11
地面に倒れたユリウス様は薄っすらと目を開いて荒く息をしている。
まだ死んでいないとわかりホッとしながらも私はユリウス様の肩を揺すった。
「ユリウス様!死なないで」
私が差しれたクッキーのせいでこんな大ごとになるなんて。
私のせいでユリウス様が可笑しくなって死んでしまうんだ。
ユリウス様は私の声にうっすらと反応をする。
「ミレイユ、どこだ。目が見えない……」
小さく言うユリウス様に私はぼろぼろと涙がこぼれた。
「ユリウス様、ここですよ。傍に居ますよ」
可笑しくなってしまったまま死んでしまうのだろうか。
ユリウス様の手を両手で包みながら私は大きな声で言った。
ユリウス様の瞳は生気がどんどん失われていく。
死んでしまいそうなユリウス様の手を握りしめて私は涙をこぼしながら声を上げた。
「死なないで!ユリウス様!私のクッキーのせいでこんなことになってごめんなさい!」
「ミレイユのせいではない。俺の心が弱いからだ」
私を責めることを一切しないユリウス様は最後まで優しい。
ユリウス様の冷たくなっていきそうな手を握り頬に近づけた。
「私の命を上げるからお願い!死なないで」
ギュッとユリウス様の手を握りしめて叫ぶと目の前が明るくなった。
ふわりとした浮遊感が全身を襲い、風が吹いて私の髪の毛を揺らす。
眩しくて目を開けていられずギュッと目を瞑った。
高い所から突き落とされたような浮遊感が続き、気持ちが悪くなる寸前ですべてが止まった。
胃が飛び出しそうな気持の悪い感覚に吐かないように息を荒く繰り返す。
「今、何が起こりました?」
周りに集まっていた騎士がポツリと呟いた。
それは私も聞きたいが、気持ちが悪くて声が出せない。
吐かないように精いっぱい呼吸を繰り返していると、ルーク様がかすれた声を出す。
「ミレイユ嬢が、光った……よな」
「光りました。こう、ぱぱぱぱぱって!」
そんな、私が光るなんてありえないでしょうと首を振る。
それでも一瞬の沈黙の後、一斉にみんなが話し出した。
「いや、光ったよな!」
「光った!」
それよりユリウス様の事が心配だと私は吐きそうなのを堪えながら薄目を開けて姿を探した。
蒼白だったユリウス様の顔は血の気が戻り、何度か瞬きをした後ゆっくりと起き上がるのが見えた。
自分の手を握ったり開いたりを繰り返している。
「ユリウスが生き返ったぞ!」
ぎょっとしてルーク様が叫ぶと、光ったと騒いでいた人たちもユリウス様を見つめる。
「生きている!顔色もよさそうですね!」
「体に異変が無い……」
ユリウス様も信じられないようで不思議そうに呟いている。
元気になって良かったとほっとするが、私は吐きそうなのを堪えるのに必死だ。
ぐっと堪えている私の背をユリウス様が撫でてくれる。
「ミレイユが治してくれたのか?」
そんなことわかるはずもないと私は首を振った。
「顔色が悪い。大丈夫か」
今まで死にそうだった人に心配されて私は首を振った。
「吐きそうです」
小さく言うと、ユリウス様は眉を潜めつつ私を抱き上げる。
叫びそうになるが、口を開くと吐きそうだ。
「ユリウスが元気になったぞ」
「良かったなぁ」
「奇跡だ」
ワーワーと大騒ぎをする人達の声を聞きながら私の体調は悪くなってくる。
まさか、私に毒が移ったとかありえないわよね。
心配している私の耳には騎士団の人達が奇跡だという声が頭に響いてますます体調も気分も悪くなる。
うっとおしい外野の声に交じって凛とした女性の声が響いた。
「やだ!もう終わったの?決闘!」
視線を向けると、ピンク色のドレスを着た赤い髪の毛をした女性が立っていた。
すぐ隣に真面目そうな灰色の隊服をきた騎士が立っている。
この国の人ではないと一目でわかる二人組を見てルーク様が慌てて敬礼をした。
「忘れてた、セラフィア帝国から聖女のマリアンヌ姫が来る予定だったんだ」
「どうしてそんなことを忘れるんですか」
騎士達は慌てて敬礼をする。
マリアンヌ姫は全く気にする様子もなく、演習場へと入ってくるとカラカラと笑った。
「手紙で決闘をするって知ったから急いできたのに間に合わなかったわね。私も見たかったわ!」
明るく笑うマリアンヌ姫は、私が今まで見た女性の中で一番の美しさだ。
人形のように小さな顔に大きな金色の瞳をしている。
絶世の美女のマリアンヌ姫は、顔に似合わず大声で笑うとユリウス様とその腕の中に居る私を見た。
「失礼しました。いろいろ大変だったんです」
団長が言うと、マリアンヌ姫は笑った。
「さっき聞いたわ。あなたがミレイユさんね。聖女に間違いないわ、さっきの癒しの光凄かったわねー!あんなの扱える人そうそう居ないわよ」
ウィンクをするマリアンヌ姫の言動に、その場にいた人達が驚きの声を上げる。
「えぇぇぇぇ!ミレイユが聖女?」
「あの子の家没落しそうなのに?」
「その上変な男と婚約して、しかも破棄されているけれど!聖女なの?」
驚く人たちの中でもなぜかジェナとナタリーの声が耳に響く。
言い返してやりたいが声を出すと吐きそうだ。
「聖女だからと言って、本人が幸せってわけではないのよねぇ」
しみじみ言うマリアンヌ姫だが私はそれで怒るどころではない。
もう吐きそうなのだ。
早く、どこか吐ける場所に行きたい。
私を抱き上げているユリウス様の胸を叩いた。
「吐きそう……」
小さく言う私にユリウス様はおろおろしている。
「俺の胸に吐いていい」
吐けるわけがない!
心の中で叫ぶと私はグッと意識を失った。




