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 翌朝、満面の笑みで立っているユリウス様を見つめた。

 朝日に当たっている為かユリウス様がキラキラと輝いて見える。

 城で働く人のために用意されている女子寮の前でキラキラとした笑みを浮かべているユリウス様が立っているのだ。

 寮に住んでいる侍女達がヒソヒソと噂をしながら通り過ぎるのを横目で見て私は引きつった笑みを浮かべた。


「あの、ユリウス様どうしました?」


 まさかと思うが私を迎えに来たのだろうか。

 不安になりながら聞くとユリウス様は爽やかに頷く。


「ミレイユを迎えに来た」


 様子の可笑しいユリウス様にただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

 原因があるとすれば差し入れをしたクッキーだと思うが私はなにもやっていない。

 遠い目をする私にユリウス様らしくない笑みを浮かべて見つめてくる。


「今日は出勤日だろう?侍女室まで送って行こう」


「いやいや、侍女室はすぐそこですから大丈夫です。ユリウス様も仕事ですよね?時間は大丈夫ですか?」


 黒い騎士服を着ているユリウス様はこれから仕事だろう。

 私たち侍女よりも騎士団は少しだけ集合時間が早い。

 私を送って行ったら間違いなく遅刻だろう。

 引きつっている私の顔を見てもユリウス様は爽やかだ。


「大丈夫だ。ミレイユの事が第一だから問題ない」


 無表情なことが多いユリウス様の貴重な笑みに私の胸は高鳴る。


 約4年前、婚約破棄された私。

 結婚するなら自分に尽くしてくれる人が良いと言っていた私は思わずユリウス様に恋をしてしまいそうだ。

 おかしくなっているユリウス様だから、普段は全く別人でニコリともしないのだからと自分に言い聞かせて私は首を振った。


「あの、私の事は大丈夫なのでどうぞ、騎士団の詰め所へ向かってください。遅刻しますよ」


「これも専属騎士の役目だ。ミレイユの送り迎えをさせてくれ」


「はいぃぃ?」


 キラキラした笑みを向けられて私は驚きながらも顔が赤くなってしまう。

 自分に向けられた好意が嬉しくなり頷いてしまいそうになるが、これはおかしくなったユリウス様なんだと言い聞かせる。


「迷惑か?」


 シュンとして小さく言うユリウス様は捨てられた子犬のようだ。

 感情の揺れ幅が大きすぎるユリウス様に違和感を感じる。

 普段は無表情で、怒ったりましてや大笑いすることなど見た事もない。

 微かに笑う事は見た事があるが、今のようにキラキラと私を見て微笑みかけたり、落ち込んだりする仕草を見るのは新鮮だ。


「迷惑ですよ!ユリウス様、どうしちゃったんですか!おかしいですよ」


 思わず言ってしまった私の言葉にユリウス様はますます落ち込んでしまう。


「ミレイユが心配なんだ。頼む、侍女室まで送らせてくれ」



 女子寮の前でユリウス様と揉めていたらまた何を言われるか分からない。

 必死に縋るように言ってくるユリウス様に私は思わず頷いてしまう。


「わ、わかりました。さっさと行きましょう」


「よかった。ミレイユに断られたら俺は生きていけない」


「……大げさな」


 よっぽど嬉しいのかユリウス様は私に右手を差し出してくる。

 首を傾げる私にユリウス様は満面の笑みを浮かべて当たり前のように言った。


「手を繋いでいこう」


「はぁぁ?」


 思わず大きな声を出してしまい慌てて口を塞いだ。

 聞き間違えたかと引きつった笑みを浮かべてユリウス様を見上げる。


「今、手を繋いでって言いました?」


「もちろん。こうすることが夢だったんだ」


「いやいや、おかしいですよ!絶対おかしい!どうして私と手を繋ぐんですか!恋人同士じゃあるまいし!」


 恋人同士だって出勤するとき手を繋いだりはしないだろう。

 必死に首を振っている私にユリウス様はまた捨てられた子犬のように落ち込んでゆっくりと手をひっこめた。


「そうか。まだ、早かったな」


