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「あの、それ本当ですか?」
自分の頭を叩いてやはり夢でないことを確認して私はゆっくりとユリウス様に聞いた。
「そうだ。ミレイユはトリスタンと結婚をするので俺は諦めていた」
「えっ、それなら婚約破棄をしたときに言ってくれればよかったのに」
私が言うとユリウス様は苦笑する。
「都合が良すぎるだろう。それに、あの時俺がミレイユに婚約を申し込んだとして受け入れてくれると思わなかったからだ」
「……そういわれると、確かにそうかもしれませんね」
ユリウス様が私のお菓子を食べて変になったおかげで私は彼を意識し始めたのだ。
それまでは本当に仕事をするうえで関わる人だけで恋心なんて無かった。
それに、トリスタンのおかげで男はこりごりだと思っていたのだ。
ユリウス様は女性に人気で、仕事も出来る。
そんな人が私なんかに気があるはず無いと思っていただろう。
「俺はミレイユより先に恋心を持っていたという事だ。それが原因で、あのお菓子事件につながる訳だ」
「へっ?どういうことですか?」
意味が解らず間抜けな顔をしている私にユリウス様は言いづらそうに説明をしてくれる。
「俺が可笑しくなったのはミレイユの事が好きだったからだ。マリアンヌ姫に教えられたが、ミレイユが作ったお菓子は聖女の力が入っていて従順に従う人を探し当てるらしい」
「ん?どいう事ですか?」
「聖女の騎士に進んでなるという事だ」
ユリウス様が説明してくれるがちっとも理解が出来ない。
「たとえ聖女の力が入っていたとしてもあんな風に可笑しくなりますか?」
今思いだしてもユリウス様の行動は以上だ。
常に私を優先して性格まで変わってしまっていたように感じる。
ユリウス様は顔を顰めた。
「言いにくいことだが、黙っていても仕方がない。従順になったのは俺の心の奥底に眠っている自我がそうさせているらしい。ミレイユの事が好きという気持ちがあのように現れたと思ってくれれば構わない」
非情に言いにくそうに言われて私は頷いた。
これ以上彼からこの話を聞くのも申し訳ない気持ちになってくる。
ユリウス様もあの時の事は思い出したくないのかどんどん表情が死んでいくのが解る。
「なんとなく理解しましたが、本当に私の事をユリウス様が好きなんですか?」
聖女の力でそうさせているのだろうかと疑問に思っている私の想いに気づいているのかユリウス様は頷く。
「そうだ。あそこまで従順に聖女に従うのは愛情の大きさからきているらしい。……マリアンヌ姫の騎士カイルも同じ状況になったようだ」
自分だけでないとユリウス様は偉そう言うので私は思わず笑ってしまう。
「そうなんですか?だからずっと一緒に居るのかしら?」
常に離れず傍に居る騎士のカイルを思い出す。
「カイルも自分と同じような状況になった人間を初めて見てとても喜んでいた」
「あ、確かにカイル様はユリウス様にすごく同情していましたね」
「……自分では押さえられない感情が出てしまうらしい。俺は常に、トリスタンからミレイユを守りたいと思っていたことは事実だ。それに、今でも聖女など関係なくミレイユを命を懸けて守りたいと思っている」
はっきりと言われて私は顔が赤くなってしまう。
ユリウス様が言っていることは本当の事で嘘などついていない。
聖女の力も関係していないことがわかり私も頷いた。
「ありがとうございます。私も、ユリウス様が大切で大好きですよ。命を分けてもいいと思うぐらいです」
私が言うとユリウス様は珍しく微笑んだ。
「俺が死にそうな時にミレイユが命を分けてくれると言っている声が聞こえた。とても嬉しかった」
「あの時は必死だったから。でも、今でも分けて良いと思っていますよ」
ユリウス様は満面の笑みを浮かべている。
いつも無表情の彼が心から喜んでいるのが解り私も嬉しくなる。
「聖女の力でマリアンヌ姫から聞いていることがある」
ユリウス様はそう言いながらニコニコと笑っていて上機嫌だ。
「なんですか?」
「聖女が愛している者を奇跡の力で癒すことが出来るらしい」
「そ、そんな秘密があるなんて」
みんなの前でユリウス様を愛していると証明している者でないかと私は恥ずかしくて顔を覆った。
「たった一人だけ、聖女は傷を癒すことが出来る。それは愛したものだけだとマリアンヌ姫が言ってた。だから、聖女を守るための騎士になる」
「……なるほど?」
身を挺して聖女を守る騎士。
そして騎士が傷つけば聖女が癒す。
そう言う事なのだろうか。
恥ずかしくて顔を覆っている私の手を取って、ユリウス様が顔を覗き込んできた。
「ミレイユが俺を好きだという事も証明され、俺がミレイユを好きだという事も理解してくれたと思う」
「は、はい」
恥ずかしくて消えてしまいたいが私は消え入るような声で頷いた。
ユリウス様は上機嫌のままだ。
「俺を、ミレイユのただ一人の騎士にしてくれ。命を懸けて守ると誓おう」
少し前に聞いた言葉を言うユリウス様。
この言葉の重みを感じながら私は頷いた。
「ありがとうございます。私も嬉しいです」
私が頷くとユリウス様は今まで以上に微笑んだ。
「ミレイユの許可が出た。俺は聖女ミレイユの騎士だ。と、いうことで俺も共にマリアンヌ姫の国へ同行することになる」
「へっ」
状況を理解できない私をユリウス様が抱きしめた。
「俺はミレイユの騎士だ。どこへでも一緒だ」
ユリウス様の温もりを感じて私もギュッと抱き着いた。
「そうですね。ずっと一緒です。凄く心強いです。ありがとう」




