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「さて、今後のことだけれど……。ミレイユさんは今後一度私の国に来て聖女認定を受けた後ちょっと修行をしてもらいます」
「へっ?修行ですか?」
まさか、他国へ行くことになると思わず変な声を出す私にマリアンヌ姫は頷いた。
「そう。本来は本人の意志で聖女になるかどうか決めることが出来るんだけれど、ミレイユさんは無意識に凄い力を使ったから流石に放置はできないわ。私の国に来て、力を制御することを学んでもらわないとだめね」
「そ、それは長く姫様の国に行くという事ですか」
旅行ですら他国に行ったことが無い私は不安になる。
マリアンヌ姫様はコロコロと笑った。
「そんなに長くかからないと思うわよ。ミレイユさんが力を制御できるようになれば帰れるわ」
マリアンヌ姫様が言った後にルーク様は眉を上げて私を見る。
「申し訳ないけれど、拒否権は無いんだよね。あんな力を見せつけられたらちゃんと聖女認定して力を制御してもらわないとだめだし。我が国としても聖女が誕生するのは喜ばしい事だしね」
「そう、ですか」
目に見えない圧力を感じて私は頷いた。
確かに私が記憶する限りわが国で聖女が居たなんて話は聞いたことが無い。
聖女が居るという事は国の安泰になるはずだ。
一体自分の未来がどうなるのか不安になってくる。
「あの、凄く不安なことがあるんですけれど」
心に引っかかっている事を聞こうとマリアンヌ姫の美しい青い瞳を見つめた。
「何かしら?」
「私、ユリウス様を助けたいと願って無意識に聖女の力を使ったのですが。その時、私の命をあげてもいいとまで思ってしまったんです。私は、大丈夫ですかね?」
とっさに願っただけだが凄く不安だ。
少しぐらいならあげてもいいが、みんなが驚くほどの光を発して死にそうな人を助けたのだ。
私の命を代償としていたらかなりの年数を犠牲にしているのではないだろうか。
不安にしている私の顔を見てマリアンヌ姫は大笑いをする。
「大丈夫よ!専属騎士の特権ってやつで、聖女の癒しを無条件にもらえるのよ。ミレイユさんの命は減っていません。ただ、体力と力は今減っている状態だけれどね」
「そうですか。よかった……」
命が減ったわけでないと知り安心している私にマリアンヌ姫は大笑いをしながら頷いている。
「そうよ。そういう勉強をするために私の国に来るのよ。聖女の力は何なのか知ればこれから困らないでしょう?」
「たしかに、そうですね」
行きたくないと思っていたが、確かに勉強は必要だ。
私が頷いているとカイル様が心配そうに私に話しかけてくる。
「大変差し出がましい事ですが、ユリウス殿とよくお話されるといいと思いますよ」
「無理よぉ、あの男けっこう固いから」
マリアンヌ姫が言うとルーク様は噴き出した。
「確かに!よくわかりますね」
「だって、そうでしょう?あいつかなりのむっつりよ」
むっつりという言葉にルーク様はツボに入ったようで顔を背けて笑っている。
「いつ頃そちらに行く予定ですか?」
「そうねぇ。いつでもいいんだけれど、なるべく早く来てくれるとありがたいわ。その力結構厄介だもの」
「はぁ」
どう厄介なのだろうか、小さく返事をする私にマリアンヌ姫は微笑んだ。
「厄介っていい方は悪かったわね。聖女の力は他国から狙われるの特に、ザクレイド王国は聖女を攫ってその命を犠牲にして大地を浄化しているのよ」
「えっ?命を?」
驚いている私の横でルーク様も初耳らしく真顔になった。
マリアンヌ姫の後ろに控えているカイル様も頷くと口を開いた。
「昔から言い伝えられている儀式がありまして。枯れた大地をよみがえらすには聖女の命を捧げると大地は蘇り豊作になるそうです」
「本当に命を捧げているの?」
信じられないような顔をしてルーク様が聞くとカイル様は頷いた。
「はい。数年年に一度ほど行われている儀式のようです。こちらが確認しているのは、3年ほど前にザクレイド王国の聖女らしき女性が犠牲になったようです」
