9 元婚約者と決闘?
あっという間に決闘に日になった。
侍女仲間も仕事を早々に切り上げて広場に集まっている。
丸い形をした演習所に設けられている観客席は満席だ。
騎士や侍女やその他大勢の人が見学をしに来ている。
決闘なんてものが行われるのは数十年ぶりらしく、見物人はお祭り騒ぎだ。
時間ぴったりに会場に向かった私を一番前に座っていたジェナとナタリーが手を振っているのが見えた。
私が来たことで会場に集まっている人の視線が集まり居心地が悪い。
「遅いわよー。ユリウス様に頑張ってって差し入れでもするのかと思ったわ」
気軽に言うナタリーに私とジェナの声が重なる。
『差し入れなんて出来るわけないでしょ!何が原因で可笑しくなったと思っているのよ』
私とジェナに言われてナタリーは首をすくめた。
「忘れてたわ。ユリウス様が可笑しくなったのミレイユが作ったクッキーだものね」
「……違うと思いたいわ」
やっぱりクッキーが原因なのだろうかと思い始める。
少し落ち込んでいる私の肩を押してジェナは席に座らせた。
「ほら、アンタの為に一番前の席を取っておいてあげたから。しっかり応援しなさいよ」
「迷惑じゃない?」
「誰の為に戦うと思っているのよ。ユリウス様が可愛そうじゃない」
「わかっているわよ。ちゃんと応援するわ!トリスタンを一発ぶん殴ってほしいし」
握りこぶしを作って殴る仕草をする私を見てナタリーとジェナは手を叩いた。
「そうよその調子!」
「よっ、毒を入れて男を狂わせた女!」
私は慌ててナタリーの口を塞いだ。
「変なこと言わないでよ。毒を入れたって誰かが信じたらどうするのよ!」
小声で注意をしていると後ろからルーク様の声が聞こえてきた。
「毒を入れてたら面白かったけれどね」
騎士団の人達とルーク様そして騎士団長も私たちの前に立っている。
柵の向こう側でニヤニヤとしている集団を見てまたげんなりしてしまう。
私とユリウス様を面白おかしく噂をしている様子が想像できる。
「だから入れていませんって」
げんなりしている私にルーク様と騎士団長は頷いた。
「まぁこの数日でミレイユ嬢の身辺を調べたけれど怪しい動きは無かったね。むしろ実家に送っているお金が多くて大変だなと思うよ」
健気だねぇとルーク様に同情的に見られる。
「仕方ないじゃないですか。実家は今葡萄が不作なんですよ。父はそんなにお金はいらないと送り返してきますけれど、気が済みませんから」
「偉いねぇ」
私たちの話を聞いていたジェナとナタリーがコソコソと話しているのが聞こえてきた。
「毒を入れていないなら、ミレイユ聖女説が濃厚なのかしら?」
「聖女なら実家のブドウが不作とかありえないでしょ。聖女って豊作にできる力があるんでしょ。実家は没落寸前よ」
「ほら、聖女として力がまだ無いからとか?あ、でもトリスタンの事毛嫌いしているじゃない。他人の悪口を言うような聖女なんて居ないわよねぇ」
バカにしたように笑っている二人を私は睨みつけた。
「聞こえているわよ!」
「まぁ、まぁ。面白い試合になるだろうから応援してあげてよ」
ルーク様がそういって指を刺した先にユリウス様が歩いてくるのが見えた。
黒い騎士服はいつもと同じだが、剣は刃をつぶした物らしく鞘から抜いた状態だ。
ゆっくりとこちらに歩いてくるとルーク様とジェナ達が手を振った。
ユリウス様が近づいてくるとルーク様はニヤニヤと笑いながら肩を叩く。
「変なもの食べてないだろうな」
「気を付けているから大丈夫だ」
チラリと私を見て言うユリウス様に申し訳なくなってくる。
やっぱりクッキーが原因なのだろう。
「本当に申し訳ないです。勢いでこんなことになってしまって……」
ユリウス様にしてみればトリスタンの事だって完全に巻き込まれた形だ。
