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どれぐらい寝ていただろうか。
疲労のせいかぐっすりと寝てしまったようだ。
寝すぎたためか、痛む頭に眉を潜めながらため息をついた。
「良く寝たわ……」
かなり長い事眠っていたためか喉がカラカラだ。
何か飲もうと勢いよくベッドから起き上がり違和感を覚えた。
先ほどまでいた自分の部屋と違う。
窓には鉄格子が嵌められ、その隙間から薄く光が差し込んでいる。
無機質な部屋は灰色の壁にベッドと小さいテーブルが置かれているだけだ。
見覚えのない部屋を見回して不安になる。
知らない間に運ばれたという事だろうか、まさか聖女の力を発揮して移動したのだろうか。
「いやいや、そんなこと無いでしょう……」
ズキズキと痛む頭に手を当てて自分に何があったのか考えるが、全く思い当たることが無い。
「まさか、聖女だからって理由で処刑されるとか……」
窓にはめられている鉄格子を見て良い予感はしない。
ゆっくりとベッドから降りてドアに近づく。
一応部屋にバスルームが付いており、思ったより環境は悪くないようだ。
バスルームの前を通り過ぎて外に出られそうなドアのノブに手をかけた。
鍵が掛かっている為にドアはピクリとも動かない。
外から男性の声が聞こえ私は扉を叩いた。
「あの、ここはどこですか」
「……聖女様が目覚められたようだ」
扉の向こう側から男性はそう言うと、数人の話し声が聞こえた。
どうやらドアの前に見張りが数人いるようだ。
だいぶ時間がたってからノックも無しにドアが開いた。
険しい顔をした白髪交じりの初老の男性が数人立っている。
廊下には私が逃げ出さないように無表情な騎士が大勢立っているのが見えた。
灰色の騎士服は見覚えのない色で、やはり違う国に来てしまったのだろう。
自分が寝ている間に運ばれているという事実に驚きながらも首を傾げる。
国境を超えるほどの距離をたとえ深く寝ていたとしても起きるだろう。
目の前に立っている叔父様達はボーっとしている私に眉をひそめた。
「盛った薬が多かったのではないか?まだ覚醒をしていなさそうだが」
「ナタリーが薬の配分を間違えるわけがない」
ナタリーの名前が出て私はハッとした。
彼女が淹れたお茶を飲んでから記憶が無い。
信じたくないが、ナタリーが薬を入れたのなら理解が出来る。
一度も起きることなく国境越えをして、今も頭痛がするのは薬のせいなのだろう。
ナタリーがなぜ薬を入れたのだろうか。
彼女は2年ぐらいの付き合いだが、年も同じで気が合う仲間だと思っていた。
怪しい事なんて1つも無かった。
ショックを受けている私を見て初老の男性が眉を潜めながら懐から一枚の紙を取り出す。
書かれている字が良く見えるように広げて掲げた。
「聖女ミレイユ。ザクレイド王国のために、聖女としてその身を捧げることを命令する」
「は?」
意味が解らず今度は私が顔を顰めた。
何の説明も無しに、その身を捧げることを命令されても困る。
「ここはザクレイド王国なんですか?」
私が聞くと初老の男性が無表情に頷いた。
「そうだ。我が国は聖女の恩恵が無くなり大地が死んでいる。聖女様のお命でこの国が救われるのだ」
「そう言われても困ります。私にそんな力ありませんよ。じゃないと実家の作物だって豊作になってないと可笑しいじゃない」
不貞腐れて言う私に初老の男性は顔をますます顰めた。
「わたしのほうも若い女性の命を好き好んで犠牲にしているわけではないんだよ。本当に申し訳ないと思っているし同情もする。だが、わが国の行く末がかかっているのだ」
「困ります」
私が言うと初老の男性は首を振る。
「決行は明日の正午。それまでに身を清めておくように。何か言い残すことがあれば手紙ぐらいは届けよう」
そう言うと去って行ってしまった。
廊下に立っている騎士を見上げる。
「すいません。今の人は誰ですか?どうして私が生贄みたいな目にあうのよ?」
「……」
廊下に立っている騎士は私と目を合わせることもせずに口を利くことさえしない。
奥から侍女の女性が出てくると私の背を押した。
「聖女様、お部屋にお入りください」
「嫌です。どうして私がこんな目にあうの?」
「聖女様、これは決まっている事です。どうぞこの国を救うと思ってお力をお貸しください」
私の背をグイグイおして無機質に言うと侍女は扉を閉める。
訳の分からないまま連れてこられて、明日の正午に死ねと言われて大人しくしているわけがない。
「いい加減にしてください。私は聖女ではないわ!私の命で大地が蘇るはずないじゃない」
怒りながら言う私を気にする様子もなく、女性はお茶を淹れるとテーブルの上に置いた。
テーブルの上にはいつの間に用意されたのか軽食が置かれている。
「どうぞ、数日移動をされていてお疲れでしょう。少しでもお召し上がりください」
最後の晩餐だと言われているようで食欲は全くわいてこない。
侍女に怒っても仕方ないと私はため息をついてソファーに座った。
明日の正午までに助けは来ないかもしれない。
儀式を急ぐのは、邪魔が入らないためだろう。
「……こんなことならもっとやりたいことをしておけばよかった」
後悔していることは沢山あるが、思い出すのはユリウス様とナタリーの事だ。
ナタリーが薬を盛ったのはなぜなのだろうか。
この国と関係がありそうだが、今までそんな素振りは見せてこなかった。
そしてユリウス様。
私のせいで巻き込んでしまったが、もう一度謝っておけばよかった。
死ぬのなら最後に実は好きだったと伝えればよかった。
自分の時間が無いとわかるとやればよかったと後悔することだらけだ。
命の期限を知るとやっておけばよかったことが沢山出てくる。
このまま実家に連絡をすることもできないまま死んでいくのだろうか。
テーブルに置かれている少し冷めたお茶を一気に飲んで傍に控えている侍女を振り返った。
「すいません。便箋いただけます?最後に手紙ぐらいは渡してくれますよね」
「は、はい」
直接伝えることが出来ないならせめて手紙で伝えよう。
実家宛、ジェナ夫婦宛、そしてユリウス様にも手紙を書こう。
侍女が持って来た白い便箋に思っていることすべてを書いた。
ジェナ宛には、楽しく仕事が出来た事、いろいろ教えてくれたお礼を書いた。
ナタリーの事も書こうと思ったが、中身を見られて破棄された困るために書かないでおいた。
そして、ユリウス様。
本当は顔を見て実は好きだったと言いたいところだが、実際は恥ずかしくてそんなことを言えなかった。
聖女の力を使ってユリウス様に迷惑をかけてしまったことを謝り、それとは関係なく一緒に過ごすうち好きになった。
ユリウス様は聖女として義務感で私に接していただろうけれど、私はそれでも好きになった。
長々と思いのたけを手紙にしたためた。
実際ユリウス様を目の前にしたら絶対言えないであろうことを書き留めた。
全て書き終わり、ペンを置くと外は真っ暗になっていた。
かなり長い間手紙を書いていたようだ。
「お疲れさまでした」
ずっと傍に居た侍女が温かいお茶を出してくれる。
明日で本当に自分の人生が終わってしまうのだろうか。
何度目か分からないため息をついた。




