④奇跡の呪い
「治療を行います。御家族の方は、一旦退出をお願いします」
とにかく怪我人を治療する方が先だとフォースィは思考を切り替え、怪我人の家族に部屋を出てもらった。
そして一人になった所で、部屋の中心に立つ。
フォースィは竜の彫刻がついた魔導杖を前に突き出すと、静かに目を瞑る。そして空気中に漂うクレーテルを集め、自身の精神力でそれを操作する。
クレーテルは魔法の源となる存在。魔法を扱う者達は、師からクレーテルを『まだ名前を与えられていない物質』と教わる所から始まる。
植物であれ、動物であれ、鉱物であれ、この世界の物質は全て名前を付けられたクレーテルによって存在している。石の名前が付けられたクレーテルは石となり、水の名を与えられたクレーテルは水となるのだ。
魔法とは、体内に蓄積されたクレーテルを術者の精神力によって名前を付加する事で、特定の物質に変化させ、発動する超常現象の事である。これが、現在の魔法学の定義である。
だがフォースィは、その定義の枠を越えた存在であった。
彼女は、体内だけでなく、周囲のクレーテルも利用する事ができる。故に、どの魔法使いでも辿り着けない威力の魔法を扱う事が可能である。
『十極』と呼ばれる所以がここにあった。
フォースィは体内と周囲のクレーテルを操作し、自身の精神力を加えてから怪我をしている三人へと送り込んでいく。包帯の上からでは分からないが、精神力を与えられたクレーテルは魔導杖を経由し、緑色に発光する粒となって包帯の隙間から体内へと入っていくと、血管や筋肉、皮膚等に姿を変えていった。
―――十数秒後。
フォースィが魔導杖を降ろすと、怪我人の顔色は生気を取り戻していた。確認しようと、フォースィが目の前の男性の右腕に撒かれている包帯をゆっくりと剥がすと、そこには傷一つない肌色が見える。
「これで大丈夫………ね」
安心したフォースィは、急に顔をしかめて胸を押さえ付けた。心臓が跳ねる様に、大きく二度脈打ち、血流が不安定になる。だが、それも数秒後には何事もなかったかのように収まり、彼女は息を大きく吸って呼吸を整えた。
強大な魔法を扱う事の代償。
見た目では殆ど分からないが、フォースィは一歳若返っていた。
彼女の体は生まれつき、異常な程にクレーテルを周囲から取り込む体質を持っていた。それだけを聞けば、天才的な魔法使いの素質だと喜べるが、過剰すぎるクレーテルは彼女の体にも変調をきたし、一日経つ毎に、一歳年を取るという異常成長する体になってしまった。
つまり十日で十歳年を取り、百日もすれば、彼女は老衰して死ぬ事になる。
助かる方法は一つ。体内に溜まったクレーテルを放出すればよい。簡単に言えば、それなりの魔法を一回使えば年齢を保つ事が出来る。
今日使用した魔法はこの一回のみ。明日になれば、元の年齢に戻る事ができる。毎日繰り返してきただけに、フォースィは特に心配する様子もなく、三人の容態を確認してから部屋を後にした。