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乱世に異世界転移したけど、相棒の脳内AIのおかげでなんとかなりそうです  作者: 葉泪 秋
「生存」

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16/40

16 現実

 仕事は、なかなか見つからなかった。

 酒場を回り、商会を訪ね、口入れ屋に顔を出す。三日間、足を棒にして歩き回ったが、まともな依頼は一つもなかった。

 

「用心棒なら間に合ってる」

「女子供を連れた浪人に任せる仕事はねえな」

「もっと腕の立つ奴を探してるんだ。悪いな」


 どこに行っても、答えは同じだった。

 時雨さん一人なら、仕事はあったかもしれない。でも、俺と巴さんがいることで、信用が落ちているのだ。

 足手まとい。

 その言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。


「気にするな」

 

 時雨さんは素っ気なく言った。


「仕事が見つかるまで、もう少し探すだけだ」

「でも……」

「でもじゃねぇ。余計なこと考えてる暇があったら、脚を動かせ」


 厳しい言葉。でも、時雨さんなりの励ましなのだと分かっていた。

 宿代が払えなくなり、俺たちは安い木賃宿に移った。狭い部屋に三人で雑魚寝する。壁の隙間から風が吹き込み、夜は寒さで目が覚めた。

 四日目の朝、ようやく仕事が見つかった。


   ◆

 

「護衛の依頼だ。荷物を隣町まで届ける。報酬は銀三枚」


 酒場の隅で、男が言った。

 四十がらみの小太りな商人。愛想のいい笑顔を浮かべているが、目だけが笑っていない。油断ならない光が、その奥に潜んでいた。


「俺は勘助だ。海堂商会で商いをしている」


 海堂。六大名家の一つ、交易の国だ。

 巴さんがこっそり耳打ちしてくれた。


「海堂は契約を重んじる国です。約束は必ず守られますが……その分、契約の穴を突くことにも長けています」


 嫌な予感がした。でも、選り好みしている余裕はなかった。


「条件は一つだけだ」


 勘助が人差し指を立てた。


「荷物の中身を開くな」

「……」

「届け先は道中で教える。質問は受け付けねえ。それでいいなら、契約成立だ」


 時雨さんが俺を見た。


「どうする」

「……受けましょう」

 

 俺は頷いた。金がなければ、飯も食えない。宿にも泊まれない。生き延びるためには、多少の危険は覚悟しなければならない。

 それが、この世界のルールだ。


「よし、契約成立だな」

 

 勘助が笑った。その笑顔は、どこか貼り付けられているように見えた。


   ◆


 翌朝、俺たちは荷車を引いて街道を歩いていた。

 荷車には布がかけられ、中身は見えない。重さからして、かなりの量が積まれているようだった。


『マスター。この依頼は危険度が高いと推測されます』


 先生の声が、頭の中に響く。


『荷物の重量と形状から分析するに、武器または禁制品の可能性があります。襲撃リスクは通常の護衛任務の三倍以上と推定されます』

「今更引き返せないって……」

『マスターの判断を尊重します。ただし、撤退ルートは常に確保しておくことを推奨します』


 俺は黙って頷いた。

 勘助は荷車の隣を歩きながら、上機嫌で鼻歌を歌っている。その余裕が、かえって不気味だった。


「レイ様」


 巴さんが小声で話しかけてきた。


「何か、嫌な予感がします……」

「俺もです」

「やはり……」

「でも、今はとりあえず進むしかないです」


 巴さんは黙って頷いた。その顔には、隠しきれない不安が浮かんでいた。


 山道に差し掛かったのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 木々が道の両側に迫り、視界が悪くなる。風が止み、鳥の声も聞こえない。

 嫌な静けさだった。


『警告。複数の人影を検知。前方および左右から接近中。包囲されています』


 しまった……!


『八名以上。動きに統制が取れています。野盗ではありません。訓練された兵士です』

「時雨さん……!」

「分かってる」


 時雨さんが刀に手をかけた瞬間──茂みから、男たちが飛び出してきた。

 八人。揃いの黒装束に、手には刀や槍。顔を布で隠している。野盗とは明らかに違う、知性を帯びた殺気を纏っていた。


「ちっ……嗅ぎつけやがったか……」


 勘助が舌打ちした。

 次の瞬間──勘助は荷車を捨てて走り出した。 

 一目散に、来た道を逆走していく。振り返りもしない。


「え……」


 俺は呆然とした。

 雇い主が、俺たちを置いて逃げた。守るべき荷物も、護衛も、全部捨てて。

 考える暇はなかった。


「来るぞ!」


 時雨さんの声。

 黒装束の男たちが、一斉に襲いかかってきた。

 

 時雨さんが刀を抜く。

 閃光。最初の一人が、胴を裂かれて倒れる。返す刀で二人目の首筋を斬り、三人目の槍を弾く。

 強い。時雨さんは間違いなく強かった。

 でも、いかんせん数が多すぎる。


「零、巴、逃げろ!」


 時雨さんが叫んだ。四人を相手にしながら、必死に道を開けようとしている。


「巴さん、こっち!」


 俺は巴さんの手を引いて走り出した。茂みを掻き分け、木々の間を駆け抜ける。

 逃げなければ。今の俺に戦う力はない。時雨さんの邪魔になるだけだ。

 でも──


「見つけたぞ」


 冷たい声が、背後から聞こえた。

 振り返る間もなかった。首根っこを掴まれ、地面に叩きつけられる。


「がっ……!」


 背中から落ちた。肺の中の空気が、一気に押し出される。息ができない。視界が明滅する。

 

