19 偵察
両替稼ぎを初めて五日目。
銀貨は十五枚を超えた。このペースなら、当面の生活には困らない。
ただ、妙な視線を感じるようになっていた。
「また増えてるな、あいつら」
「若いのに頭いいねぇ」
両替商の間でひそひそと話されている。目立ちすぎた。分かっていたが、金が必要だったので止められなかった。
その日も、いつも通り両替を終えて宿に戻ろうとした時だった。
「ねえ、ちょっといいです?」
声をかけられた。
振り返ると、若い女が立っていた。小柄で、愛嬌のある丸顔。商人らしい身なりだが、どこか軽い雰囲気がある。
時雨さんが、すっと俺の前に出た。
「何の用だ」
「怖い怖い。そんな顔しないでくださいよ」
女は両手を上げておどけてみせた。
「別に取って食おうってわけじゃないんで。ちょっとお話したいだけ」
「話?」
「ええ。お宅らの稼ぎ方、面白いなって思って」
女が俺を見た。値踏みするような、でもどこか楽しそうな目。
「両替の差額で稼ぐって、誰に教わったんです? この辺じゃ聞いたことない」
「……あんた、何者だ」
時雨さんの声が低くなる。
「ああ、すみません。名乗るの忘れてた」
女がぺこりと頭を下げた。芝居がかった動作だった。
「小春って言います。海堂商会の者で」
海堂。
その名前に、空気が張り詰めた。
「まあまあ、そんな怖い顔しないで。敵じゃないですよ。一応」
「一応?」
「今のところは、ってことです」
小春と名乗った女が、にっと笑った。
「正直に言うと、上から様子を見てこいって言われたんですよね。『両替だけで稼いでる変な連中がいる』って」
「……それで?」
「見てきましたよ。なるほどなって思いました」
小春が肩をすくめる。
「町ごとの相場の違い、ちゃんと把握してるんですね。しかも、どの両替商が良心的か、どの経路が効率いいかまで分かってる」
「……」
「普通、旅の人間にそんな情報入ってこないんですよ。どうやって調べたんです?」
答えられるわけがない。
「勘です」
「嘘が下手ですねぇ」
小春が笑った。時雨さんと同じことを言われた。
「まあいいですけど。企業秘密ってやつでしょ」
小春が一歩近づいてきた。
「それより、ちょっと場所変えません? ここじゃ目立つんで」
近くの茶屋に入った。
時雨さんは俺の隣に座り、小春を睨んでいる。巴さんは俺の反対側で、落ち着かない様子だった。
「で、本題なんですけど」
小春が茶を一口すすった。
「勘助って覚えてます?」
その名前に、俺の身体が強張った。裏切った男。報酬を踏み倒し、俺たちを売ろうとした男。
「……はい」
「あの人、左遷されましたよ」
「左遷?」
「お宅らへの扱いがバレたんですよ。報酬踏み倒して、おまけに商品ごと横流ししようとしたって」
小春が眉をひそめた。
「海堂は信用第一なんです。そういうことされると、こっちの看板に傷がつく」
「そうなんですね……」
「だから、お詫びも兼ねて来たんですよね。勘助の尻拭いっていうか」
小春が懐から紙を取り出した。
「これ、依頼書です。よかったら受けてもらえません?」
「依頼?」
「ええ。簡単な運搬の仕事。報酬はちゃんと払いますよ。前払いでもいい」
時雨さんが依頼書をひったくるように取った。目を通し、眉をひそめる。
「……条件が良すぎる」
「そうですか?」
「裏があるだろ」
「あー、鋭いですね」
小春が頬杖をついた。隠す気もないらしい。
「正直に言うと、上がお宅らに興味持ってるんですよ。あの稼ぎ方、誰が考えたのか知りたいって」
「……俺です」
「へえ」
小春がじっと俺を見た。
「あなたが。見た目、そんな頭良さそうに見えないけど」
「よく言われます」
「褒めてないですからね?」
「分かってます」
小春が、ふっと笑った。
「面白いですね、あなた」
「どうも」
「でも、信じますよ。勘でそこまでできるなら、相当な勘ですし」
小春が茶を飲み干した。
「というわけで、どうします? 依頼、受けてくれます?」
俺は時雨さんを見た。時雨さんは難しい顔をしている。
「……一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたの目的は何ですか? 商会の命令だけじゃないでしょ」
小春が目を丸くした。
少しの沈黙。
「やっぱり面白いですね、あなた」
小春が立ち上がった。
「目的、ですか。そうですね……」
彼女は窓の外を見た。
「私、この商会で出世したいんですよ。そのためには、使える駒が必要なんです」
「駒?」
「ええ。今のところ、お宅らがその候補ってだけ。気に入らなかったら断っていいですよ。他を探すんで」
あっけらかんと言い切られた。
清々しいほど正直だった。
「……時雨さん」
「お前に任せる。お前が決めろ」
俺は少し考えた。
小春。商人らしく計算高い。俺たちを利用しようとしている。でも、嘘はついていない。少なくとも今のところは。
「依頼、受けます」
「お、決断早いですね」
「ただし、一つ条件があります」
「何です?」
「前払いで」
小春が、一瞬きょとんとした。
そして、声を上げて笑った。
「あはは、いいですね! 商人っぽい!」
小春が懐から銭袋を取り出し、テーブルに置いた。
「はい、前払い。銀貨五枚。残りは納品後に」
「確かに」
「じゃ、よろしくお願いしますね。──ああ、それと」
小春が振り返った。
「これからは私が担当なんで。何かあったら言ってください。勘助みたいな真似はしませんから」
そう言って、小春は茶屋を出ていった。
◆
夜、宿の部屋で。
「どう思います? あの人」
巴さんに聞いた。
「正直、よく分かりません。でも……」
「でも?」
「悪い人ではない気がします。打算的ですけど、嘘はついてないように見えた」
「俺もそう思います」
時雨さんが口を開いた。
「ただ、油断はするな。商人ってのは笑顔で人を刺す生き物だ」
「……肝に銘じます」
時雨さんはどこまでも疑り深い。だからこそ生き残れるのだろう。
窓の外で、虫の声が聞こえていた。
小春という新しい繋がり。敵か味方かはまだ分からないが、確実に何かが動き始めていた。
俺たちがただの「少年A」ではなくなってきている。もはや何を目的に生きているのかは分からないが、今は必死に目の前の仕事に取り組むしかない。




