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 生贄になると予告されている為にぐっすり眠れるわけもなく、出された朝食もほとんど手を付けることが出来なかった。

 今日、私は本当に死んでしまうのだろうか。

 不思議と恐怖感は無く、実感もわいてこない。


 侍女に促されるまま、軽く湯あみをして身支度を整える。

 用意されている洋服は真っ白なレースがふんだんに使われているドレスだ。

 

 髪の毛も整えてもらい、薄く化粧もされる。

 寝ていないからか鏡の中の自分の顔は青白い。


 「準備は出来たか」


 静かにドアが開かれて入って来たのは昨日の白髪交じりの男性だ。

 神職に仕えているのだろう、祭事用の立派な服を着ている。

 白を基調として周りに金色の模様が入っていて豪華だ。


「はい、準備は出来ております。ヴァルダー様」


「そうか。では祭殿へ向かおう」


 ヴァルダーと呼ばれた男は無表情に頷くと私に付いてくるように合図をしてくる。


「あの、本当に私の命でこの国の大地が蘇ることは無いですよ」


「やってみないとわからないだろう。聖女様」


「そんな、無茶苦茶な……。それに私は正式に聖女として認定されていません」


「認定は関係ない。聖女の力があるかどうかが必要だ。連れて来い」



 ヴァルダーは命令をすると控えていた騎士が私の後ろから腕を掴んで背中を押して無理やり歩かされた。

 グイグイと押されて廊下に出ると、ずらりと騎士が見張っていた。


 私が逃げ出さないように見張っているのだ。


 無理やり廊下を歩かされる私の前をヴァルダーが歩いて行く。


「窓の外を見て見なさい」


 歩かされながらヴァルダーに言われて私は外を見た。

 空はどんよりと曇り今にも雨が降りそうだ。

 うっそうとした森が広がっており、とても大地が死んでいるとは思えない。


「毎日雨が降り出しそうな曇り空で気温も低い。太陽が出ることは年に数回、森や雑草は生えているが食物の種が発芽することがほとんどない。この国で育つ植物は毒草ばかりだ」


「……」


「そしてこの大地が呪われたのは、昔聖女を殺したからだと言われている」


 ヴァルダーの言葉に私は頷いた。


「マリアンヌ姫様から聞いたわ。だからって聖女の命をまた使うなんておかしいでしょう。それで本当に大地は蘇るのかしら」


「……聖女の力を持ったものが命を捧げれば、数年間は大地が蘇り作物が育つ。空は晴れて天気が続く」


「そんなバカな……」


「……私もずっとそんなのはまやかしだと思っていた。過去に数人の聖女と言われる女性の命を使ったが誰も効果が無かったからだ。ただ一人だけだ成功したのは」


「その人が命を捧げたら、作物が実り始めたの?」


 私が聞くと無表情だったヴァルダーの顔が歪む。


「そうだ。3年前、聖女の力を持っていた女性が儀式で命を捧げた。すぐに空は晴れた。作物が実り、彼女の本当の力が証明されたのだ」


「そんなことしなくても、なんとかならないの?命を捧げるなて間違えているわよ」

 

「……それしか方法がないのだ」


 苦しそうにヴァルダーが言った。

 騎士に腕を掴まれたまま無理やり歩かされて城の外を出る。


 待機していた馬車に乗せられた。

 前後を大量の騎士に囲まれ、とても逃げ出すことが出来そうにない。


 曇天の中馬車を走らせたどり着いたのは山の麓だ。

 馬車から降ろされると待機していた騎士達が私を見つめているのが解った。

 

