⑤記憶
「そう言えば礼を言っておかないとな」
休もうとしていたデルを部屋から出したフォースィは、後ろをついて歩く彼から短い言葉をかけられた。
「ゲンテの街では、部下達が世話になった」と、彼は続ける。
「気にしないで良いわ。私も彼らが置いていった物資を分けてもらったのだから」
彼女の声も素っ気のないものであった。そして、振り返る事なく地下の洞窟に繋がる倉庫前までデルを案内し、その扉を開ける。
「で、どこまで行く気だ?」
地下の洞窟に繋がる倉庫の中に入っても、デルは何も気付かなかった。
「………デル。あなた、ここの場所に見覚えはない?」
フォースィは倉庫の壁に掛けてあった魔導ランプに明りを灯して中を明るくするが、それでも彼の反応は随分と鈍い。
どうやら記憶を操作した効果は未だ続いているようだ。機密上、フォースィはかつてのデルとタイサに洞窟からこの集落まで辿り着いた裏道の記憶を封じていた。
だが記憶の操作も完璧ではない。当時の記憶に繋がる事実を強く与えれば解く事ができる。
魔王軍と名乗る蛮族達。しかし、彼らの言う魔王軍は決してお伽噺の存在ではなく、過去にも存在していた。そしてこれらをデル達に伝えなければ、今後の戦いにおいて彼らは常に不利な立場に居続ける事になる。
その先にあるのは国家滅亡である。
それではまずい。
そう判断したフォースィは、彼にもこの集落の意味を伝える頃合いだと判断した。
フォースィは倉庫の中にある仕掛けを動かすと下へと続く階段が現れ、デルを中へと案内する。そして階段を降りると青白い岩壁の通路を進み、ついに洞窟の広い空間へと出た。
「っ!? もしかして、俺とタイサが探索していたあの洞窟か?」
ようやくデルが思い出す。フォースィは自分がタイサ達に助けられた経緯を話し、さらに記憶の扉を押していく。そしてデルを書庫の前まで連れてくる頃にはデルは記憶を取り戻し、ついには本題の一つである魔王軍の話を振る準備が整った。
「あなた………魔王軍と名乗る蛮族達と戦った?」
バルデックから聞いた話を、フォースィはさも知らなかった素振りでデルに尋ねる。彼は驚くが、それでも相手の話を先に聞こうと、口を閉じたまま待っていた。
「私は………以前から魔王軍の存在を知っていたわ。いえ、正確にはあなたの王国は、昔からその存在を知っていたのよ」
フォースィは書庫の前、木製の扉をゆっくりと開く。
扉の先には広い岩壁の空間の部屋。
部屋の奥にはカビ止めや防水加工を施された古い本棚が一つだけ置かれていた。その本棚には厚さの異なる、しかし装丁は統一された本が上から二段目まで敷き詰められている。




