18
「ヴァルダーさんの娘様が素晴らしいから大地が蘇ったのよ!言っておくけれど私が死んだら絶対に呪って二度と作物が育たないようにしてやるからね!」
深い谷を覗き込みながら怒鳴る私に、ヴァルダーの後ろに居た騎士が困惑しながら仲間を振り返った。
「ヴァルダー様。中止にしますか?大地が蘇らないのなら、やっても意味が無いでしょう」
騎士の気弱な言葉にヴァルダーは首を振る。
「元からこの大地は呪われている。この娘が呪ったところで現状は大して変わらないだろう」
「確かにそうですね」
頷いた騎士を見て私は絶望的な気分になる。
私が呪ったところでそれよりも深い呪いがかかっているのだろう。
きっと大地を呪った聖女の力が強かったのだろう。
ヴァルダーの娘はそれ以上に力が強い聖女だったのかもしれない。
私が呪ったところで、大した効果は無いかもしれないが恋する乙女の未来をうばった恨みは強いと思い知らせてやる。
悔しさで唇を噛んでいる私の背をヴァルダーが押した。
ますます崖ギリギリに立たせられて私は踏ん張って耐える。
「絶対に落とされるものですか!」
「この国の為に聖女の命を捧げなさい。我が娘のように」
「嫌よ!」
背中を押すヴァルダーと踏ん張る私を見て騎士も私を崖から落とそうと手を伸ばしてきた。
「助けて!だれかぁ!」
無駄だと思いながらも大きな声で叫ぶと一番聞きたい人の声が聞こえた。
「ミレイユ!伏せろ」
ユリウス様の声が聞こえて反射的に頭を下げた。
「ぐっ」
ヴァルダーのうめき声が聞こえたかと思うと崖の上からユリウス様とルーク様が飛び込んできた。
ユリウス様とルーク様は地面に足を付けると剣を抜いて騎士達と向き合う。
私を庇うように背を向けたままユリウス様は視線だけを向けてくる。
「怪我は無いか?」
「ユリウス様!もうダメかと思いました!」
やっと会うことが出来た、助けに来てくれた。
喜びと安心感が爆発してボロボロと涙がこぼれてくる。
大きな声を出して泣いている私にユリウス様は無表情に頷いた。
「間に合ってよかった」
「大変だったんだよ。崖の上まで登ってそこから縄で降りてきて飛び込んだんだから」
引きつった顔で言うルーク様を見てよっぽど大変だったのだろうと私は頷いた。
「ありがとうございます」
「まぁ、お礼を言うのは本当に助かってからにしてよねっ」
ルーク様はそう言うと斬りかかって来た騎士の剣を受け止めた。
ユリウス様も騎士と剣を交えて戦っている。
味方は二人しかいないのだろうかと不安になっていると、崖の上からまた人が数人飛び込んできた。
騎士団の人達だ。
「高い崖から縄1つで洞窟に飛び込むことが出来たのは我々だけです。あとは無理だと判断して違う道から来ます」
青白い顔をして騎士団の一人が言うとルーク様は頷く。
「だろうね。無理な連中はそのうち合流するだろう、今はこの人数で戦うしかない」
ユリウス様とルーク様、それに数人の騎士団では素人の私が見ても分が悪そうだ。
明らかに敵の騎士の人数が多い。
戦っているユリウス様に気を取られているとグイっと力強く腕を引っ張られた。
「我が国を救ってくれ聖女様。そうでなければ、私の娘は何のために死んだのだ!この国の為に命を懸けて大地を蘇らせたのだ!娘の為にも、命をかけて大地を蘇らせてくれ」
私の腕を引っ張りならヴァルダーはうわ言の都ように呟いている。
「嫌よ!私は死にたくないの!」
これからユリウス様に好きだって伝えないと!
踏ん張る私の腕を離すとヴァルダーは勢いをつけて両手を伸ばして私を突き落としてきた。
ヴァルダーの体の重みでバランスが崩れて倒れそうになる私をユリウス様が手を伸ばしてくる。
「ミレイユ」
私も必死に手を伸ばしてユリウス様の手を掴んだが、ヴァルダーがもう一度体ごと私に追突してきた。
ヴァルダーが力いっぱい当たってきて私の体は崖の外へと放り出される。
足が地面から離れた瞬間、私の視界は不思議とゆっくりとなった。
ヴァルダーも私と一緒に崖から落ちていて、私は掴んだままだったユリウス様を離そうとする。
ユリウス様も道連れになってしまうと一瞬で判断した私だったがその手をユリウス様が掴んできた。
ほぼ宙に投げ出されていた私の体の重みに耐えられずユリウス様の体も外へと放り出される。
一瞬時が止まったような感覚になり、その後浮遊感が体を襲う。
このまま石だらけの地面に叩きつけられるのかと覚悟を決めてユリウス様の手を力強く握った。
ユリウス様は宙に投げされながらも開いている片手を伸ばして私を抱え込む。
どんよりとした黒い雲が空に広がっているのが見えて、すぐにユリウス様の青い瞳が目に入った。
青空よりも綺麗な瞳と数秒見つめ合い、ユリウス様は私を胸に抱え込んだ。
そしてすぐに全身が地面に叩きつけられた。
音は何も聞こえないが全身が痛む。
ビュービューと谷に吹く冷たい風の音が耳に響いている。
ドクドクと自らの心臓の音が聞こえて生きているのだろうかと不思議に思って瞳を開けた。
真っ暗な暗闇が広がり何も見えない。
「ユリウス!ミレイユちゃん!」
「隊長!」
ルーカス様や騎士団員の声がかすかに聞こえて、私はもう一度目を瞑った。
生きているのだろうか、それとも死にそうなのだろうか。
あの高さから落ちて地面に叩きつけられたら無事ではないだろう。
全身が痛み、意識が遠くなった。




