表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

惡は惡

〈春の潮ひたひた侵す心哉 涙次〉



【ⅰ】


 朱那は勤務先のキャバクラから、「もぐら御殿」に帰つてきた。もぐら國王は、今夜は仕事。朝まで帰らないよ、と云つてゐた。

 聖ヴァレンタインのプレゼントは、シルヴァーのブレスレットだつた。「十倍返しするからね、待つてゝね」と、仕事(勿論盗み)に勤しむ國王。この一箇の冒険児の心と躰を占有してゐる自分- 幾分か誇らしい朱那だつた。

 國王、今度は古錢・記念切手の店までトンネルを掘つてゐた。今度、俺のトンネルで、海に連れて行つてあげる、さう云ひ殘しての、仕事である。案外に、ロマンティックな處があるんだなあ、酒の殘る頭で、彼女はつらつらと、戀人の忠誠を(密かに)喜んでゐたものである。



【ⅱ】


 故買屋、結局証拠不十分だと云ふ事で、娑婆に帰つてきてゐた。「あんたも結構、ヤバい道を通つてゐるやうだが、自愛してくれないと、俺の収入が危ふい。氣をつけてくれ」「オーケイ」國王は、前述の通りおつちよこちよいな面も持つてゐたけれど、こと仕事の件では、まづ標的を間違へる事はない。

 今度も故買屋が云つた「髙く買ひとれる」ブツをどつさり、彼の許に山積みにした。

「二百(萬)、と云ふところかな」國王は滿足したやうだつた。



【ⅲ】


 何せ、貯蓄と云ふ事を知らない國王である。ホワイトデイの準備にも、新しい仕事は必要不可欠だつた。宵越しのカネは持たない、國王は東京は下町の(地底の)生まれらしく、そのざつくばらんとした金錢感覺を貫いて、ゐた。「さて、プレゼント、何にしやう」

 ティファニーの金無垢のチョーカー。盗もうと思へば盗めたが、朱那への贈り物には、まづ自分の懐を痛めねば... その點、國王は、純情さを隠さうともしなかつた。



【ⅳ】


 朱那は、國王の帰りを待つ間、ケータイをいじつてゐた。と、インスタに、同僚の陽菜(ひな)が新しく記事をアップしてゐる。何だか薄暗い部屋で、これから禍々しい事を、おつぱじめやうとしてゐる男たち。祭壇のやうな物に、一人の女が全裸で寢そべつてゐる。

「陽菜、何してるのかしら」その女は、惡魔への捧げ物。と云ふ事は、後で知つたのだが... トラブルに卷き込まれないと、いゝんだけど。まあ冩メが送れるぐらゐだから、惡魔教としたつて、ほんのおふざけに過ぎない、のだと、その時は思つた。だが...



【ⅴ】


 それは陽菜が、送れる限りの、最後の冩メであつた。數日後、陽菜は、と或る學生の下宿部屋に、死體となつて、發見されたのである。


 もぐら國王、折角のホワイトデイの直前に、カンテラのお世話にまたならねばいけなかつた。


 カンテラ「だうやら魔道に墜ちた者が、この惡魔信仰の場を、取り仕切つてゐたやうだ。俺もカネ持ち學生のほんの悪戲と思つてゐたのだ(テオのデータにも、本場アメリカでもさう云ふケースが多い、と)が- その陽菜と云ふ(ひと)には惡い事をした」

 國王「こゝに、二百萬ある。これで、彼女の仇を取つて慾しい」だうやらこれがホワイトデイのプレゼントとなつたやうだ。嗚呼ティファニーのチョーカー...



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


(ワル)は惡己れの道を行く者は彼らと呼ばれいつも彼らだ 平手みき〉



【ⅵ】


 テオ「惡魔教ねえ。最近になつて、アメリカから輸入された、新しい『信仰』ですよ」カンテラ「で、その首魁となつた男は」テオ「仲本さんに訊いてみるしか、ないですね」


 仲本尭佳。「一應、検挙(アゲ)られた事は確かだが...」じろさん「だうかしたのか?」「カネを積んで、保釈された、やうだ」じろ「危険ぢやないか」仲「それが警察機構の、怪しげな面だよ。兎に角、信頼はせぬが、いゝつて事さ」


 テオ「保釈されたつて事、災ひ轉じて何とやら、で、僕らにはラッキーでした」カンテラ「それは? だう云ふ事?」テオ「拘置所にゐたんぢや、斬るにも斬れないでせう」カ「まあさうだね。奴の居所なんて、分かるかい?」テ「当たつてみます」



【ⅶ】


 その男、萬田嚴(まんだ・いはを)には、暇潰しから入つて深みに嵌つた、學生たちの警護が付いてゐた。まあそれはじろさんに出張つて貰へば、片付けられる事だが... カンテラ、腑に落ちぬ處もあつたのだ。

 それは、バックに付いてゐる「魔界の住人」を斃さねば、またいつ蘇つてくるとも知れない、惡魔教の黑ミサ、またいつか第二・第三の陽菜が生まれるとも限らない。根源から、断ち切つてしまはねば...


 萬田、カネ持ちのぼんぼんであつた。親には、憂慮のタネであつたが、だうにも我が子可愛さに、つひカネを出してしまふ。金持ちならではのディレンマが付き纏ふ。

 テオの呼び掛けで、萬田の親が、カネづくで揉み消したい息子の所業、に、大金を積む事となつた。



【ⅷ】


「つて譯で、あんたにはカネ、返すよ」とカンテラ。國王「本当かい? 正直ほつとしたよ。だが陽菜の仇は?」「親がどう云はうと、罪の償ひはして貰ふ。俺が斬る」



【ⅸ】


 夜。黑装束に覆面のじろさん、群れなす學生どもは、なんなく片付けた。「さ、カンさん」「うむ」

 親たちが仰天する眼前で、「しええええええいつ!!」萬田は斬り斃された。勿論、頂ける物は頂いてから、の天誅である。「まあ、こんな最後が似つかはしい子に育てたのは、あんたらだ。よく、考へるやうに」さて、こゝから先、ご本尊の【魔】は、姿を見せるか。



【ⅹ】


 朱那は、哲學の名門大學、T洋大で、存在論哲學を納めた、まあキャバクラ業界では異色の存在であつた。院に殘るやう、教授連からは慰留されたものだ。これは特に記すべき事ではないかも知れぬが、そんな彼女が、杉下要藏として、特に何の學もない國王には眩しかつた。溺愛、は彼の稼業の冷酷さには、不釣り合ひではあつたが。


【魔】はつひに現れなかつた。カンテラたちにも、それはもう追及の埒外、と云ふ諦めがある。

「まあ、それでもいゝさ。陽菜ちやんの仇討ちは、これで充分だ」

 遠く千葉まで國王が掘つたトンネルを、二人(國王と朱那)は泥んこになつて傳つて行つた。「はい、これ」「ティファニーのチョーカー、これ慾しかつたのよ!」抱き合ふ二人。と、



【ⅺ】


 ざんぶと水飛沫を上げ、何物かゞ彼らに襲い掛かる。だが、「つひにお出ましか、ご本尊の【魔】めが」。トンネルを行つたのは、國王・朱那だけではなかつた。カンテラが密かに、着けてゐたのである。

「ひとの戀路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んぢまへ、だ。しええええええいつ!!」海面が、どす黑い血で、穢れた。


 帰りはトンネルを行かず、(邪魔したな)と、カンテラ、悠々と地上の道を、去つて行つたのであつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈海ふたつ荒れ狂ふもの凪ぐものよだうか鎮めよ人の心を 平手みき〉


 

 お仕舞ひ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