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「怪我は無いか。コイツに酷いことをされなかったか?」
私の体を念入りに調べながらユリウス様は聞いてくる。
まるで大切なお姫様を扱うように丁寧な仕草をされて私の顔が赤くなる。
「大丈夫です!」
「もし次にミレイユに触れたら、お前を殺すからな」
ユリウス様に睨みつけられてトリスタンは不服な顔をする。
「ミレイユは俺の元婚約者だ。隊長こそ関係ありませんよ」
「なんだと!元婚約者がミレイユに何の用があるんだ!」
「ミレイユが隊長に迫られて困っているようだから俺が慰めてあげようと思っただけですよ。こう見えてミレイユはまだ俺の事が好きなんですよ」
知らなかったんですかというように馬鹿にして言うトリスタンに私は怒りで顔が赤くなる。
「私はあなたの事なんて最初から何とも思っていませんでした!親同士が決めた結婚でしたから仕方なく従っていましたけれど、お金を使い込んだ挙句複数の女と関係を持つような人なんて大嫌いよ!」
勢いに任せて言うと見学していた騎士からなぜか拍手が上がった。
トリスタンはあまりの言われように口をパクパクさせると、私を指さす。
「ミレイユが俺と関係を持たないからだろう!何が結婚をするまで手を出すなだ!俺だって遊びたくなるよ」
「はぁ?」
ユリウス様達の前だという事も忘れておおきな声を出した私にまたなぜか騎士達から拍手が上がった。
「普通のお嬢様は結婚するまで身は潔白なものなんだよ」
騎士団長が呆れながら言うと私とユリウス様にさっさと去れというように手を振った。
この場を離れてもいいものかと首を傾げる私に団長はユリウス様を顎で指す。
「ミレイユ嬢今日はもう帰っていいぞ、侍女長には俺が言っておく。ユリウス送っていけ。このままだとトリスタンをぶっ殺してしまいそうだからな」
騎士団長が言うようにユリウス様はトリスタンを睨みつけて今にも斬りかかりそうな雰囲気だ。
私よりも怒っている様子に慌ててユリウス様の腕を叩いた。
「あの、早くこの場から離れましょう」
「ミレイユがそう言うなら仕方ない。命令してくれればいつでもトリスタンを殺してやるから」
怒りをあらわにして言うユリウス様はやはり普段とは全く別人に思える。
いつも必要以上の事は言わないタイプだと思っていたが、これだけ感情を現れにする姿も珍しい。
恐ろしい反面、守られているような気がしてそれはそれで嬉しくなる。
トリスタンに嫌悪感を感じていたからなおさらだ。
騎士団の隊長であるユリウス様はやはり頼りがいがある。
私の代りに怒ってくれる人が居て、トリスタンへの怒りが少しだけ収まった。
ユリウス様はトリスタンを睨みつけると私の背を押して歩き出した。
トリスタンは不満そうに団長に文句を言っている声が聞こえてくる。
相変わらず自分勝手で、どうしようもない馬鹿だ。
トリスタンと団長の言いあっている声を聴きながら図書室から離れ、渡り廊下を歩く。
私とユリウス様が並んで歩いているのを遠巻きに見ている人たちがいる様子にそっと息を吐いた。
これだけ注目されていたらまた噂されるだろう。
トリスタンの事はどうでもいいが、ユリウス様は真面目なだけに申し訳ない。
もし、婚約者や付き合っている人が居た場合はそのお相手は気分が悪いだろう。
私の背を押して歩いているユリウス様をチラリと盗み見る。
整った顔に、少しミステリアスな感じがする黒い髪の毛。
鍛え抜かれた体は大きすぎず、頼りがいがある。
トリスタンのようにヒョロリとも団長のように筋肉ががっしりと着いているわけではない。
程よく逞しい体つきをみてこれは女性達の注目の的だと頷ける。
「あの、ユリウス様。ちょっと聞きたいことがあるんですけれど」
もしユリウス様に恋人や婚約者がいた場合今の状況は問題だ。
プライベートなことを聞いていいものか悩みながらもユリウス様を見上げた。
「何だろうか。俺に答えられることなら何でも聞いてくれ」
爽やかな笑顔を見せるユリウス様は正常でない様子だ。
それでも勇気を振り絞って聞いてみる。
