15 三人
「レイ様にお仕えすることが、わたしの使命でございます」
巴さんが、俺の前に正座した。土砂降りの雨を背景に、まるで神殿で祈りを捧げる巫女のように。
「いや、だから……」
「この命、全てレイ様に捧げます」
「思いって……!」
先生、何とか言ってやってくれ。
『彼女の信仰心は、論理的説明で覆る段階を超えています。何を言っても無駄でしょう。放置を推奨します』
「役に立たないな……」
時雨さんが、雨音に紛れて小さくため息をついた。
「……懲りねぇな」
◆
雨は半刻ほどで上がった。
俺たちは再び歩き始め、日が暮れる頃に小さな宿場町に辿り着いた。
宿を取り、久しぶりにまともな部屋で休むことができた。畳の匂いが懐かしい。この世界にも畳があることに、少し驚いた。
「さて……」
時雨さんが、部屋の真ん中に座り込んだ。俺と巴さんも向かい合って座る。
「これからのことを話す」
時雨さんの目が、いつも以上に真剣だった。
「俺たちは今、二つの厄介事を抱えている」
「二つ……」
「一つは白蓮。巴を追っている連中だ」
巴さんの肩が、微かに震えた。
「もう一つは……」
時雨さんが、一瞬だけ言葉を切った。
「霧島だ。俺を追っている」
「時雨さんも……追われてるんですか」
「ああ。懸賞首だ。額は知らんが、それなりにはかかっているだろう」
さらりと言ったが、重い言葉だった。
「白蓮と霧島。どちらも六大名家の一角だ。正面からやり合えば、俺たちに勝ち目はない」
「……」
「だが、逃げ続けるにも限界がある。金がいる。力がいる。情報がいる」
時雨さんは俺を見た。
「お前の力は、使える。橋の強度を見抜いた時も、野盗の待ち伏せを察知した時も、天気を呼んだ時も。普通じゃねぇ」
「それは……」
「詮索はしねぇ。だが、その力がある限り、俺たちは生き延びられる確率が上がる」
時雨さんの言葉に、先生の声が重なった。
『マスター。時雨の分析は的確です。私の能力をチームで活用することで、生存確率は向上します』
「ドヤんなよ……」
「巴」
時雨さんが、巴さんの方を向いた。
「お前にできることは何だ」
「わ、わたしですか……」
巴さんは少し考えてから、おずおずと答えた。
「読み書きができます。白蓮の寺院で教わりました」
「他には」
「薬草の知識が少しあります。簡単な怪我の手当なら……」
「それから、白蓮の内情にも詳しいな」
「は、はい……」
時雨さんが頷いた。
「……読み書きができる人間は貴重だ。薬草の知識も、この先役に立つ」
巴さんの声が、少しだけ明るくなった。
「俺は戦う。お前らの命は、俺が守る」
時雨さんが立ち上がった。
「だが、俺一人じゃ限界がある。零の目と、巴の知識。三人で補い合えば、生き残れる確率は上がる。零は状況判断は得意だが、世間のことを全く知らねぇしな」
「時雨さん……」
「勘違いするな。仲間ごっこがしたいわけじゃねぇ。利害が一致してるから組むだけだ」
冷たい言葉。でも、その目は冷たくなかった。
「俺たちは……仲間、なんですかね」
俺は思わず聞いていた。
時雨さんは一瞬だけ黙り、それから肩をすくめた。
「さあな。仲間って言葉は、俺には重すぎる」
「……」
「ただの寄せ集めだ。生き延びるために集まった、はぐれ者の群れ。それでいいだろ」
巴さんが、静かに口を開いた。
「わたしは……レイ様のお側にいられれば、それだけで十分です」
「だから、その呼び方はやめてほしいんですけど……」
「レイ様はレイ様です」
聞いていなかった。
『マスター。参考までに申し上げますと、三人でチームを組んだ場合の生存確率は、単独行動時と比較して32%向上します』
「今言う必要あったかな、それ」
『合理的な判断を後押しするためです』
「言われなくても決めてるから」
俺は二人を見た。
時雨さんは無表情で、巴さんはキラキラした目で俺を見つめている。
変な組み合わせだ。浪人と、元巫女と、異世界から来た高校生。
でも、一人じゃない。
それだけで、少しだけ心強かった。
「……よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
「よろしくお願いいたします、レイ様、時雨様」
「……ああ」
時雨さんは短く答えて、窓の外を見た。
「明日から仕事を探す。金がなきゃ始まらねぇからな」
「ですね」
「分かりました」
夜が更けていく。
窓の外には、雨上がりの星空が広がっていた。この世界の星座は、地球とは違う。見たこともない星々が、静かに瞬いている。
俺は布団に横になりながら、天井を見つめた。
母さん、俺、仲間ができたよ。
仲間って呼んでいいのか分からないけど、一緒に歩いてくれる人ができた。
まだ弱い。まだ何もできない。
でも、もう一人じゃない。
それだけで、生きていける気がした。




