18 商才
五日が過ぎた。
肋骨の痛みはまだ残っているが、歩けるようにはなった。巴さんの薬草治療のおかげだ。
しかし、問題は金銭面だ。
「あと三日ってとこだ」
時雨さんが銭袋の中身を畳に広げた。銀貨が二枚、銅貨が十数枚。
「仕事探さないと」
「ですね」
時雨さんが腕を組む。
「護衛なら俺一人で行ける。だが──」
「俺と巴さんを置いていけない」
「そういうことだ」
この街に知り合いはいない。時雨さんがいない間に何かあったら終わりだ。
「わたし、薬草を売ることならできます。この辺りの山で採れるものもありますし」
「三日で間に合います?」
「……難しいですね」
沈黙が流れる。
俺に何ができる。剣は使えない。力仕事も無理。この世界の常識も分からない。
でも、先生がいる。
『マスター』
先生が話しかけてきた。
『一つ、提案があります』
「何?」
『この世界の通貨制度についてです。街ごとに両替比率が異なっています』
「両替比率?」
『昨日、市場を観察した際のデータです。この街では銀貨一枚が銅貨九十五枚。しかし隣町では銀貨一枚が銅貨八十枚程度』
俺は一瞬、意味が分からなかった。
でも、すぐに気づいた。
「それってつまり」
『この街で銀貨を銅貨に替え、隣町で銅貨を銀貨に戻す。差額が利益になります』
頭の中で計算する。
銀貨一枚を銅貨九十五枚に替える。隣町に持っていく。銅貨八十枚で銀貨一枚に戻る。手元に銅貨十五枚残る。
それを繰り返せば──
「時雨さん」
「何だ」
「両替で稼げるかもしれません」
「……は?」
俺は説明した。時雨さんの表情が、怪訝から困惑に変わる。
「待て、それだけで金が増えるのか?」
「増えます。地味ですけど」
「剣も使わず、か?」
「はい」
時雨さんが黙り込んだ。
「……お前、その発想はどこから出てくるんだ」
「えーと……勘ですかね」
「嘘が下手だな」
「よく言われます」
時雨さんが深いため息をついた。
「まあいい。やってみるか。他に手もねえし」
◆
翌日、俺たちは動き出した。
まず、手持ちの銀貨に二枚を両替商に持っていく。時雨さんが交渉役だ。
「銅貨に替えてくれ」
「銀を銅に?」
両替商の親父が眉を上げた。
「普通逆だろ」
「訳ありなんだよ」
「へえ。まあ客の事情に口出す気はねぇけどよ」
親父が銅貨を数え始めた。
「銀貨二枚で銅貨百九十枚だ」
銅貨の山を受け取る。ずしりと思い。
「うわ、これ持って歩くんですか……」
巴さんが顔をしかめた。
「文句言わない。稼ぐためですから」
「……はい」
俺たちは銅貨を分けて持ち、隣町へ向かった。
隣町に着いたのは昼過ぎだった。
『マスター。東の路地に両替商があります。銅貨八十二枚で銀貨一枚。他より条件が良いです』
先生の指示通りに進む。小さな両替商を見つけた。
「銀貨を銅に替えてくれ」
店主が銅貨を数える。
「百九十枚だな。銀貨二枚と銅貨二十六枚だ」
受け取った。
元手は銀貨二枚。今、手元に銀貨二枚と銅貨二十六枚。
「……本当に増えたな」
時雨さんが呟いた。
「歩いただけなのに」
「何もしてないのに……」
巴さんが目を丸くしている。
「次、行きましょう。この町で銀を銅に替えて、また戻れば──」
「また増えるってことか」
「そういうことです」
時雨さんが首を振った。
「世の中、知らないことだらけだな」
◆
三日間、それを繰り返した。
行きで両替、帰りで両替。足が棒になった。銅貨が重くて肩が痛い。
でも、確実に増えていった。
「銀貨八枚と銅貨四十枚」
時雨さんが銭袋の中身を確認する。元手の四倍以上だ。
「信じられんな」
「俺もです」
先生の計算は正確だった。どの店で替えれば得か、どのルートが効率的か。全部、先生が教えてくれた。
「お前、商人向いてんじゃねぇか」
「いや、俺は別に……」
「剣が使えなくても稼げる方法はある。実感した」
時雨さんが立ち上がった。
「覚えておく。お前のやり方」
巴さんは嬉しそうに笑っていた。
「レイ様はやっぱりすごいです」
「いや、俺じゃなくて……」
言いかけて止めた。先生のことは言えない。
「まあ、うまくいって良かったです」
その夜、宿で一息ついていた時だった。
「ちょっといいか」
宿の主人が部屋を訪ねてきた。
「お前らの噂、広がってるぞ」
「噂?」
「両替だけで稼いでる連中がいるってな。両替商の間で話題になってる」
嫌な予感がした。
「まずいですかね」
「違法じゃねえから問題はない。ただ──」
主人が声を潜めた。
「海堂商会が興味を持ってるらしい」
海堂。六大名家の一つ。この辺りの商売を牛耳っている大商会。
勘助がいた組織だ。
「興味って、どういう……」
「さあな。あいつらが何を考えてるかなんて俺には分からん。まあ、気をつけな」
主人が去っていった。
時雨さんと目が合った。
「……面倒なことになりそうだな」
「ですね。でも、逃げても仕方ない」
「だな」
時雨さんが刀を壁に立てかけた。
「来るなら来い、ってとこだ」
窓の外で、月が静かに光っていた。




