

 

 この世界に来て、二十日が過ぎた。

 最初は、ただ死にたくなかっただけ。

 でも今は違う。

 仲間がいる。稼ぐ方法があるから。信用できるかもしれない相手がいる。

 まだ弱い。まだ何も分からない。

 でも──生きていける。

 そう思えるようになった。

 窓の外で、夜風が吹いていた。

 明日も、きっと何かが起きる。良いことか悪いことか、分からないけど。

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