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送って行こうというユリウス様と二人で歩く。
何度断ってもユリウス様は私を女子寮まで送りたいようだ。
「あの、今って正常に戻っています……よね?」
庭園を抜けて草木が茂る細い路地に入ると人の気配が無くなる。
うっそうと茂雑草を眺めながら恐る恐る聞くとユリウス様はしっかりと頷いた。
「正常だ。いつも迷惑をかけてすまない」
軽く頭を下げるしぐさをされて私は手を振った。
「とんでもないです!私の方こそすいません!」
「ミレイユこそ被害者だろう。トリスタンは一度きっちりしておかないといけない。ミレイユだけでなく他にもいろいろと問題を起している奴だ」
「それはありがたいんですけれど、本当に大丈夫です?」
「俺がトリスタンに負けるとでも?」
威圧的な雰囲気を醸し出すユリウス様が少し恐ろしくて私は首を振る。
「あんな馬鹿相手にするとユリウス様の評価が下がります」
「ミレイユの評価が下がらなければ問題ない」
サラっというユリウス様の顔を見る。
まさかまたおかしくなったかと様子を伺うが、可笑しくなっている様子はない。
「今、正気ですよね?」
「正常だ。問題ない」
ユリウス様はそう言った後に眉をひそめた。
とても体調が良さそうに見えず心配する私にはっきりと答えてくれる。
「無理に決闘なんてしなくてもいいんですよ」
「いや、絶対に決闘はする。あいつをぶん殴ってやらないと気収まらない。正式に何発もぶん殴れる機会は決闘しかないからな」
「そうですか」
拳を握りしめるユリウス様はやる気がみなぎっている様子だ。
トリスタンをぶん殴ってくれるのはありがたいが、私のせいで余計な苦労をさせているようで申し訳ない気持ちになる。
何とか彼の負担にならないようなことは出来ないだろうかと考えてると木の根っこに足を取られ躓いてしまう。
「うわっ」
バランスを崩し無様に地面へ叩きつけられそうになった私は覚悟を決めて目を瞑ったがユリウス様の大きな手が私の腰を掴んで引き戻してくれた。
「ひぃ」
グイっと力強く引き寄せられて変な声が出てしまったが、ユリウス様のおかげで転ぶのを避けることが出来た。
ユリウス様の厚い胸にしがみついてしまった私は慌てて手を離す。
「す、すいません。助かりました」
身を引こうとするがユリウス様の手が私の腰に固定されて身動きが取れない。
ギュッと抱きしめられて頭がパニックになる。
ユリウス様はまたおかしくなってしまったのだろうか。
胸が高鳴りながら顔を上げると、ユリウス様は辛そうな顔をして首を振った。
「すまない」
パッと手を離されてユリウス様の体温が離れていく。
「いえ、危うく転ぶところでした。ありがとうございます」
ドキドキする胸を押さえつつ軽く笑って言うとユリウス様もほのかに微笑んでくれた。
「そうか」
静かにそう言ったユリウス様の顔がとても綺麗で私の胸はまた高鳴る。
フワフワとした気分でユリウス様に女子寮まで送ってもらい、彼の背中を見送る。
何となく、ユリウス様の事が好きだなと思い始めてため息をついた。
彼は何か可笑しな思考になって私に優しくしてくれているだけだ。
絶対にこの恋は実らない。
もう一度ため息をつくと、肩を叩かれた。
振り向くと侍女仲間のナタリーがニヤニヤしていた。
「見たわよー。ユリウス様に送ってもらっちゃって!やるわねぇ」
揶揄うように背中を人差し指でツンツンされて私は身をよじった。
「何もなかったわよ!可笑しくなったユリウス様が引くに引けなくなった状態で大変だったんだから!」
「知っているわよ。馬鹿なトリスタンとユリウス様が決闘するんですってねそれも明後日」
「早いわね……って、明後日ですって?」
情報が回る速さと、私の知らないことをさらりと言われて目を丸くする。
「速攻で団長が決めて報告書を出して許可を取ったみたいよ」
「早いわよ!今さっきよ!トリスタンと決闘が決定したの!」
「うふふっ。みんな楽しみにしているのよ。トリスタンが正々堂々と決闘なんてするはずが無いから何をするかみんな期待しているわよ」
「……確かに。性格が酷いトリスタンは卑怯なことをしそうだわ」
私が納得をしているとナタリーは面白そうに頷く。
「これは私の憶測なんだけれど、トリスタンがもし卑怯なことをしたら速攻で辞めさせるんじゃない?そのための決闘だったりして」
「……ありそうね。というかそうであってほしいわ。あの男が同じ城で働いているのが本当に嫌なのよね」
眉を顰める私にナタリーは頷いた。
「あいつがまだ働きだした頃はちょっと顔がいいから女と遊び放題だったろうけれど、結婚して子供もいるくせに愛人を作ろうとしているなんて最低よね。しかもそれを隠そうともしないし!」
「たしかに、どうしてあんなに堂々と言ったのかしらね」
「頭が悪いのよ」
はっきりというナタリーに私は声を上げて笑った。
大嫌いなトリスタンをそこまで言ってくれるとかなりスッキリする。
「ありがとう。なんだか落ち込んでいたけれど元気が出たわ」
笑いながら言うとナタリーは軽く眉を顰める。
「落ち込むことなんて無いじゃない。ミレイユは何も悪い事はしていないわよ」
「ありがとう」
お礼を言う私をじっと見てナタリーは小さな声で聞いて来た。
「ねぇ、本当に毒物とか入れてないの?ユリウス様の変わり方は変よ」
「入れてないわよ!」
「まぁ、ミレイユが毒を入れていても私はアンタの友達だから」
両肩に手を置かれて同情的に言われるが私は首を振った。
「だから入れてないってば」