「犠牲ってなに?どうやって大地に命を捧げるの?埋めるとか?」
ルーク様が畳みかけるように聞くとカイル様の顔が曇った。
「崖から落として大地に命を捧げる儀式のようですね。大変痛ましい事です」
「酷い」
私が呟くとマリアンヌ姫様はため息をついた。
「本当に酷いわよね。そもそも、あの国は過去に聖女を殺して命を捧げたせいで大地が呪われているのよ。だから作物が育たないのに、それを何とかしようとまた聖女の命を使って大地を蘇らせようとか矛盾しているわよね」
「それで大地は蘇るのですか?」
私が聞くとマリアンヌ姫はまた大きなため息をついた。
「そうね。数年間は大地が蘇り作物が豊作に実るのよ」
「だから何度も聖女の命が犠牲になるのです。ただここ数年は成功をしておりません、唯一成功をしたのが3年前にザクレイド王国の娘が聖女だということになり犠牲になりました」
カイル様も頷く。
「なるほどねぇ。と、言う事はますます聖女に騎士が付いているというのはそう言う事ですか」
ルーク様が言うとカイル様は頷いた。
「ザクレイド王国もそうですがその他の国も聖女を攫ってその命を使おうとしています。命だけでなく聖女の力を欲しています。ですから聖女はより守られる存在なのです」
カイル様がマリアンヌ姫から離れず守っている理由がわかり私は納得した。
そのための聖女を守る騎士なのだ。
「あの、私は無意識に聖女の力を使ってユリウス様を変にさせたんですか?」
私が聞くとマリアンヌ姫は苦笑しながら首を振った。
「まぁ、聖女の力もあるけれどほとんどユリウスのせいよ」
「そうですね」
カイル様も頷いたことによって私はまたホッとする。
私が悪いと言われなくて良かった。
「一応聖女認定はまだしていないけれど、ザクレイド王国は常に聖女を探しているわ。だから気を付けてね」
マリアンヌ姫様に言われて私は何度か瞬きを繰り返した。
「私ですか?」
「そうよ、ザクレイド王国に攫われて生贄として殺されてしまうかもしれないわよ」
脅すように言われて私は首を傾げる。
「私がですか?」
私なんて攫っても大して力なんてないだろうと思うがカイル様も頷いている。
「ザクレイド王国の情報網を舐めない方がいいです。ミレイユさんが聖女の力を使ったという噂は城からすぐに外部に漏れますから。効果があろうがなかろうが攫ってくるでしょう。ザクレイド王国は過去に聖女を殺したせいで呪われた土地になりました。そのおかげで大地は枯れ、空は曇っているのです。女性一人の命などなんとも思っておりません」
「気を付けます」
確かに手あたり次第の事をして大地を蘇らせるだろう。
実家の領地がここ数年不作になっていることを思い、私は頷いた。
「ミレイユさんは力を使って疲れているだろうから今日はお開きにしましょうか」
マリアンヌ姫は上品に笑って私を見る。
「きっとね、お迎えが来てると思うのよ」
「はぁ」
ユリウス様の妙な暗示は解いたと言ってた。
彼が迎えに来るはずがないだろう。
怪訝そうにしている私にマリアンヌ姫は楽しそうだ。
「うふふっ。強い暗示は解いたけれど絶対あの騎士は来ているわよ」
ソワソワしているマリアンヌ姫をカイル様が窘める。
「姫様、彼が可愛そうですよ。遠くから見守ってあげてください」
「あらぁ、それは自分と重なるからかしらぁ?」
面白そうなマリアンヌ姫の言葉にカイル様は顔を逸らした。
「面白い関係ですね」
ルーク様は二人の様子を見てニヤニヤと笑っている。
「もう、この話はお終いにしましょう。ミレイユ嬢もおつかれでしょうからゆっくり休んでください」
苦痛の表情を浮かべながらカイル様に言われて私たちは立ち上がった。
マリアンヌ姫も立ち上がる。
「では、失礼致しますわ。もし聖女の事について分からないことや困ったことがあればいつでも相談に来てね」
ウィンクを残して歩き出したマリアンヌ姫にカイル様がすかさずついて行きドアを開けてエスコートをする。
その姿にさすがなと思っていると、廊下に出たマリアンヌ姫の大きな笑い声が聞こえてきた。