気落ちしている私にユリウス様は軽く首を振る。
「ミレイユが気にする必要は全くない。すべて俺の責任だ」
「おっ、今はまともだな。一体何が原因で可笑しくなるんだろう?」
ユリウス様をまじまじと見ているルーク様にみんなが頷いている。
「……確かに、普通ですね」
私に対する変な言動がない。
じっと見つめているとユリウス様は居心地が悪くなったのか顔を逸らして闘技場の中央へと歩いて行ってしまった。
すぐにトリスタンも闘技場へとやって来た。
ユリウス様と同じ騎士服を着ているが、一番上のボタンを外して着崩している。
トリスタンはカッコいいと思っているだろうが、ただのだらしがない人に見えるだけだ。
いけ好かないトリスタンは弱いくせになぜか自信満々だ。
剣を肩に担いでユリウス様の前に立つと偉そうにユリウス様を指でさした。
「俺が強いの証明して見せますよ!いつも俺は手を抜いているだけですから!」
「馬鹿がバカなことを言っているぞ」
団長は腕を組んで面白そうに言った。
ジェナ達も頷いている。
「何が本当は強いよ。体力もつけず遊びまわって努力もしない人が隊長クラスに敵うわけないじゃないねぇ」
バカにされているのが聞こえたのかトリスタンは顔を真っ赤にしている。
「お前ら今に見ていろよ。僕が勝っても愛人になんかしてやらないからな」
「土下座されても嫌よね」
大きな声で言うジェナに会場に居た女性達が一斉に頷いている。
私だけがトリスタンを毛嫌いしていたわけではないとわかり少しだけホッとした。
私が婚約破棄された頃、トリスタンはそこまで女性の敵ではなかったがやっと本性が皆に伝わったのだろう。
「団長。出ました」
一人の騎士が走ってくると騎士団長にコソコソと紙を渡しているのが見えた。
団長はその紙を見てにんまりと笑う。
「でかした。馬鹿だからすぐに動いたな」
バカと名が付けば大体トリスタンの事だ。
きっとまた何かやらかしたのだろう。
「あとは試合が始まってどうやって馬鹿が動くかだな」
団長が呟くと、試合を始める号令が聞こえる。
審判はルーク様だ。
二人の真ん中に立っているルーク様は面白そうにニヤニヤ笑っている。
絶対に面白がっている。
ユリウス様はトリスタンに力強く剣を振り下ろした。
トリスタンは必死の形相で剣を受け止める。
「おー、いっちょ前に剣を受け止めているぞ」
カラカラと笑う団長に、私は眉をひそめた。
私が思っている以上にトリスタンは剣が強いのかしら。
まさかユリウス様が負けるなんてことが無いだろうかと不安になってくる。
ユリウス様は本調子ではないはずだ。
トリスタンは勢いに任せて剣を振り上げてユリウス様に斬りかかった。
が、それを軽くあしらわれてトリスタンはもたもたと足がついて行かずバランスを崩す。
「ほら、筋力を鍛えてねぇからすぐにバランスを崩すんだよ」
団長が言うと他の騎士達も頷いている。
バランスを崩したトリスタンは上着のポケットから小瓶の様なものを出すとユリウス様の顔に液を掛けた。
ユリウス様は顔を顰めて手の甲で液体を拭ってからトリスタンに剣を振り下ろした。
それを避けてトリスタンはユリウス様から距離を取った。
「バカが何か液体をかけましたよ」
騎士が言うと、団長は頷いた。
「見えたな。この会場に居る人間が目撃者だな」
「確かに何か液をかけたわ。目つぶしか何かかしら」
ジェナは面白そうに言うが私は立ち上がって団長の元へ向かう。
「あの、試合を中止にしないんですか?」
もし変な薬だったら大変だ。
トリスタンは明らかに騎士として正々堂々とした試合をしていない。
団長は首を振る。
「まだ中止にしない。一体何をかけたか不明だからな」
「そんな、ユリウス様は大丈夫かしら」