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乱世に異世界転移したけど、相棒の脳内AIのおかげでなんとかなりそうです  作者: 葉泪 秋
「生存」

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17/40

17 目覚め

 台所に立つ背中。味噌汁の匂い。朝の光が差し込むリビング。

 

「零、ご飯できたわよ」

 

 母さんが振り返る。いつもの笑顔。いつもの声。

 そうだ。俺は、普通の男子高校生だった。修学旅行中に異世界に転移なんて、するはずがなかった。あれは、時々見る変な夢でしかなかったのだと、俺はほっとした。

 

「……今行く」


 俺は答えようとした。でも、声が出ない。体が動かない。

 母さんの姿が、少しずつ遠ざかっていく。


「待って……待ってよ、母さん……」


 手を伸ばしても届かない。

 母さんが消えていく。光の中に溶けていく。


「母さん──」


   ◆


 目を開けると、見慣れない天井があった。木の板が並んでいて、隙間から光が漏れている。


「……ここは……」


 声が掠れた。喉がひどく渇いている。

 身体を起こそうとすると、全身に激痛が走った。


「っ……!」


 肋骨が軋む。腕も足も頭も、全てが痛い。痛くない場所を探す方が難しいくらいだ。

 

『意識の回復を確認しました』


 先生の声が響いた。

 

『覚醒から三秒経過。身体状況を報告します。肋骨三本にヒビ、左腕裂傷、全身打撲多数、筋肉繊維の部分断裂が複数箇所。オートモードの負荷により、全身に深刻なダメージが蓄積しています』

「……つまり、最悪ってこと?」

『はい。最悪です。安静期間は最低でも十日間を推奨します』


 十日。そんなに動けないなんて。

 周りを見た。狭い部屋だ。宿屋の一室らしい。窓から夕陽が差し込んでいる。俺は布団の上に寝かされていた。

 傍らには巴さんがいた。膝を抱えて座り、俺の顔を覗き込んでいる。彼女の目は真っ赤だった。


「レイ様……!」


 巴さんの声は震えていた。


「よかった……目が覚めましたか……」 


 涙が巴さんの頬を伝って落ちた。


「俺、どれくらい……」

「丸一日です。ずっと熱が下がらなくて」


 丸一日。そんなに意識がなかったのか。

 

「時雨さんは?」

「ご無事です。肩を斬られましたが、命に別状はありません」


 俺は心から安堵した。意識を失ってでも守った甲斐がある。


「すみません。心配かけて」

「謝らないでください」

 

 巴さんが俺の手を握った。冷たくて細い指に、力がこもる。


「レイ様が動いてくださらなければ、わたしも時雨様も死んでいました。……ありがとうございます」

 

 俺は何も言わず、ただ手を握り返した。


   ◆


 時雨さんが部屋に入ってきたのは、それからもう少し後のことだった。

 左肩には包帯が巻かれている。包帯には血が少し滲んでいた。


「起きたか」

「……はい」

「飯は食えるか」

「分かりません」

「とりあえず食え。食わないと治らん」


 時雨さんは、粥の入った椀を差し出した。巴さんが受け取り、俺の傍に置く。


「ありがとうございます」


 体を起こそうとするが、腕に力が入らない。巴さんが背中を支えてくれた。

 粥を口に運ぶ。味なんか分からなかった。でも、温かい。その暖かさだけが救いだった。


「すみません、足を引っ張ってしまって」

「馬鹿言うな」


 時雨さんがそっぽを向きながら言った。


「どういう理屈から知らんが、お前があの時暴れていなければ、俺も巴も奴らに殺されていた。礼を言うのは俺の方だ。謝んじゃねぇ」

「でも、結局報酬はもらえなかったですよね……荷物も奪われたし……」

「金なんて命があればまた稼げる」


 時雨さんが、少し目を大きくして座った。


「それより、あの時の動き。ありゃ何だ」

「……」

「お前、剣なんか握ったことないだろ。でもあれは素人にできる動きじゃねぇ」


 何と答えるべきか。先生のことは話せない。


「……火事場の馬鹿力、ってやつですかね」

「嘘が下手だな」


 時雨さんが吐き捨てるように言った。


「すみません」

「謝るな。聞かれたくないなら聞かない」


 時雨さんが立ち上がった。


「ただ、無茶はするな。死んだら元も子もねぇ」


 俺は深く頷いた。


「あと何日は動けない?」

「多分、五日くらいです」

「……長ぇな」


 時雨さんは眉をひそめた。

 

   ◆


 夜になった。

 巴さんは隣の部屋で休んでいる。時雨さんは見回りだと言って出ていった。

 俺は一人、布団の上に横たわっていた。


「先生」

『はい、マスター』

「ありがとう。助けてくれて」

『私の責務を果たしたまでです。マスターの生存をサポートすることが、私の存在意義ですので』

「でも、あの時……お前も焦ってただろ」


 少しの沈黙。先生は言葉を選んでいるようだった。


『……否定しません』

「やっぱり」

『マスターが危険な状況にあり、通常の手段では対処できないと判断しました。オートモードは最終手段です。使用するかどうか、迷いました』

「迷った?」

『はい。使用すれば、マスターは生存しました。しかし、身体へのダメージは予測を上回りました。私の判断が正しかったのか、正直分かりません』


 先生の声が少し小さくなった。


「決め手は何だったの?」

『マスターが、使用することを望んでいるように見えましたので』

「……分かってるじゃん」


 確かに俺は、自分がどうなってでも時雨さんたちを守ることだけを考えていた。


「先生の判断がなかったら、俺たちはきっと死んでた。だから、ありがとう」

『……感謝されることに、慣れていません』

「そう?」

『私はAIです。感謝される対象ではありません』

「……でも、俺は感謝してる。これからもよろしく、先生」


 長い沈黙が流れる。


『了解しました。これからも、マスターの生存をサポートします』


 いつもの機械的な声。でも、どこか温かみがあるように聞こえたのは、気のせいだろうか。

 俺は目を閉じた。体中が痛い。明日も痛いだろう。明後日も。

 でも、生きていればなんとかなるだろうという小さな希望を胸に俺は眠りについた。

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