⑫四分間の輪舞
「四分よ! それだけ持ち堪えてくれればいいわ!」
フォースィが魔導杖を前に構えると自身の魔力を込める。さらに周囲の魔力の素となるクレーテルをも集め始めた。
陣を組み、足が止まった冒険者達に次々と不死者達が近付いてくる。彼らは次々と迫る人間だった存在を切り殺し、射抜き、焼き殺さなければならなかった。
「こいつ、足元にっ!」
目の前のドレス姿の女性の側頭部を切り飛ばした後、戦士の男の足に上半身だけの男の子が両手を伸ばしながら大きく口を開けていた。幸い魔法障壁によって手も歯も彼の足に食い込んでいないが、放置する事はできない。
「動くな!」
隣で戦っていた盗賊の女性が持っていたナイフで男の首を突き刺し、そのまま横へと掻き切る。だがそれでも男の子の頭は彼から離れず、盗賊が覚悟を決めて小さな頭を踏み潰してようやく解決した。
「糞がっ、何て奴らなんだ!」
「後ろからっ!」
心を痛める盗賊の頭上を複数の矢が通り過ぎ、覆い被さろうとした不死者の両目を潰す。視界を奪われた不死者は方向を失い、他の不死者の動きを邪魔し始める。
「あと三分だ!」
両手剣を持った戦士が不死者を一刀両断しながら叫ぶ。フォースィの周囲には視覚化できるほどにクレーテルの粒子が浮き始め、その内の半分が赤い神官服の中へと染み込んでいく。
たった一分でこの長さである。
その間、十数体の不死者の山が周囲に出来上がっていた。一体どこを攻撃すれば倒れるのか分からず、とにかく切り続け、刺し続け、射抜き続けるしかない。肉体強化の魔法がかけられ、通常以上の能力を発揮しつつも、冒険者達の精神的な負担は計り知れない。
「凄い凄い。あんな場所で二分も耐えてるよ」
相変わらず屋根の上にいるビフロンスは、広場の中心で身動きの取れなくなったフォースィ達の動きを観察し、手を叩き、時に指を向けながら楽しんでいた。既にバルデック達は東の大通りを抜ける事に成功していたが、彼にそれを悔しがる程の関心をもっていなかった。
「違う………ここを離れられないんだわ」
空気を混ぜるように魔導杖を少しずつ円を描きながら泳がし、フォースィは常に周囲のクレーテルを調節しながらも警戒を忘れない。
魔王軍の77柱。名前からして魔王軍の幹部級の者達をそう呼ぶのだろうという事は想像できた。その二人が集まって発動させた技の高度性を考えると、彼らの力が影響する範囲は限られているのではないか、フォースィはそう直感する。
ならば、勝機はある。
フォースィは残り一分と心の中で言葉を紡ぎ、発動させる魔法に集中した。
これから発動させる魔法は、不意者に対して絶大な威力をもつ。単体相手に発動させた経験は何度もあったが、彼女にとって集団相手に放つ程の威力はこれまで一度も使った事がない。魔力消費の反動が、どの程度のものか予想すらできなかったが、これしか方法はないと覚悟を決めていた。
「もうすぐよ!」
気が付けば、彼女の周囲だけでなく、広場全体に小さな光の粒子が浮遊していた。それはまるで時間停止した雨の中を表現するかのようであり、しかし浮いたまま光の粒子が何かをする訳でもなく、何かの合図を待つように漂っている。
「この光………まさか!?」
広場一帯に現れた光の粒子を見たビフロンスが、フォースィの魔法の正体に気付いた。
だが、もう遅い。




