20
次に私の目が覚めたのは自国 ルミナリア王国の医務室だった。
住み慣れた城はやはりホッとするものだ。
あれから数日私は寝たきりだったようだ。
ザクレイド王国から馬車で山越えをしたようだが行ったときと同様、帰って来る時も一度も目を覚ますことが無かった。
数日経っているのに体のだるさが抜けず、一日中寝て過ごしている状態だ。
面会が許可されたという事で早速お見舞いに来てくれたジェナが部屋に来てくれた。
お見舞いに持ってきてくれたリンゴの皮をむいてくれている。
「大変だったわね。まだ体調悪いんでしょう?」
ジェナがリンゴの皮をむきながらいたわりの言葉を掛けてくれた。
「大変だったわ。なんで私がザクレイド国の為に命を捧げないといけないのよ!」
思い出しても腹が立つ。
怒っている私を見てジェナは苦笑している。
「そうよね。ザクレイド王国に何にも思い入れないしねぇ。でも、凄い奇跡を起したんでしょう?命を捧げなくても大地が蘇ったってこっちでも大騒ぎをしているわよ。さぞかしザクレイド王国では凄い騒ぎになっているでしょうね」
「……私はユリウス様の命が助かればそれでよかったのよ」
ムスッとしている私にジェナが揶揄うようにニヤリと笑った。
「あら、随分素直ね」
「私、すっごく後悔したのよ。死ぬぐらいだったら正直になればよかったって。聖女の力でユリウス様を可笑しくさせていたから申し訳ないなって思ったけれど、そんなの関係ないわよね」
「その通りだと思うわ」
ジェナはお皿にリンゴを乗せると私に手渡してくれる。
フォークで刺してリンゴを頬張った。
「美味しいわ。ずっと吐き気が凄くてしばらく何も食べられなかったのよ」
「面会も今日やっと解除されたものね。昨日まで寝込んでいたんでしょう?」
「そうよ。ユリウス様はどうしているの?マリアンヌ姫様は?」
全く情報が無い私が聞くとジェナは苦笑する。
「本当に何も知らないのね。ユリウス様は驚いたことにとってもお元気で任務に復帰しているわ。マリアンヌ姫様はお忙しいとかでとっくに国に帰ったわよ」
「そうなの。ユリウス様が無事で良かったわ」
「聖女の力ってすごいと思うんだけれど、自分の傷は治せないの?」
ジェナはじっと私の足に巻かれた包帯を見つめた。
崖から突き落とされたときに痛めた足は折れていないが酷い打撲で治るまで1か月はかかるらしい。
「知らないわよ。ユリウス様を治したいって必死だったから、自分も治らないかとあれから何度か力が出ないか試したけれどダメだったわ」
「聖女の力って不便ね。自分の事も治せないし、攫われるし、命狙われるし大変ねぇ。良かったぁ私に力が無くて」
心底そう思っている様子のジェナに私は顔を顰める。
「そうでしょうね。ユリウス様に迷惑をかけてばかりだし、最悪の力だわ。それに私、マリアンヌ姫様の国で聖女の勉強をするんですって」
「大変ね。でも、しっかり勉強した方がいいわよ。自分の為になるしね」
「……ねぇ、ナタリーはどうしているのかしら」
私が攫われれるきっかけを作ったのはナタリーだ。
ジェナは肩をすくめた。
「ミレイユが居なくなって直ぐに掴まったわ。馬鹿なトリスタンに毒薬を売っていたのも彼女だったようよ。ザクレイド王国の出身で、薬を密輸して売人をしていたらしいわ。すっかり騙されたわね」
少し怒り気味なジェナに私は頷いた。
「数年だけれど一緒に働いてきて気の合う仲間だと思っていたのに……」
仲間だと思っていたナタリーがまさか敵だったことはかなりショックだ。
落ち込んでいる私の背中をジェナが叩いた。
「ほら、元気出しなさいよ。私は裏切らないから大丈夫よ。一応騎士団の隊長であるルークの妻ですし。私は信用できるからね」
「……ありがとう」
ジェナなりの励ましに私は微笑んだ。
ジェナが帰り、病室の中はまた静かになった。
ベッドは並んでいるが部屋は私一人だ。
ジェナが差し入れてくれた本の山から1つ手に取ってパラパラと捲った。
どれも聖女に関するものばかりでうんざりしてため息をつく。
「ジェナってば面白がってワザと聖女の本を置いて行ったわね」
聖女の歴史や聖女の成り立ちばかりで面白そうな内容でない。
それでもやることが無いので仕方なく再び本を開いた。
どれぐらい本を読んでいただろうか、控えめに扉がノックされて私は気怠く返事をした。
部屋に入って来たのはユリウス様だ。
黒い騎士服姿に銀の剣を差している。
すでに仕事に復帰している様子だ。
いつもと変わりない様子に安心する。
「お元気そうで良かったです」
彼と会うのは崖から落ちて以来だ。
面と向かって話すのが何だか照れくさくて私は愛想笑いをしながら言った。
ユリウス様も珍しく口角を少しだけ上げて頷きながらベッドの横に置かれている椅子に座った。
「ミレイユのおかげだ。傷すら無くなっている」
「それは良かったです」
「今はミレイユの方が重傷だな」
眉を顰めるユリウス様に私も微かに微笑んで頷く。
「ジェナに言われました、聖女なのに自分は治せないのかって」
「確かにそうだな。マリアンヌ姫が帰る時に言っていた、聖女は自分を癒せないと……」
「そうなんですね。聖女っていったい何なんですかね。実家だって葡萄が不作で大変ですし、ちっとも良い事が無いわ」
「俺の命は二度助けられた」
ユリウス様に見つめられて心臓がドキドキする。
生きて会ったらちゃんと言おうと決めていたではないか。
勇気を出して私は口を開いた。
「私、ユリウス様が好きです。生きて会ったら絶対に伝えようと思っていたんです」
私の言葉にユリウス様は一瞬目を見開いてそっと視線を逸らした。
もしかして迷惑だったのだろうかと心配になる。
不安を打ち消すように私は話し続ける。
「私が大地を蘇らせるために身を捧げろって言われたとき本当に後悔したんです。ユリウス様からしたら迷惑かもしれないけれど……。だって、私のせいで大変な目にあったんですもの、私に好意なんて持たれたら迷惑ですよね」
早口に言う私に、ユリウス様はそっと視線を戻す。
「迷惑なわけがない」
「えっ?」
小さく言うユリウス様の言葉が良く聞こえなくて私は首を傾げた。
意を決したようにユリウス様は咳払いをすると私の顔をじっと見つめてくる。
「実を言うと、俺の方が先にミレイユの事が好きだったんだ」
「えっ?」
聞き間違いかと私は眉をひそめて耳をユリウス様に向けた。
ユリウス様は言いにくそうだ。
「ずっと隠しておこうと思っていた。ミレイユがトリスタンと婚約をしていた時から俺はミレイユの事が好きだった」
まさかのユリウス様の言葉に私は都合のいい妄想かと何度か頭を叩いた。




