①洞窟を抜けた先
ゲンテの街から北西に進むと見えてくる名もなき森。
かつて魔物の出る洞窟として、多くの駈け出し冒険者達が日銭を稼ぐ為に出入りした場所がそこにある。今となっては魔物の数も随分と減り、奥に入らない限り魔物に襲われる事もなく、街への被害も無くなり、いつしか冒険者ギルドからの依頼が出なくなった。
木材や狩猟で近づく者はいるものの、切り開かれた道は長い年月で茂みに隠され、洞窟の入口に立てられた札は色褪せ、傾き、今にも落ちそうになる程に朽ちていた。
「昔と変わっていなければ、いいのだけれど」
手元には革鞄に入るだけの携帯食料と一日分の水しかない。
東門を目指したフォースィは、途中で倒れていた数人の騎士達を治療し、急ぎ西門へと向かうように声をかけて回っていた。自分もまた街を脱出しなければならず、結果として騎士団の屯所に置かれていた僅かな食料と水のみを手にする時間しか残されていなかった。
フォースィは、魔導杖の先端に照明の魔法をかけると、ゆっくりと目を慣らしながら洞窟の中へと足を踏み入れる。
人が足を踏み入れなくなって随分と経っていたが、日光が届く範囲に苔が生えている程度で、やや下るように奥に入っていくと、そこには昔と同じ空間が広がっていた。天井は異様に高く、明かりは殆ど届かない。加えて、壁伝いに歩かなければ、方向を失う程であった。
フォースィは左手を壁に這わせながら、壁を削って描かれた矢印を頼りに進んでいく。
まだタイサやデルが冒険者だった頃、彼女は国の密命を帯びて冒険者に扮した騎士達と共にこの洞窟に向かった事があった。そして洞窟の奥で、トロールに襲われて部隊は全滅。唯一生き残った彼女はタイサ達に助けられ、目的地である集落へと落ち延びる。
そこでタイサ達は今の王女殿下と出会い、騎士の道を進んでいく。
「『始まりの地』とはよく言ったものね」
久々の一人旅に、フォースィの独り言が続く。彼らにとっては騎士の道となる始まりであり、彼女にとっては、タイサと再び関係が築かれた始まりでもあった。
休憩を挟みながら歩き続ける事、五時間弱。
ついにフォースィは、洞窟の最奥に辿り着いた。
彼女は青みがかった岩壁を撫でるように手を動かし、岩壁の隙間に埋め込まれた何気ない石を見つけるとそれを強く押し込んだ。
岩壁が微かに振動し、ゆっくりと引き戸のようにずれていく。
「まだ使えたようね」
一安心とフォースィが息を吐き、青白い光を出す岩壁に囲まれた通路へと足を踏み入れる。そして右側の壁にある出張った石を押し込むと、再び岩壁が動き始めて道を塞いだ。
岩壁が放つ青白い光で、松明やランプの類は必要ない。フォースィは魔導杖の照明を消すと通路を進み続け、左手に見えた脇道の前で止まる。
正面に進めば預かった本を収める目的の書庫へと続いているが、彼女は先に集落の責任者に説明しようと、脇道の傍にある傷付いた石を押し込み、天井から木製の階段を降ろした。
階段を上ると暗い倉庫の中に出る。十年以上前と変わらぬ造りに、フォースィは懐かしみを感じつつも、倉庫の扉を開けた。