「あの、恋人とか婚約者の方とかおられます?もしいたら、この状況は良くないですよね」
「俺に恋人や婚約者も居ない。ずっとミレイユ第一だから安心してくれ」
笑みを称えて言うユリウス様に胸がドキドキと高鳴る。
結婚をするなら自分を第一に考えてくれて、愛してくれる人が良いと思っていた。
私に対するユリウス様は理想そのものだ。
大切に扱ってくれて、危機になると駆けつけてくれるそんな理想の男性が存在しているのだ。
思わず好きになりそうになり慌てて首を振った。
ユリウス様は可笑しくなっているのだ。
それも私のせいかもしれない。
ユリウス様に迷惑をかけておいて好意を寄せるなんてこれ以上の迷惑は無いだろう。
私が黙っているとユリウス様は心配そうにのぞき込んできた。
「どうした?やはり体調が悪いのか?」
「なんでもないですよ。ユリウス様こそ大丈夫ですか?」
まだ様子が可笑しいユリウスを心配して言うと彼は何度か瞬きをした。
その後長いため息をついて顔を逸らしうつむいた。
「大丈夫ですか?」
ユリウス様こそ体調が悪くなったのかと心配すると彼は低い声を出す。
「……大丈夫だ。俺はどうかしてしまったんだ、申し訳ない」
地面にめり込みそうなぐらい落ち込んでいるユリウス様の声は低い。
「あ、戻りました?元に戻って良かったです。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。体に異変があるとかではないんだ、勝手に口と体が動くというかなんというか……」
ユリウス様が口ごもって言うために良く聞こえないが、大丈夫だという言葉を信じて私は頷いた。
「私のせいですかね?本当に何も入れていないんです。ジェナに付き合って差し入れのお菓子を一緒に作っただけなんです」
「そうだろうな。ミレイユは悪くない。……問題は俺だ」
俯きながら言うユリウス様に私は首を傾げる。
「ユリウス様が問題なんですか?思い当たる事でもあるんですか?」
「いや……ない」
自信なさそうに言うがユリウス様は何が原因か分かっている様子だ。
しかしこれ以上は語ってくれそうにない。
仕方なく私は頭を下げた。
「あの、ここまでで大丈夫ですよ。ありがとうございました、後は一人で帰れますので」
「いや、女子寮まで送らせてくれ」
顔を上げてはっきりというユリウス様に私は頷いた。
断るという選択肢が無いような迫力を感じたからだ。
「ありがとうございます」
「……迷惑だろうか」
捨てられた子犬のような表情をされて私は首を振る。
「とんでもない。ありがとうございます」
私が言うとユリウス様は微かに微笑んだ。
城の広い敷地内の中に女子寮と男子寮がある。
広い庭園を横切って、裏へ回り込みながらユリウス様と並んで歩いた。
しばらく無言で歩いていたが、ユリウス様がおずおずと聞いてくる。
「立ち入ったことを聞いて申し訳ないが、トリスタンにまだ気があるようなら俺はとんでもないことをしてしまったのだろうか」
申し訳なさそうに言うユリウス様に私は顔を顰めながら首を振る。
「助かりましたよ。トリスタンなんて一度も好意を持ったことはありませんから!最初は親同士が決めた結婚相手で年もちょうどいいし同じ城で働いているから仲良くしようと思いましたけれど、あの性格を好きになれると思います?」
トリスタンの事を思い出すだけで腹が立ってくる。
そもそもあの性格が初めから気に入らなかった。
ユリウス様は私の話を黙って聞いて頷いてくれる。
「あの男、自分が大好きで、自分の事を嫌いな女性なんて居ないと思っているんですよ。女遊びも酷くて!他に女を数人作ってそのうちの一人が身ごもったからその人と結婚するか、お金をだしてくれたら何とか処理しますって言われて嫌悪感しかありませんよ。しかも、私が家を出てから我が家の事業が傾いたからってその後婚約破棄したいって言われたんですよ!あっちの家から!こっちから願い下げだって言ってやりましたよ!」
捲し立てるように文句を言う私をユリウス様は嫌な顔をせず聞いてくれる。
「そうか。トリスタンの事をそこまで嫌っていると知れて良かった」
穏やかに言うユリウス様に私は頷いた。
やっぱりユリウス様は素敵だわ。