⑭僅差の勝利
気が付けばムルムスの姿がない。
噴水前には灰色の甲冑と兜だけが寂しく転がっていた。
「どうやら無口な彼の正体は、不死者だったようね」
あっけない最期だったと、フォースィの口元が緩む。そして冒険者達はフォースィの前に立ち、ビフロンスに向けて武器を構えた。
「畜生………俺がこんな奴らに!」
全身の半分以上を焦がしてもなお立ち上がろうとするビフロンス。
だが、結界内で弱体化した彼に、最早戦う力は殆ど残されていなかった。弓兵が彼の肩に矢を放ち、同時に距離を詰めた三人の戦士が、ビフロンスに一撃ずつ切りかかり、ついには首を刎ねられる。
「………本当に生き残ったな」
冒険者の一人が信じられないと周囲輪を一瞥し、目を大きくさせる。
「いいえ。まだ終わっていないわ」
フォースィは何事もなかったように東へと歩き始める。体が若返ったせいで、紅の神官服にかなりの隙間ができていたが、動くだけならば支障はない。彼女の感覚では最初の加護魔法で一歳、さらに先程の大魔法で四歳程度若返っていると予想していた。年齢だけならば、ここにいる誰よりも幼い。
「あの悪魔の話の通りなら、魔王軍を名乗る本隊がこれから到着するはず。それに西や北からも蛮族が中央に向かってくるはずよ」
フォースィが小さく息を吐くと、光の結界が霧散する。
「じゃぁ、早く街を出ないとな。もう俺達には、これ以上戦う余力はない」
悪魔に止めを刺した戦士が剣を鞘にしまい、他の冒険者達の表情を伺った。彼らも同じ意見だと頷き、どこの方角から逃げるべきかと、フォースィの答えを待っていた。
だが彼女は革鞄から硬貨の詰まった麻袋を取り出し、冒険者に見えるよう手のひらに乗せる。
「あなた達に依頼があるわ」
「おいおい、依頼なんかなくても一緒に逃げるさ!」
今更何をと、盗賊の男が両手を小さく広げて首を振った。
だがフォースィは首を左右に振り、冒険者達の顔を一瞥する。
「南門に行き、あの子を………イリーナを連れて街から脱出して欲しいのよ」
いかに聖教騎士団の名をもつ彼女でも、本隊を含めた南門の敵全てを倒す事は不可能。だが自分が指示した以上、少女は最期まで戦い続ける可能性がある。今ここで彼女を失いたくはないとフォースィが説明する。
ただでさえ生きている事が奇跡な状況。それでもなお南へと向かって欲しいという依頼に、冒険者達の口はいつしか閉じられ、互いに顔色を伺い始めていた。




