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第5話 公園の夜、二人の決意

夜の公園。秋風が吹き抜け、空はぼんやりとした街灯の光に照らされている。足元の枯れ葉がカサカサと音を立て、あたりの静けさを一層引き立てている。その中、山田歩はひとりベンチに座り、風紀委員会の報告書を広げていた。しばらくは資料に目を通していたが、気づけば頭の中が空っぽになっていることに気づいた。


(また、こんなことに……)


目の前に積み上がる問題の数々。生徒たちが巻き起こしたSNSトラブル、言葉の暴力が拡大していくのを目の当たりにして、歩は自分の力不足を感じていた。


(規則を守らせる。それが私の信念だ。でも、それが生徒たちに伝わらないのは、私のやり方が間違っているからだろうか)


思わず深いため息をつき、報告書を閉じた。そこでふと顔を上げると、そこには魔堂零士が歩いてきているのが見えた。零士の姿はやはりどこか威圧的で、スーツの襟がわずかに乱れ、ネクタイを緩めたその姿は、昼間の疲れを感じさせた。


「ゼルドリスか……」

歩は声をかけるが、零士は黙って歩を見つめながらゆっくりと近づいてきた。


「またここか?」

零士は軽く頷くと、そのままベンチに腰を下ろす。歩は無言で再び報告書を広げたが、気まずい沈黙が二人の間に流れる。


「理不尽なものに囲まれた人間は、静寂を求めるものだ」

零士が口を開き、ゆっくりと語りかけるように言った。


「理不尽……か」

歩はその言葉に少しだけ反応した。冷静に感じる零士の態度を見て、やはり自分がまだうまく自分の立場を整理できていないことに気づく。


「異世界では、力で全て解決できた」

零士の言葉は、歩の心に静かな波紋を広げた。


「力で……」

歩が小さく呟く。異世界での戦いでは、ゼルドリスが率いた軍勢の力をもってしても、歩は数々の試練を乗り越えてきた。その力が正義に繋がると信じていた。しかし今、この平和な世界では――その力を振るうことができない。


「でも、ここではそれができない。力を使わずに、どう戦うべきか……」

零士が静かに言葉を続ける。


「それが理不尽だ」

歩が頷いた。自分もまた、言葉で解決しようとする中で、自分が正しいのかすら迷い始めていた。


「だが、現代社会では言葉と理性で戦わねばならない。力では、何も解決しない」

零士がふと顔を上げ、歩を見つめた。


「だが、私たちが何か変えようとしても、すぐに答えが出るわけではない」

その言葉に歩は黙って頷き、夜空を見上げた。




しばらくの間、二人は黙って座っていた。秋の冷たい風が吹き抜け、ベンチの周りに漂う静けさがさらに二人を引き寄せる。だが、その静けさを破ったのは――


「プシュー!」


またもや、零士の手に持っていた缶コーヒーが勢いよく噴き出した。コーヒーが飛び散り、歩の膝にまでかかる。


「……ゼルドリス、もう一度言うが、なぜ毎回こうなる?」

歩が苦笑しながら言うと、零士は不思議そうに見返す。


「これは、現代社会の理不尽だ。何もしていないのに、どうしてこうなるんだ?」

零士は笑いながらも、少し顔をしかめていた。


「お前が不器用すぎるからだろうな」

歩が笑いながら答えると、零士は軽く肩をすくめてから缶を片手にお茶を受け取った。


「お前もな、意外と笑いのツボが外れている」


二人はしばらくそのまま笑い合い、妙に和んだ空気が二人の間に広がる。


「異世界では、戦うことでしか得られなかった満足感が、今はこうしてお茶を飲んで笑っていることに変わった。いいことだろう?」


歩は少し考えてから、にっこりと笑った。

「そうだな。戦うだけが正義じゃないって、最近気づいたよ。今、この瞬間が大事なんだって」


その言葉に、零士はまた少しだけ笑顔を見せる。二人の間に、少しずつでも絆が生まれていることを感じた。




その後、二人はしばらく無言でお茶を飲みながら座っていた。しばらくしてから、歩がふと立ち上がり、ポケットから財布を取り出す。


「ちょっと買い物に行ってくる」

歩が言うと、零士はすぐに反応した。


「何を買うんだ?」

歩が小さく笑う。


「コンビニスイーツだ。最近はこれが癒しになる」

零士は眉をひそめて歩を見た。


「コンビニスイーツ? それが……そんなにうまいのか?」


歩は笑いながらうなずいた。

「知らないのか? これは、異世界では考えられないくらいの贅沢だ。食べてみればわかるよ」


しばらくして、歩がコンビニの袋を持って戻ってくると、零士は興味津々の顔でその袋を見た。


「これが……コンビニスイーツ?」

零士が袋を開けると、そこにはチョコレートケーキやクリームたっぷりのデザートが並んでいた。


「こんなに美味しそうなものが、こんな簡単に手に入るのか?」

零士が目を見開いて驚くと、歩はうなずきながら言った。


「異世界では、こんなものは考えられなかった。食事はほとんど簡素で、甘いものなんて滅多に食べられなかったからな」


二人はその後、しばらくスイーツを楽しみながら、笑い声を交わし続けた。異世界の戦場で鍛えられた二人が、今はこうして静かな公園で日常を楽しんでいる。それは、どこか不思議で温かい時間だった。

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