 冷たい風が吹き抜けて身震いをする。

 薄暗い山は木々が茂っているがどれも葉の色が悪い。

 乾いた砂利道を歩かされながらヴァルターは道の先を指さした。


「この丘の上、儀式を行う場所がある。この丘は聖女が命を捧げた3年前、大地が蘇り色とりどりの花が咲いていた」


「花が?」


 ヴァルダーが指さした先はとても植物が生息するように思えない。

 乾いた土が広がり、時折吹く冷たい風で砂ぼこりが舞っている。

 雑草すら生えていない丘を見上げて私は眉をひそめた。

 ゴロゴロした石が続く細い山道を歩かされる。

 ヴァルダーを先頭に、私の周りを固めるように騎士も一緒に歩いている。


「本当に私の命を捧げるんですか?冗談ですよね」


 声を上げて必死に訴えるもヴァルダーは振り向きもせずに山道を歩いている。

 私に腕を掴んでいる騎士を見上げてもう一度聞いてみた。


「嘘ですよね。私の命を使うなんて」


「……」


 騎士は答えることをせず私に視線を向けることもしない。

 黙々と歩き続け頂上付近まで上がるとぽっかりと洞窟が見えた。

 洞窟の前にはヴァルダーと同じ洋服を着た人が数人待っていた。

 手にたいまつを持っている。

 私たちの姿を見ると深々と頭を下げた。


「聖女様。お待ちしておりました」

「その身を我が国の為に、国民の為に捧げて下さること感謝いたします」


 「私は正式な聖女ではないの!だから身を捧げても大地は蘇らないわよ!」


 頭を下げた人たちは、大きな声で言う私を無表情で見つめてくる。

 私の腕を押さえている騎士も無表情だ。


 この先を行けば私は殺されるのだ。

 今までどこかで誰かが助けてくれると思っていたが、この様子では誰も助けてくれそうにない。

 心のどこかでユリウス様が来てくれるのでないかと思っていた。

 変な洗脳が解けた今、命を懸けてまで助けに来てくれないのかもしれない。

 

 なんとか逃げようと暴れる私をもう一人騎士がやってきて腕を押さえつけられた。

 両腕を押さえられ無理やり歩かされる。


 ゆっくりと洞窟の中へと入る。

 暗い洞窟の中を松明を持った神官らしき人達が先頭に歩き、両手を拘束された私がその後ろを歩く。

 何とか抵抗をしようとするが、騎士の力は強く逃げられそうにない。

 後ろを振り返ると騎士が列をなしているのが見えた。

 山の麓も大量の騎士が居ることを思うとどうやっても逃げられそうもない。

 

 ゆっくりと歩いて行くと光が見え、ぽっかりと外へと開いている穴が見えた。


「洞窟の先は崖になっている。この崖から身を落とせば大地は聖女の血を吸って蘇るのだ」


「嫌よ!可笑しいでしょう!こんなの喜んでやる人居ると思う?3年前に死んだ人だって本当に大地を蘇らせることが出来たの?」


 私が騒ぐとヴァルダーはギュッと唇を噛んだ。


「私の娘は、生まれたころから不思議な力を持っていた。ひた隠しに生きてきたが、自らこの国の為に命を捧げると力を公表したのだ」


「まさかその人が、3年前に死んだという聖女?」


 私が聞くとヴァルダーの顔が歪んだ。


「そうだ。私の娘は本物の聖女だったのだ。ただ一人だけ、この地を蘇らせることが出来た聖女だ。あの子は笑って死んでいった」


「ヴァルダーさん、それはお気の毒でした。私は死にたくないんです、この地を蘇らせるなんて無理よ」


 死んでいった聖女の子のことを思うと心が痛むが、私は身を捧げるような素晴らしい心を持っていない。

 ヴァルダーは私の腕をつかむと崖のふちに立たせた。


 崖から下を見下ろすと、深い渓谷になっておりゴロゴロと大きな石が転がっている。

 緑などどこにもない荒れた渓谷をヴァルダーは指さした。


「我が娘はここから飛び降りた。青空が広がり、みるみると大地は蘇り美しい花が咲いたのだ。約三年、わが国の大地は作物が実り人々は私の娘に感謝をした。それがどうだ!今は荒れている!空は曇り、太陽すら姿を見せないではないか」


「聖女を殺しているからでしょう!私だってここから突き落とされて死んだら恨んでやる!絶対にもう二度と作物が実らないように呪いをかけるわよ!」


 きっと初めに殺された聖女も同じ気持ちだったに違いない。

 ユリウス様と最後に会いたかった、会って好きだって伝えればよかった。


 渓谷から吹き上げる風が私の髪の毛を揺らした。

 ここから突き落とされれば命も無いが体もばらばらになるだろう。

 数分先の私の命は無いのかもしれない。

 恐怖で体が震えた。




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