「まだ?いったい何を言っているんですか?ユリウス様、元にもどって!お願いですから」


「俺はいつも通りだ。さぁ、行こう。ミレイユが遅刻してしまう」


 ユリウス様は元に戻ることなく、私にキラキラとした笑みを向けながら侍女室まで送ってくれる。


キラキラとした笑みを残して去っていくユリウス様を見送って私は侍女室の机にうつ伏した。


「つ、疲れた」


 様子を見ていた侍女仲間のナタリーがニヤニヤと笑いながら近づいてくる。


「一体何の薬を盛ったのよ!やるわねぇ、ミレイユ」


 同僚に背中を突っつかれて私は首を振った。


「薬なんて入れていないわ。ユリウス様がおかしいの。本当に困っているのよ」


 机にうつ伏しながら言私にナタリーは頷いた。


「ユリウス様が可笑しくなったって噂は聞いていたけれど、実際見るとヤバいわね。ミレイユ、薬の量を間違えたんじゃないの?」


「入れてないって!一体何の薬を入れたらあんなに可笑しくなっちゃうのよ」


「媚薬とか麻薬とか?一部ではミレイユは、隣国のザクレイド王国から幻覚を見せる毒薬を闇市場から買ったんじゃないかって噂も出ているわよ」


 ザクレイド王国という名を聞いて私は飛び起きた。


「冗談じゃないわ!全部犯罪だけれど、あの国から毒薬なんて買ったら処刑ものじゃない。やらないわよ」


「普段薄っすらとしか笑わないユリウス様の笑みを見たらミレイユが毒薬を買っていると思われても仕方ないわよ。別人のように変わっちゃって……凄い薬よね」


 「盛ってないわよ!」


「婚約破棄されたことがよっぽど辛かったのね」


 同情するように言われて私は机を叩いて立ち上がった。


「ちっとも辛くないわ!あいつとなんて結婚したくなかったわよ!」


 はっきりという私に同僚は頷きつつ白い目で見てくる。


「まぁ、わかるわ。あいつ最低だものね。外見と愛想だけはいいから、騙されるわよね」


 そうなのだ、私の元婚約者は愛想がかなりいいのだ。

 親同士が決めた結婚だったが、あいつはかなり愛想がよく私も最初は騙されていた。

 元婚約者、トリスタンはいけ好かない顔をした美形だった。

 顔だけがいい薄っぺらい性格の持ち主で適当なことを言っているために私は出会って数か月で愛想をつかしていたのだ。

 私が働き始めたころ同じ城で働く騎士だからと勝手に親が結婚を決められた。

 一応私も伯爵令嬢で、トリスタンも落ちぶれてはいたが身分は申し分なかった。

 親同士も知り合いということでとんとん拍子に決まった結婚だった。

 私には兄が一人いるが、結婚をしたら私とトリスタンは田舎の実家へもどり事業を手伝う予定だった。

 トリスタンはその前に恋人を数人作りそのうちの一人を妊娠させてしまったのだ。

 今思い出しても腹が立つ。

 私の実家のお金を融通してくれないかと実家に手紙を送ったことが原因で事態が判明して直ぐに婚約が破棄になった。


 私はトリスタンが大嫌いだったために手を繋ぐぐらいしかしていなかった。

 私は身が綺麗なまま婚約を破棄したが世間はそう思っていないだろうという事は重々承知だ。

 運が悪いことに婚約を破棄した後ぐらいから我が家の事業が傾き始めてしまい、私の結婚相手を探すどころではなくなってしまった。

 ずるずると城の侍女として働いているというわけだ。

 侍女の仕事があるおかげで、お給料がかなり高いので実家に仕送りも出来ている。

 

 トリスタンの事を思い出して腹を立てている私は肩を叩かれてハッとした。


 「おはよう、ミレイユ。朝から大変だったわね」


 同情をしているような声を掛けてくれているが顔が笑っているジェナが立っていた。

 

「おはよう。もう聞いたの?」


「聞いたというか見たというか……。幸せそうな顔をしてミレイユの隣を歩いているユリウス様を見たら恐ろしくて声なんて掛けられなかったわ」


「……そうね」


 私は遠い目をして頷いた。


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