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『生存確率0.02%』から始まる異世界転移 ~データなしのポンコツAIが相棒になったけど、強すぎる分析能力で戦乱の世を生き延びる~  作者: 葉泪 秋
「生存」

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10/15

10 手綱

「こいつ、普段は大人しいんだが、今日はどうも機嫌が悪くてよ。あんたなら乗れるかもしれん」

「いやいや、だから乗れないですって──」

『マスター。これまでの実績から推測すると、落馬する確率は87%です。頭部を強打した場合、私との通信に支障が出る場合があります。ご自愛ください』

「それ、心配してるようで自分の心配だよな」

『私の機能維持はマスターの生存に直結します。合理的な懸念です』


 馬商人が首を傾げている。そうだ、俺がブツブツ独り言を言っているように見えるんだ。


「あ、いや、なんでもないです」

「で、乗ってみてくれるか?」


 断ろうとしたが、馬と目が合った。黒くて大きな瞳、女子高生が憧れそうなほどに長いまつ毛。怖がっているような、期待しているような、不思議な目だった。


「……わかりました。やってみます」


 俺は馬の横に立ち、鎧に足をかけた。見様見真似だ。そのまま体を持ち上げて──跨った。 

 不思議な感覚が体を駆け抜ける。馬の背中の揺れが、呼吸が、体温が、まるで自分の体の一部のように感じられる。

 

「……あれ?」


 怖くない。不安定な感じがしない。手綱を握る手、足の位置、腰の据え方──全部が「正しい」と体がわかっている。


「軽く走らせてみな」


 馬商人が言った。俺は手綱を軽く引き、脚で馬の腹を軽く挟んだ。

 馬がスムーズに歩き出す。歩様が上がり、小走りになる。風を切る感覚。馬と一体になっている感覚。


「え、ちょっと、なんで俺……!」


 ……ああ、そうか。小学生の時、母さんに無理やり通わされてた乗馬クラブか……。あの時は嫌で仕方なかったけど、まさかこんなところで役に立つとは。


『驚異的です。マスターの騎乗姿勢は熟練者と同等の安定性を示しています』

「なんでだよ!」

『前世で騎兵だった可能性を提案しますが、非科学的なので却下します』

「前世は普通の高校生だよ! いや、死んではいないから今世なのか……?」

 

 広場を一周して戻ってくると、馬商人が目を丸くしていた。

 

「おいおい……本当に初めてなのか? 嘘だろ?」

「本当です。自分でも訳わかんないんですけど」


 馬から降りて、時雨さんの方を見た。

 時雨さんは、じっと俺を見つめていた。いつもの冷たい目じゃない。そこには──何か、光のようなものがあった。


「……へぇ」

「な、なんですか」


 時雨さんが、薄く笑ったように見えた。俺が初めて見る、前向きな表情だった。


「お前、剣は壊滅的だが……」

「あ、まず否定から入るんですね」

「これは面白いことになったかもしれねぇな」


 その言葉に、希望が混じっていた。初めて聞く声だった。


   ◆


 馬商人は俺に銅銭百枚を握らせてくれた。


「助かったよ、兄ちゃん。あのままだったら誰か怪我してたかもしれねえ」

「もう既に何人か怪我してますよ」

「……また来な。馬、安く貸してやるよ。あんたみたいに乗れるやつは貴重だからな」


 都合の悪い話は無視された。

 思いがけない臨時収入と、今後に繋がる縁。悪くない一日だった。

 宿への帰り道、時雨さんが口を開いた。


「馬に乗れるなら、使い道が広がる」

「使い道?」

「斥候、伝令、逃走……戦えなくても、動けるやつは重宝される」

「……俺でも、役に立てますかね」

「さあな」


 時雨さんは前を向いたまま、淡々と言った。


「使えるかどうかは、これからだ」


 夜、宿の布団に横になりながら、俺は天井を見つめていた。


「なあ先生、なんで俺、馬に乗れたんだろう?」

『不明です。ただし、仮説はあります』

「仮説?」

『マスターの「生き延びたい」という強い意志が、無意識に最適な行動を選択させている可能性があります』

「なにそれ、根性論じゃん」

『非科学的ですが、現状それ以外に説明がつきません。不本意です』


 俺は思わず笑った。


「先生が不本意って言うの、初めて聞いた」

『……誤りのある発言です。過去に一度使用しています』

「あぁもう細かいな……先生も少しは人間っぽくなってきたんじゃない?」

『人間ではありません。AIです』

「もうちょっとコミュニケーションは上手になって欲しいもんだよ」


 俺は目を閉じた。

 まだ何も変わっていない。弱いし、戦えないし、右腕もまだ痛む。

 でも──少しだけ、希望が見えた気がした。

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