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「少し可笑しくなっているユリウス様の邪魔をしたらぶっ殺されそうじゃない?」
ジェナに言われて私は頷く。
「わかるわ。あの人騎士団の隊長をやっているぐらい剣が強いし、迫力があるものね」
普段とのギャップが激しすぎて近づくのが恐ろしいという気持ちがわかる。
遠い目をしている私にジェナは私の肩を抱いて真面目に言ってくる。
「落ち着いて聞いてほしいのよ。ミレイユの事をヘルマン団長がお呼びよ」
「えっ、ヘルマン団長が?」
ヘルマン団長といえば騎士団のトップに居る人だ。
大きな筋肉質な体につるっぱげのヘルマン団長は存在自体が恐ろしい。
侍女である私は挨拶程度で話したことが無い。
「そりゃそうよ。ユリウス様のあの可笑しな様子をみたら取り調べられるに決まっているじゃない」
「取り調べですって!」
オウム返ししかしない私を見てジェナとナタリーは同情的な目で見てくる。
「可哀想に。ザクレイド王国から薬を密輸しているらしいじゃない?」
ジェナに言われて私はまた机を叩いた。
「何度も言うけれど私は薬なんて入れてないわ!ザクレイド王国から毒薬なんて買っていたら使わなくても処刑ものよ!そんなバカなことをするわけないでしょ」
「真面目なミレイユがそんなことするわけ無いと思うけれど、ユリウス様がおかしくなっちゃったからみんなそう噂しているわよ」
「信じられない!ヘルマン団長にも無罪を証明してくるわ!」
とんでもない疑惑が掛けられていると知り私は立ち上がって歩き出した。
プリプリと怒りながら騎士団長室へと向かっていたが、実際にドアの前に来ると不安感に襲われてしまう。
もしユリウス様に毒を入れたという事になれば私は逮捕されて、家だって取りつぶしだろう。
ザクレイド王国はこの国のすぐ隣にある。
お隣の国は小さく長年続く干ばつのせいで国民は貧困にあえいでいるという噂だ。
枯れた土地は野菜や果物の育ちが悪く、なぜか毒素を持った植物は良く育つらしい。
そのために呪詛や毒などを生産し販売している闇の商人が活躍している。
その商人が我が国の山を越えてやってきては毒を売っているという。
数年前その毒を入手しようとして現行犯で逮捕された事件を思い出す。
確かその者は処刑された。
毒を買った疑いがもたれているとしたら私の行く先は処刑かもしれないと思うと背筋がゾッとする。
騎士団長室の前で途方に暮れていると後ろから来たルーク様が声を掛けてくる。
「どうしたの?ボーっとしちゃって」
「いえ、騎士団長に呼ばれているらしいのですが入る勇気が無くて……」
「ははっ、わかる。巨体でいかつい顔をしているからな。大丈夫だよ、直ぐに逮捕されることは無いから」
軽く言いながらドアを開けてしまう。
「逮捕?私、逮捕されるんですか?」
「大丈夫だよ。どうぞ、団長がお待ちだよ」
入りたくないが、ルーク様がドアを押さえていてくれるために仕方なく団長室へ足を踏み入れた。
一番奥に座っていた団長は書き物をしていた手を止めて私とルーク様を見る。
「やっと来たか。そこへ座れ」
団長は部屋の中央に置かれているソファーを顎で指した。
軽く挨拶をして仕方なくソファーに座ると団長も机を挟んで私の前に座った。
ルーク様は団長の後ろに立って私を監視しているような構図になりかなり居心地が悪い。
いかつい顔をした団長は近くで見ると迫力があり恐ろしい。
じっと私の顔を見ると、ゆっくりと問いかけてきた。
「さて、なぜ呼ばれたか分かるかな?単刀直入に言うが、差し入れのクッキーに毒を入れたか?」
「入れてません!」
はっきりという私に団長は頷いた。
「まぁ、そうだろうな。誰が食うか分からない差し入れだ。ユリウスだけが可笑しくなったから毒が入っていたとは考えられないだろうなぁ」
そう言ってくれて私はホッとする。
「良かったです。ザクレイド王国から毒を買っていたとか噂されていると聞いたから逮捕されると思いました」
「確かにその噂は俺も聞いたな。だいたい、ユリウスのように可笑しくなっちまう毒なんてあるか?」
「聞いたことがありませんね」
ルーク様が頷いてくれる。
「だとしたら一体何を入れたんだ?」
団長に聞かれて私は首を振った。
「だから入れていませんっ!私だって困っているんです、今朝もユリウス様が迎えに来たんです。凄く嬉しそうでした。あんなに変わってしまって、申し訳ないです」
「全くの別人だからなぁ。騎士の詰め所に来たユリウス、地面にめり込むほど落ち込んでいたねぇ」
笑いを堪えながらルーク様が言った。
騎士団長は腕を組んで首を傾げる。
「怪しい薬にしてはあの変わりようは可笑しいだろう。その後元に戻るというのも謎だ」
「元に戻った後の落ち込み方はある意味薬を使ったヤツみたいですけれどね」
「私は逮捕されませんか?」
恐る恐る聞くと、団長は渋い顔をする。
「薬を入れていないことが証明されればだな。人をあれだけ変えてしまうんなら薬じゃないにしろやべーだろう。もしかしたら親戚に聖女が居たりするか?」
「またそれですか?いませんよ」
ルーク様にも聞かれたが私は首を振った。
「聖女だったら城で侍女なんてしてないよなぁ。聖女が居るという国で今頃修行しているよな。聖女は貴重な存在だからなぁ」
そういって大きな声で笑った。
ルーク様も笑っているが顎に手を置いて私を見つめる。
「聖女だっていうのが一番説明つきますけれどね。忠誠を誓う毒なんて聞いたこと無いし、催眠術でもかけた?」
「そんなことしていません!」
否定する私に二人は頷いてくれた。
「まぁ、とにかく理由が判明するまでユリウスの自由にさせておこう。今、あらゆる方面から調べているからミレイユも変な行動をしないように」
「しません!」
団長に釘を刺されて私は解放された。
容疑が晴れたわけではないが、私の容疑は思ったより深刻では無いようで安心する。
ザクレイド王国から毒を購入したと言われなくて良かった。
ホッとしながら侍女室へ戻ろうと廊下を歩いているとジェナが手を振って近づいてくる。
「どうだった?」
「毒を入れたか確認されたけれど、大丈夫だったわ。私何もやっていないもの」
きっぱりと言うとジェナは理解してくれたように笑みを見せた。
「そうよね。イケメンの騎士を従わせることが出来る毒ならとっくに取り合いになっているわよね」
「一体どういう薬よ。そんなものが存在するわけないでしょ」
顔を顰める私に、ジェナは箒と雑巾を渡してきた。
「はい。今日はもう仕事しなくていいって。でも、一応給料は出ているから図書室でも適当に掃いてきてって侍女長からのお達しよ」
「……ありがとう」
私の代りに誰か入ってくれたのだろう。
適当に過ごしていいと言われて正直疲れていた私にはありがたい。
昨日から色々ありすぎて精神的に疲労していることは確かだ。
箒と雑巾を受け取ってフラフラと図書室へと向かった。