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乱世に異世界転移したけど、相棒の脳内AIのおかげでなんとかなりそうです  作者: 葉泪 秋
「生存」

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19/40

19 偵察

 両替稼ぎを初めて五日目。

 銀貨は十五枚を超えた。このペースなら、当面の生活には困らない。

 ただ、妙な視線を感じるようになっていた。


「また増えてるな、あいつら」

「若いのに頭いいねぇ」


 両替商の間でひそひそと話されている。目立ちすぎた。分かっていたが、金が必要だったので止められなかった。

 その日も、いつも通り両替を終えて宿に戻ろうとした時だった。


「ねえ、ちょっといいです?」


 声をかけられた。

 振り返ると、若い女が立っていた。小柄で、愛嬌のある丸顔。商人らしい身なりだが、どこか軽い雰囲気がある。

 時雨さんが、すっと俺の前に出た。


「何の用だ」

「怖い怖い。そんな顔しないでくださいよ」


 女は両手を上げておどけてみせた。


「別に取って食おうってわけじゃないんで。ちょっとお話したいだけ」

「話?」

「ええ。お宅らの稼ぎ方、面白いなって思って」

 

 女が俺を見た。値踏みするような、でもどこか楽しそうな目。


「両替の差額で稼ぐって、誰に教わったんです? この辺じゃ聞いたことない」

「……あんた、何者だ」


 時雨さんの声が低くなる。


「ああ、すみません。名乗るの忘れてた」

 

 女がぺこりと頭を下げた。芝居がかった動作だった。


「小春って言います。海堂商会の者で」

 

 海堂。

 その名前に、空気が張り詰めた。


「まあまあ、そんな怖い顔しないで。敵じゃないですよ。一応」

「一応?」

「今のところは、ってことです」


 小春と名乗った女が、にっと笑った。


「正直に言うと、上から様子を見てこいって言われたんですよね。『両替だけで稼いでる変な連中がいる』って」

「……それで?」

「見てきましたよ。なるほどなって思いました」


 小春が肩をすくめる。


「町ごとの相場の違い、ちゃんと把握してるんですね。しかも、どの両替商が良心的か、どの経路が効率いいかまで分かってる」

「……」

「普通、旅の人間にそんな情報入ってこないんですよ。どうやって調べたんです?」


 答えられるわけがない。


「勘です」

「嘘が下手ですねぇ」


 小春が笑った。時雨さんと同じことを言われた。


「まあいいですけど。企業秘密ってやつでしょ」


 小春が一歩近づいてきた。


「それより、ちょっと場所変えません? ここじゃ目立つんで」


 近くの茶屋に入った。

 時雨さんは俺の隣に座り、小春を睨んでいる。巴さんは俺の反対側で、落ち着かない様子だった。


「で、本題なんですけど」


 小春が茶を一口すすった。


「勘助って覚えてます?」


 その名前に、俺の身体が強張った。裏切った男。報酬を踏み倒し、俺たちを売ろうとした男。


「……はい」

「あの人、左遷されましたよ」

「左遷?」

「お宅らへの扱いがバレたんですよ。報酬踏み倒して、おまけに商品ごと横流ししようとしたって」


 小春が眉をひそめた。


「海堂は信用第一なんです。そういうことされると、こっちの看板に傷がつく」

「そうなんですね……」

「だから、お詫びも兼ねて来たんですよね。勘助の尻拭いっていうか」


 小春が懐から紙を取り出した。


「これ、依頼書です。よかったら受けてもらえません?」

「依頼?」

「ええ。簡単な運搬の仕事。報酬はちゃんと払いますよ。前払いでもいい」


 時雨さんが依頼書をひったくるように取った。目を通し、眉をひそめる。


「……条件が良すぎる」

「そうですか?」

「裏があるだろ」

「あー、鋭いですね」


 小春が頬杖をついた。隠す気もないらしい。


「正直に言うと、上がお宅らに興味持ってるんですよ。あの稼ぎ方、誰が考えたのか知りたいって」

「……俺です」

「へえ」


 小春がじっと俺を見た。


「あなたが。見た目、そんな頭良さそうに見えないけど」

「よく言われます」

「褒めてないですからね?」

「分かってます」


 小春が、ふっと笑った。


「面白いですね、あなた」

「どうも」

「でも、信じますよ。勘でそこまでできるなら、相当な勘ですし」


 小春が茶を飲み干した。


「というわけで、どうします? 依頼、受けてくれます?」


 俺は時雨さんを見た。時雨さんは難しい顔をしている。


「……一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「あなたの目的は何ですか? 商会の命令だけじゃないでしょ」


 小春が目を丸くした。

 少しの沈黙。


「やっぱり面白いですね、あなた」


 小春が立ち上がった。


「目的、ですか。そうですね……」


 彼女は窓の外を見た。


「私、この商会で出世したいんですよ。そのためには、使える駒が必要なんです」

「駒?」

「ええ。今のところ、お宅らがその候補ってだけ。気に入らなかったら断っていいですよ。他を探すんで」


 あっけらかんと言い切られた。

 清々しいほど正直だった。


「……時雨さん」

「お前に任せる。お前が決めろ」


 俺は少し考えた。

 小春。商人らしく計算高い。俺たちを利用しようとしている。でも、嘘はついていない。少なくとも今のところは。


「依頼、受けます」

「お、決断早いですね」

「ただし、一つ条件があります」

「何です?」

「前払いで」


 小春が、一瞬きょとんとした。

 そして、声を上げて笑った。


「あはは、いいですね! 商人っぽい!」


 小春が懐から銭袋を取り出し、テーブルに置いた。


「はい、前払い。銀貨五枚。残りは納品後に」

「確かに」

「じゃ、よろしくお願いしますね。──ああ、それと」


 小春が振り返った。


「これからは私が担当なんで。何かあったら言ってください。勘助みたいな真似はしませんから」

 

 そう言って、小春は茶屋を出ていった。


   ◆


 夜、宿の部屋で。


「どう思います? あの人」


 巴さんに聞いた。


「正直、よく分かりません。でも……」

「でも?」

「悪い人ではない気がします。打算的ですけど、嘘はついてないように見えた」

「俺もそう思います」


 時雨さんが口を開いた。


「ただ、油断はするな。商人ってのは笑顔で人を刺す生き物だ」

「……肝に銘じます」


 時雨さんはどこまでも疑り深い。だからこそ生き残れるのだろう。


 窓の外で、虫の声が聞こえていた。

 小春という新しい繋がり。敵か味方かはまだ分からないが、確実に何かが動き始めていた。

 俺たちがただの「少年A」ではなくなってきている。もはや何を目的に生きているのかは分からないが、今は必死に目の前の仕事に取り組むしかない。

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