「逃げるなよ、坊主」

 

 男が、俺を見下ろしていた。布で顔を隠しているが、目だけが冷たく光っている。

 もう一人が、巴さんを捕らえていた。腕を後ろ手に捻り上げられ、巴さんが悲鳴を上げる。


「レイ様……!」

「巴さ──」


 言葉は、拳で遮られた。

 顔面に衝撃。鼻の奥で何かが砕ける音がした。温かいものが唇を伝って流れ落ちる。鉄錆の味が口の中に広がった。


「黙ってればいいんだよ、お前は」


 蹴りが腹に入った。

 胃の中身が逆流しそうになる。体を丸めて耐えようとしたが、また蹴られた。背中、脇腹、太もも。容赦のない暴力が、全身を打ち付ける。


「ぐ……っ、あ……!」


 声にならない悲鳴が漏れた。

 肋骨が軋む。ミシミシと、嫌な音が体の内側から聞こえる。


「おいおい、あんまり壊すなよ。人質にならなくなる」


 リーダーらしき男の声。笑いが混じっていた。


「こんなガキが護衛とはな。舐められたもんだ」


 男が俺の髪を掴み、顔を持ち上げた。目の前に、嘲笑う目があった。


「なあ、坊主、お前に何ができるんだ? 剣も使えねえ、力もねえ。何でこんな仕事受けたんだ?」

「……」

「ああ、金か。金が欲しかったんだな。可哀想に」

 

 笑い声が響いた。男たちが俺を囲んで笑っている。

 屈辱だった。

 何もできない。何も言い返せない。殴られて、蹴られて、笑われて。

 また、この状況か。この世界に来てから、何度同じ目に遭えばいい。何度踏みつけられれば、学習できるんだ。この男たちに対する、「どうして人にそんなことができるんだ」という憤りを、自己嫌悪が上回る。俺はいつまで弱いままなんだ。


「レイ様……! レイ様……!」


 巴さんの声が聞こえる。必死に俺を読んでいる。でも、体が動かない。


『マスター』


 先生の声が響いた。

 いつもと違う。冷静な分析の声じゃない。


『緊急事態です。オートモードへの移行許可を要請します』

「……本気か……?」

『私がマスターの身体を一時的に制御します。今のマスターでは対処不能です。──許可を」


 先生の声に焦りのようなものが混じっていた。初めて聞く響きだった。


「やれるのか……?」

『やります。──今すぐに」


 俺は歯を食いしばった。


「……許可する」

『了解。オートモード、起動』


 一気に体の感覚が変わった。

 痛みが消えたわけじゃないが、身体が勝手に動き出す。まるで誰かに操られているように。

 俺を踏みつけていた男の足を掴み、引き倒す。


「なっ──」


 男が体勢を崩した隙に、俺は立ち上がっていた。自分の意思じゃない。先生が動かしている。


『左から攻撃。回避します』


 横へ跳ぶ。拳が空を切る。


『反撃。喉を狙います』

 

 俺の拳が男の喉に突き刺さった。男が呻いて膝をつく。


「こ、このガキ……!」


 別の男が刀を抜いた。


『武器を奪取します。タイミングを計算中──今』


 俺は男の懐に飛び込んだ。腕を掴み、捻り、刀をもぎ取る。生まれて初めて握る刀はやけに重く感じた。


「がっ──」


 男の腹を蹴り飛ばし、距離を取る。

 刀を構える。構え方なんて知らない。でも、先生が体を動かしている。


『マスター。警告します。この身体は訓練されていません。オートモードの継続は深刻なダメージを与えます』

「時雨さんと巴さんの生存が最優先だ……! 死なない程度に無理をしてくれ」

『了解。限界まで継続します』

 

 巴さんを捕らえていた男に斬りかかる。男が慌てて巴さんを突き飛ばし、武器を構えた。

 剣戟。先生の分析で相手の動きが読める。でも、俺の身体がついていかない。

 斬られた。腕から血が噴き出す。


『損傷確認。継続可能です』


 痛みを無視して踏み込む。先生の指示通りに体が動き、男の肩を薙いだ。


「ぐあっ……!」


 男が倒れると同時に、巴さんが自由になった。

 

「レイ様……!」

「巴さん、逃げて!」


 声を出す余裕があった。まだ俺の意思が、少しだけ残っていた。

 残りは三人。時雨さんと戦っていた連中がこちらに気づいた。


「何だあのガキ、急に──」

 

 その隙を、時雨さんは見逃さなかった。

 背後から一閃。一人が倒れる。

 もう一人に斬りかかる時雨さんの背中を、別の男が狙った。


『マスター。時雨が危険です。介入します』


 俺は走り出した。もう限界だった。足は悲鳴を上げ、肋骨は軋み、視界はぼやけている。

 でも、止まれない。

 時雨さんを狙う男の背中に、体当たりした。


「がっ──」


 男がよろめく。その隙に時雨さんが振り返り、男を斬り伏せた。

 最後の一人が逃げ出す。時雨さんが追おうとしたが、足を止めた。


「……逃げたか」


 時雨さんは追わずに、こちらを振り返る。


「零──」


 時雨さんのその声を聞きながら俺は崩れ落ちた。


『オートモード、終了。マスターの身体損傷は深刻です。意識維持が──』


 先生の声が遠ざかっていく。

 視界が暗くなる。最後に見えたのは、駆け寄ってくる時雨さんと巴さんの姿だった。


「零!」

「レイ様──!」


 その声を聞きながら、俺はそっと目を閉じた。

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